【本文】
午後のひととき。柔らかな日差しの下。
二人でコーヒーカップを手にナナシ川のほとりでのんびりする。
まるで長年連れ添った老夫婦みたいな穏やかさだ。
お気に入りのローチェアーはシャンシャンにとられてしまった。
まるでベッドの真ん中を我が物顔で占有するお猫様のような女だ。
「いいの? あたしが座って」
「私が許可する前から陣取ってたでしょうに」
「どけって言われたらどくわよ?」
「そのローチェアの座り心地には飽きてたんでな。そろそろ新しいのを買うつもりだったんだ」
「フフン……そうなんだ。じゃあありがたく、使わせてもらうわね」
元聖女にして住所不定無職のニートがニッコリ微笑んだ。
「ところで、あなたのことはなんて呼べばいいかしら大魔導師様?」
「急にどうした?」
「だってほら、あたしのことは小娘とかシャンシャンだし。そうだ! ご主人様ってどう? メイドさんみたいに」
「私に奉仕したいというのだな。良い心構えだ」
「一応、ペンダントの恩があるし。正直なところ聖都にも居場所……無かったから。受け入れてくれてありがとって……思うし」
少女はポッと頬を赤く染める。
「もしかして私に惚れたのか? まあ仕方あるまい。私って高身長のイケメンだし淹れるコーヒーも美味いしな」
といえば女子供はみな悲鳴を上げながら逃げていく。何一つ間違ったことは言ってないのに不思議だ。
小娘は逃げるどころか耳まで真っ赤になった。
「エッ!? ば、バカバカ! そんなわけないじゃない! むしろアレだから! あたしの聖女レーダーがダメ人間ってビンビンに反応してるの! 救わなきゃって!」
「誰が救いも夢も希望もない社会不適合で生きる価値なしの異常者ですかコラァ!」
「怖っ! そこまで言ってないわよいきなりヘラらないで!」
「ヘラってなにが悪い!」
「あなたって相当めんどくさいわね!」
「ええそうですとも文句あるか?」
「自覚込みでこの性格なんだぁ……やっぱりあなたにはスポークスマンが必要かも」
「すぽーく……なんて?」
「代弁者よ。あなたが怖がられないように、あたしがフォローしてあげなくもないけど」
「いらぬお節介だ!」
まったく、どうして私は元聖女なんて拾ってしまったんだろう。
遺失物押収犯。メイヤ・オウサーここにあり。
「感謝してるんだから……少しくらいお節介焼かせなさいよ」
「嫌ですー。朝寝坊すると起こしに来る幼なじみの巨乳美少女か貴様は……あっ……ごめん」
「今、胸見て謝った! 胸見て謝ったでしょ!?」
「大事なことなので二回言いましたってか」
「んもー知らないんだか!」
シャンシャンはほっぺたを膨らませた。
「知らなくて結構だ」
「あなたって友達とかいないの?」
「いると思うか!?」
やめろっ! その質問は俺に効くッ!!
小娘は花瓶を落として割ったところを見られた猫みたいに、ビクッとなった。
割ったことへの罪悪感を覚えて気まずくなるのが犬。
見られたことへの羞恥心でハッとなるのが猫。
これ豆知識な。(※個人の感想です)
「弱点えぐってごめんなさい」
「ぜ、ぜーんぜん効いてないし。私ほらすごすぎて高嶺の花みたいな感じでさ。二足歩行する畏敬の念の体現者っていうかね」
「変人ムーブで他人に壁をつくって中二病気取ってたら、後戻りができなくなっちゃった人なのね?」
グサー! グサグサグサグサー!
「うっ……や、やめろぉ! そういう貴様はどうなのだ?」
「あたしも同じよ。だからわかるの……うっ……自分で言ってて胸が締め付けられるわ」
お互い無言になって川を見る。
しばらくボーッとした。ただ無為に時間と水が流れていく。
ぱしゃん!
と、水面が爆ぜた。
「あっ……今、魚が跳ねたわ」
「え? どこどこ~?」
「あそこらへん」
「あ~ふ~ん。そっかぁ……」
「…………」
そしてまた、静かな時が流れ出す。
「ねえメイヤさん」
「なんだシャンシャン」
「お風呂ってどうしてるの?」
「目の前にあるだろう」
「川? 直接川って……こと?」
「なにか文句あるかぁ?」
「えぇ……キャンプ生活初日から過酷すぎるんですけどぉ」
「ここを聖都の高級な宿だと思わない方がいいぞ。怖じ気づいたなら帰れ」
「何度も擦ってくれるけど、帰ったら捕まって処刑されちゃうの」
「死にたくないなら川で我慢しろ」
「はーい」
「トイレもだぞ。紙とかあれだからな。葉っぱだからな」
「はーい」
案外聞き分けがいいぞ、この女。
そんなこんなで日が暮れて――
夜を迎えた。備蓄食料から適当に夕食を済ませる。必然的に二人分消費されるわけで、予定より早く買いだしが必要そうだ。
新しいローチェアに食器やカップも増やさなきゃならん。
で、寝床なんだが――
「あたしキャンプでテントで寝るの初めて! 楽しみかも!」
「悪いなシャンシャン。テントは一人用だ貴様は外で野宿しろ!」
「えー!? 野犬に襲われたりしたらどうするのよ?」
「墓くらいは建ててやる」
「やだー! ね! こうしましょ! 夜は寒いし狭いなら一緒に寝ればいいじゃない!」
言うなり先にテントに入って小娘は手招きした。
「ほらおいでおいで! 早くって!」
「なら私が外で寝る! 野犬に食われたら墓はいらないから、遺体は燃やして川に散骨してくれ!」
「もしかして童貞君……怖いの?」
「はああ!? 何が怖いって?」
「女の子と添い寝するのが怖いんでしょー?」
「無礼(なめ)んな。貴様のようなフラットマットレスに欲情する私ではない」
「フラットじゃないわよちゃんとあるんだから! そんなに言うなら直接確かめてみる?」
シャンシャンは上着を脱ぎ始めた。
「お、おやめなさいな!」
「来てくれないなら脱いじゃうわよぉ? 童貞君にはちょっと刺激が強すぎるかしら?」
「わかった! 話し合おう! 貴様の要求はなんだ?」
「一緒に添い寝よ。構わないわよね?」
「よかろう。背に腹は代えられぬ」
「言葉の使い方間違ってるわよ。役得でしょ? あとは据え膳食わねば……」
「聖女よそれ以上はいけない」
「はーい」
他人に言いくるめられたり説得されたりすると、負けた気がする。
が、今回ばかりは不可抗力。なに、大丈夫だ。
相手がエッチなお姉さんならいざしらず、まだ色恋も知らぬようなクソお子様である。
大人が子供に負けるわけがないんだ。
――てなわけで、狭いベッドに二人並んで寝ることになった。
肩を寄せ合い上掛けの毛布を半分こする。
「貴様、寝相は良い方か?」
「寝相には自信ありよ。そういうメイヤさんは?」
「三人殺したことがある」
「寝相で!?」
「せいぜい気をつけることだな」
「……冗談……よね?」
こうして夜は更けていった。
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