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3.嵐の後の来訪者


【本文】

 性懲りも無く、一ヶ月のうちに刺客が次々送り込まれた。

 行列の出来る評判店もびっくりの繁盛ぶりである。


 しかも聖王国からも冒険者がやってきて、私を捕縛するというのだ。

 中には「生死は問わず。つまり殺してしまってもかまわんのだろう?」と、サイコがパスったような奴まで出てくる始末。


 やめなさいよそういうの! 殺すとか気軽に口にするの、人間として怖いからさ! あんま言うとアレだぞ……殺すぞ!


 魔帝国側の刺客と聖王国の冒険者が鉢合わせになって、乱闘騒ぎになることもしばしば。


 で、そういうときは私が出向いて「貴様たちの目的はなんだ!? ほら! ここ! 私を見て! 共通の敵がいるでしょ? いがみ合ってる場合なの? 相反する勢力に属していたとしても、今は手を取り合って目的を達成すべきじゃない? 違う? 私なにかおかしなこと言ってる?」と、ありがちな熱い展開を教えてあげたりもする。


 たぶん教師に向いている。私の名前はメイヤ・オウサー。記憶の片隅に残して帰ってください。


 で、全員まとめて蔓縄植物で縛り上げ、顔がパンパンに腫れ上がるまでビンタしてから転移魔法で返品してやりましたとさ。


 合計で百人くらい。寝込みを襲われることもあったけど、私は元気です。


 けど――


 襲撃が三桁を超えてから、突然パタリと止まった。


 静かな朝を迎えたのは久しぶりだ。


 焚き火台の上に載せたケトルの湯が沸騰したところで火から下ろす。

 コーヒー豆を挽いてドリップの準備。


 少し温度の下がった頃合いで湯を注ぐ。一人用のドリッパーはカップに直接だ。

 浅煎り中挽き。蒸らし二十秒。フルーティーな酸味を楽しむ一杯が完成した。


 中央平原を流れるナナシ川。穏やかな水面にキラキラと陽光が跳ねる。

 涼やかな山颪(やまおろし)の空気が、そよ風となって頬を撫でた。


「良い……独りは静かで……豊かで……」


 魔導学院時代の窮屈さが嘘のようである。

 あの頃のコーヒーは苦く濃く、脳を醒ますために胃を痛めてまで飲むものだった。


 贅沢なひととき。軽やかな琥珀の余韻に浸っていると――


「あなたがメイヤ・オウサーかしら?」


 若い女の声が私の名を呼んだ。

 振り返る。


 金髪ふわふわロングに黒リボン。ゴス味のある修道女服はカスタムメイドってところか。

 赤紫色の大きな瞳が私を見上げた。


 華奢というほどじゃないが、小柄な少女だ。


 おっぱいチェック。


 この中央平原よりもなだらかである。


「なんだ残念おっぱい」

「は?」

「鶏胸肉を食べるといいぞ。大きくなる」

「しょ、初対面の女性に対してデリカシーなさ過ぎじゃない?」

「こっちは別に会いたくて会ってるわけじゃないんだぞ! 会いに来た貴様の責任だ! どちらの立場が上か勘違いするな小娘」

「こ、小娘じゃないわよ! 聖女よ聖女! こう見えても」


 小娘はひら平らな胸元に手を当てて声を上げた。

 ぴーちくぱーちく。小鳥のさえずりなら平原の野鳥で間に合ってる。


 パンをちぎって蒔く。


「ほら、それ食ったら帰れ小娘」

「どういうつもりなわけ?」

「小鳥どもはパンくずで一曲歌ってくれるんだが」

「鳥扱い!? なんなのよ……本当に噂通りの……ううん、噂以上の変人ね」

「初対面の人間に変人とかデリカシーの無い小娘だな」

「小娘じゃないわ。あたしはシャロン。シャロン・ホープス。聖王教会が認定する第一級聖女よ」


 小娘は宝石のような瞳をジトッと湿らせた。そのまま続ける。


「だいたいあなた、デリカシー問題を持ち出すなんて……あたしのパクリじゃない?」

「パクって何が悪い? 言って見ろ! 何年何月何日何時何分何秒にデリカシーという単語を特許申請した?」

「子供なの!? 今時、初等学校の男子でもそんな屁理屈並べないわよ!」

「いつまでも少年の心を忘れないんだ私は」


 小娘の眉尻が上がった。キッと睨んでくる。全然怖くない。


「メイヤ・オウサー。あなたには軍紀違反と敵前逃亡の罪が課せられているわ。出頭しなさい」


 最近の聖女ってのは憲兵のまねごとでもするんだろうか。

 冒険者がダメなら女を説得によこすなんて、王国くんさぁ……。

 小娘に示してやらねばな。


 大人のやり方ってやつを――


「パワハラ罪の方が重たいだろ常識的に考えて。貴様、自分より立場が上の人間が過ちを犯そうとしているのを、そっ閉じして見て見ぬ振りできるのか?」

「え? そうなの」

「ただ可能だからってんで、敵軍五十万を皆殺しにできるのか? 常人の神経なら耐えられるわけないだろ。良心の呵責とかさぁ?」

「うっ……たし……かに」


 はいチョロい。無理くり交渉役に選ばれて、自分の意思も持たずに送り込まれてきたんだろう。


 聖女なんてもんは箱入りよ。改めてラッピングして送り返す価値さえ無い。


 にしてもだ。


 もっとメンタルタフな奴を送り込んでくると思ってたんだが、意外だったな。


「解ったら帰れ」

「そうね……じゃあ……って、帰るわけにはいかないわよ!」


 ノリツッコミ○。嫌いじゃない。小娘は続けた。


「逆に訊くわ」

「逆に? 普通に訊けばいいだろう」

「うっさいわね揚げ足とらないで。あなたの……目的はなんなの?」

「見ればわかるでしょうがキャンプだってソロキャンプ。アーリーリタイヤした男の夢を叶えてる真っ最中でしょうがよぉ」


 小娘は顎に手を添え考える素振り。


「なんでキャンプなわけ?」

「キャンプ楽しいだろうが」

「両国の国境紛争地帯で?」

「線引きを勝手にしてんのは人間だろ。大自然は万民のものだ」

「私有地の看板勝手に立てたわよね?」

「看板立てて何が悪い! この平原は私がいただいた!」

「万民のものって言ったそばから領有権を主張しないで」


 ふむ。ツッコミ○……と。


「いいか小娘。万民のものは私のものだ。万民の中に私が含まれているからな」

「お前のものは俺のもの理論やめなさい。だいたい……あたしも万民に含まれるから、この土地はあたしのものって言えるわけだし」

「住んでないやつに言われたくねぇ」

「あなたもキャンプしてるだけでしょ? はい、じゃあ出ていってくださいね。一緒に王都に行きましょうね。罪を償いましょうね」


 まるで赤ちゃんをバブらせるような舐めた口ぶりだ。


「じゃあ住む! ここに永住してやる! 絶対に……絶対にだ!!」

「ところでなんだけどメイヤ・オウサーさん」

「なんだ小娘」

「シャロンよ」

「どうしたシャンシャン」

「いきなり距離感詰めてあだ名で呼ばないで」

「熊猫のつもりだったんだが」

「熊猫じゃないわよ! 聖女って言ってるでしょ!」

「うるせぇ笹食ってクソして寝ろ」

「下品よ!」


 にらみ合う。女の子と見つめ合うなら、もっとロマンチックなのが良かったのに。

 私はこれでも背は高いしルックスも良いし、料理だってできるしモテ要素しかないんだが。


 どうして彼女ができないのか。これがわからない。


 あ、別にモテないからソロキャンプに走ったってわけじゃないんだ。

 違うんだ。誤解なんだ。キャンプはしたくてしてるんだし。


 小娘は大きな、それはそれはひときわ大きすぎる深呼吸みたいなため息をついた。


「ハァ……ねえ、キャンプするならもっと良い場所紹介するわ。静かな湖畔とか白樺の森とか。あたしが命じられてるのは、あなたをこの場からどかすってだけだし」

「私はここでキャンプしたいんだよ」

「街だって遠くて不便じゃない?」

「どこで楽しもうが私の勝手でしょうが! もう放っておいてよ! バカバカ!」


 だいたい、私は一人で……いや独りでなければならないのだ。


 親しき者ができること。


 人生の喜びを共有できる相手。


 大切に想う人。


 もし、愛する人を人質にとられでもしたら――


 私は極大破壊魔法の引き金に指をかけてしまうかもしれない。


 だから孤独を選んだ。


 幸い両親の記憶はない。施設育ちの身の上だ。あと、施設では割と浮いてた方なんで、特に大切な人とかいないです。はい。


 小娘は私の顔を指さした。


「バカバカって幼女みたいね! あははは! あーっはっはっは!」


 かっちーん。

 幼女になって何が悪い。


 しつこい油汚れよりも粘ってくる自称聖女。

 やはり早々に転移魔法で返品してもよかったんだが……。


 今後も説得にくるバカがいなくなるように、見せしめとしてぎゃふんとわからせる必要があるかもしれない。


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