【本文】
シャンシャンことシャロンこと聖女こと小娘が、鼻をひくひくさせた。
「ところで、すごく良い香りね。コーヒー……かしら? けど、あたしが知ってるのとは全然違う。軽やかな感じ」
「ほぅ。違いのわかる女だったか。よし良いだろうそこまで言うならごちそうしてやる」
「べ、別に飲みたいとか言ってないんだけど」
「黙れ小娘。私のコーヒーが飲めないってのか?」
「まるでうざがらみする酔っ払いね」
小娘は眉尻を下げつつ、私愛用のローチェアーに腰掛けた。
なかなかのふてぶてしさだ。ま、いいが。
川の水を汲んで浄化魔法で清めると、ポットに湯を沸かし以下略。
予備のカップに一杯分を抽出した。
手渡すさいに手が触れあう。
白魚のような指先だ。柔らかい。
「あっ……すまん。聖女の身体に触れるのはなんというか……」
「え? えっと、別に気にしないわよ。あれぇ? 女の子に触る経験無かったのかしら? もしかして童貞君?」
「な、なんだぁ!? その年齢でぷぷぷー♪ 彼女いない歴=年齢の何が悪いんですかぁ?」
「ぷふっ……変な人……ごめんごめん。ごめんって」
聖女ってのはもっとこう、清楚で浮世離れした空想上の生き物みたいなもんかと……なんか思ってたんと違う。
小娘は「ねえ? ミルクとお砂糖は?」と要求してきた。
「そのまま飲め。良さが薄れる」
「嫌よ。せっかく美味しそうなコーヒーなんだし、自分が一番幸せに感じられる飲み方をしたいし」
聖女は欲望に素直らしい。
「あーはいはい。ちょっと待ってろ」
転移魔法の応用で、魔導学院研究棟から適当に瓶牛乳とシュガーポットを調達した。
「すごっ? どっから出したのそれ?」
「別にいいだろ。ほれ。たっぷり飲んで大きくなれよ」
「今胸の話した? っていうか、冷たい牛乳入れるの?」
「あ~ったく面倒臭い女だな」
私は魔法力を制御して牛乳を分子振動させた。摩擦熱が生まれてホットミルクになる。
「すごいわね。できないことが無いんじゃないかしら? どうして魔導学院を中退になっちゃったわけ?」
「教授ボコした」
「あっ……はい」
「ミルクより先に砂糖だよな」
「じゃあ三つお願いします」
「かしこまりましたお姫様」
ポットの角砂糖をカップに落とす。ティースプーンも適当なご家庭から拝借した。
温めた牛乳を足して軽く混ぜれば甘くまろやかなカフェオレの完成である。
浅煎り豆のスペシャリティコーヒーが、なんたることに。
ま、美味そうではあるが。
小娘は一口飲むと「え? あっ……嘘……すごいんですけど」と赤紫色の瞳を輝かせた。
「実は自白剤が入っている」
「え?」
「嘘だ」
「ま、紛らわしいわよ本当に!」
「貴様の目的は私の退去だな? 私についても噂程度には知っているようだが……逆に訊こう。貴様はなぜ私の説得などという、聖女らしからぬ悪行に手を染めた?」
正しい「逆に」の使い方をわからせてやったぞ。
聖女はカップにもう一度口づけすると、喉を鳴らして目を細める。
「うっま……。こんなの飲んだら口も回っちゃうわ」
「え? そんなに美味いの? だってほらそれ、豆も煎りも挽き方もカフェオレのやつじゃないし」
「本当に美味しいわよ。淹れた本人が疑うなんて……あ! あげないんだから! このカップのカフェオレはぜーんぶ、あたしが一滴残らずいただくわ」
ごっきゅごっきゅと飲み干した。ええい、こちらも負けじと、残った瓶牛乳を一気にあおる。
ぷはー。美味い。けど、あとでお腹がゴロゴロするのは確定だ。
一服ついたところで聖女は――
「悪行かどうかはともかく、あたしは……あなたの説得をしなきゃいけないのよ」
「どうして? 金か? 名誉か? 地位か?」
「思い出……かな」
憂う表情が寂しげだ。吹いた風に金髪が揺れる。
こいつさては……今から身の上話をするつもりだな。
先に断っておこう。
「言っておくがなシャンシャンよ。貴様がもし人質にとられたり拷問されたり合コンに一人だけ呼ばれなかったりしても、私は助けない。むしろ積極的に見捨てていくからな」
「急に何言い出してるの? っていうか、合コンを拷問と同列にしないでちょうだい。意味がわからないわ!」
「ともかく同情はしないと言っているんだ! わかれ!」
「急にキレないでよ。だいたい、あなたの方から訊いてきたんじゃない」
「うっ……それも……そう!」
ぐうの音も出ないから同意した。
聖女は「やっぱり変」と空のカップを私に返す。
「別に、あなたの心の隙につけ込もうなんてしないわ。ただ、あたしにとっては大事なものだから取り返したいの。もしかしたらまだ生きてるかもしれない家族との……唯一のつながりだから」
はい、もう無理。
「最後まで話せ。気になって夜しか眠れなくなるからッ! ほら! コーヒーのおかわりいる?」
「えっ? あっ……コーヒーはごちそうさま。ありがとうございました」
「じゃあ話せ! 早く! 私の気が変わらぬうちに! 手遅れになっても知らんぞ!?」
「ちょ! なんでそんなに積極的なわけ? わかったから落ち着いて」
聖女は咳払いを挟む。
「聖女になったのも、生き別れの妹を探すためなの。ただ、あたしも妹もちっちゃい頃に離ればなれになっちゃって……」
「ご両親は? 他のご家族は?」
「お察しの通りよ」
唯一の肉親……か。
「それで? 妹との思い出ってのは?」
「お母さんが残してくれたペアのペンダント。あたしのは金色の翼のペンダントトップで、妹のは銀色。デザインが左右対称で、二つで一つになるの。この世に二つと無いものよ」
「なるほどな」
「もし妹を見つけても、お姉ちゃんだってわかってもらえないかも。だから、ペンダントは取り返したい」
「貴様ッ! そんな大事なものをむざむざ他人に奪われたというのか! 愚か者め!」
「ひっどーい! そこまで言わなくてもいいじゃない。あたしだって、何度も返して欲しいってお願いしたけど……大司教様は応じてくれなかったわ」
聖王教会のトップか。聖女を手駒にするために、色々やってんなぁ。
「つまりペンダントを返してほしければ……って条件で、私の元に送り込まれたんだな」
「ええ、その通りよ。だからお願い! 引っ越してちょうだい!」
「断る!」
「ええぇ……けど、仕方ないか。あたしの作り話かもしれないものね」
小娘はしゅんと落ち込んだ。
なんか、ちょっとかわいそう。
「あ~わかったわかった。ともかく小娘はアレだ。ペンダントを取り返したいんだよな」
「も、もちろんよ!」
「ちょっと待ってろ。あっ……お腹が減ったらテントの中に食料とかあるんで適当に食べてね」
「え? なに? ちょっと……消えたッ!?」
転移魔法即ブッパして私は聖王都に中心部へ。
跳んだ先は大聖堂。
王宮と大差ない豪奢で豪華でゴージャスな大司教の私室に英雄的着地を決めた。
ハゲりちらかしかけのデブのオッサンがちょうど着替えの真っ最中だ。
王様出勤ですかこの野郎。ちょっとお話があります。
「ひ、ひい! 何者だ!?」
「おはようございます! 貴様に名乗る名前などないッ! 覚悟の準備をしておいてください!」
オッサンの顔面にアイアンクロー。この手に限る。
「ん! ぐああああああ! こめかみに指いいいいいい!」
メリメリメリィ!
やはり暴力はすべてを解決する。女の大事なものを奪った罪、残り少ない毛髪であがなってもらおう。
【リアクション】
いいね: 12件
------------------------- エピソード5開始 -------------------------