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16.唐揚げたべたいサキュルちゃん


【本文】


「メイヤママ~! お肉食べたいお肉食べたい食べたい食べたい食べたい~!」


 淫魔の声が平原を駆け抜けた。

 時刻は午後三時。

 三人手分けして森に入り、薪をどっさり集めたところで第二長女が駄々っ子発動である。


「ワガママ言うんじゃありません。夕飯は肉抜きヘルシー干し野菜たっぷりスープだからな」

「お肉無し? 今日はいっぱい働いたからお肉がいいよぉ!」


 ソーセージの備蓄は第一長女が全部焼いてしまって欠品中だ。

 シャンシャンは気まずそうに視線をそらした。


 気づいて淫魔が元聖女を指さした。


「あ! さてはシャロンが全部食べちゃったんでしょ?」

「ぜ、全部じゃないわよ! ほとんどよ! ね? そうよねメイヤさん?」

「いや、全部だ。今回ばかりはサッキーの言う通りだな」


 予算は寝袋で消えてしまった。

 一人ならどうとでもなると思ってたが、今後は金策も考えていかんとあかんらしい。


 サキュルがその場でしゃがみ込んで顔面を両手で覆った。


「うお~んおんおん! お肉が食べたいよぉ! 干し肉とか加工肉とかじゃない、フレッシュでジューシーなお肉ぅ! 小麦粉まぶして油でカラッと揚げたてを、はふはふしながらサクサクじゅわ~! 溢れる肉汁! プリプリの食感! 衣のスパイシーさ! 皮のパリパリ! く~! ビールビール!」

「おい貴様! 未成年だろ!」

「そうよそうよ! 美味しそうすぎるじゃない! ビールにぴったりね! 枝豆も欲しいわ!」

「シャンシャンよ。元聖女にして十六歳だろ。なぜ知っている?」

「え? そ、あの……知らないわ! 全然! 口の中の脂がスッと溶けて消えて、枝豆で整えてから唐揚げに戻る永久無限幸福コンボなんて」


 知りすぎた女である。


 しかし――


 こいつらのせいで口が唐揚げになってしまった。

 もはや他の食べ物を受け付けない。

 このままでは餓死してしまう。


「ったく、仕方ない連中だ」


 薪を積み直してため息一つ。途端に淫魔が立ち上がると私に抱きついた。


「買ってきてくれんの!? メイヤだーいすき!」

「痴れ者が。金は無いぞ」

「ええー!? じゃあどうするの? ヤのつく事務所襲撃してお金ゲットする?」

「それはシンプル強盗でしょうに」


 殺っといてあれだけどな。


 シャンシャンが平たい胸元の前で手のひらをパンと合わせた。


「悪人が悪事で得たお金を取り戻して、民衆に還元すると考えたらただの強盗じゃないわよ。代わりに唐揚げの材料を手数料としてもらうだけってことで、多すぎる分は寄付……」

「教会連中の財源になるつもりですかぁ? 元教会関係者のシャロン・ホープスさんや」

「あうぅ。良い考えだと思ったのだけれど」


 第二長女の淫魔が地面に背中をつけて両足をじたばたさせた。玩具を買って欲しいお子様である。


「やだやだやだやだ~! 唐揚げ食べたい唐揚げ食べたい唐揚げ食べたい~! もうファミリアマートのファミチキでいいからぁ!」

「わかった。そこまで言うなら……狩りに行こう」


 サキュルが跳ね起きる。胸を四方八方に揺らして大興奮だ。


「ファミマに買いに行くの!?」

「狩りに行くんだ。鼓膜壊れてんのか?」

「はいぃ?」

「この平原の豊かさを貴様らド素人どもに見せつけてやる」

「狩りってハンティング!? ま?」


 淫魔が目を白黒させる。


「言い出したからには手伝ってもらうぞサッキー。それにシャンシャンも腹一杯食べたいよな唐揚げ?」

「え、えっと……もしかして野生の鶏を? っていうか、鶏って家畜よね? 中央平原にいるのかしら?」

「捕獲レベル5ってとこだな」

「それってどういう基準なの?」

「今、適当に考えただけだ」


 サキュルが尻尾をゆらゆらさせた。


「レベル5ってくらいだから、全然余裕っしょ。メイヤはレベルカンストしてそうだし」


 元聖女も頷き返す。


「言われてみればそうかも。じゃあ、今夜の夕飯をみんなで獲りにいきましょ! って、どうしたのサキュルさん? 全身プルプルさせて」

「鶏だけにってね。ぷっ……クスクス……きゃは! あはははははは! 激うまぁ!」


 箸が転げても爆笑する年頃らしい。勝手に思いついて一人でツボってセルフバーニングできる者は、幸せである。


 てなわけで、おもしろ家族最初の共同ミッションは「唐揚げを作る」に決定した。



 煎り大豆の入った袋を手に、淫魔が胸を揺らして走る。

 彼女の背後には体長三メートルはある、馬よりデカい鶏が迫っていた。


「ひいいいいい! 来るなああああ! 来るんじゃねえええええ!」


 女の子らしからぬ口ぶりだ。

 槍のようなくちばしが淫魔の背中をついばもうと突き出される。


 紙一重でかわしてきたが、ついに鋭い一撃がかすめた。


 ビキニの上のヒモがスパン。

 はらりと落ちて双丘がポロリした。


 大草原をかけぬける巨乳が、こちらに向かってくる。


 私と元聖女は岩陰にしゃがんで様子を見ながら息を潜める。


 が、突然目の前が真っ暗になった。


「み、見ちゃだめよ」

「手をどけろシャンシャン」

「でもおっぱいぽろりしちゃってるから!」

「作戦が台無しになるだろうが」


 今回の概要は以下の通り――


 場所はナナシ川上流側の高原地帯。

 対象は巨大地鶏のコッコ鶏。その肉質の良質さとスケールの大きさから、聖王都の貴族たちをも唸らせる美味とされている。


 ついたあだ名は鳥貴族。コッコ鶏はキングオブチキンだ。


 そのような鶏の捕獲レシピは実は簡単。


 まず発起人の淫魔に「餌付けしろ」と告げ、コッコ鶏の好物であるマジカル大豆を持たせる。


 豆の気配でコッコ鶏登場。鳥貴族が希少なのは警戒心が強く、なかなか姿を現さないからだ。


 マジカル大豆を持たざる者は、その偉容を拝むことさえ叶わない。


 地平線の向こうから奴が来る。


 この時の淫魔の「あれ? 遠近法狂ってない」という顔が、絶望感いっぱいでとても良かったです。


 で、体長三メートルの鶏にサキュルを追い回させる。


 そう――


 餌は大豆じゃなくて貴様だったんだよ。(ΩΩΩ――ナ、ナンダッテー!?)


 しばらくチェイスの後に、助けを求めて淫魔がこっちにやってきたところで――


「助けてええええええ! この人でなしいいいいいい!」


 悲鳴と非難が近づいてきた。

 私の視界は暗いままだ。


「ええいシャンシャンよ。目隠しやめろ」

「あ、あたしがあなたの代わりに目になるわ」

「そういう格好いいセリフ……嫌いじゃない」


 普通、視界を奪った奴が言うもんじゃないけどな。


 シャンシャンが私の目の辺りをキュッとした。

 まぶたの上から眼球圧迫やめーや。


「今よメイヤさん!」

「発芽せよ! ナチュラルグリーンパワー! ウェイクアップ!」


 サキュルと、それを追うコッコ鶏の通過地点に無数の蔓縄の種を蒔いておいた。

 タイミングを合わせて、罠の地帯に一人と一羽が踏み込んだ瞬間――


 発芽育成拘束である。


「やったわ! 捕獲成功ね!」


 ぱっと視界がひらけた。

 喜びの元聖女が万歳したようだ。


 獲物は足下からぶわっと蔓が湧き上がり、触手プレイよろしくコッコ鶏を亀甲縛り。

 なお、サキュルも巻き添えを食らってM字開脚縛りである。


「ひいいいいん! なんでサキュルまでええええ!」

「コケーッッコッコッココケコー!!」


 三メートルの巨体がバタンと倒れる。


「さあトドメだ元聖女よ。処せ」

「えっと……あたしが?」

「食べたいだろ? 唐揚げに焼き鳥に鶏皮ポン酢とか」


 シャンシャンは目を閉じると深く頷いた。


「天にまします我らが神よ。どうかお赦(ゆる)しください」


 神様に報告しとけばなんでもセーフ。やっぱ信仰って便利ですね。

 ま、人間なんて許されてなんぼの生き物だ。


 聖女の手に光が灯る。


「シャイニングホーリー……スラッシュ!」


 光の魔法力が手中で円を描き高速回転した。

 それをチョップに乗せて、元聖女がコッコ鶏の首を一撃で切り飛ばす。


 かつてこの世界を救ったとされる、光の巨人伝説にもあるような技の切れ味だ。


「「うわぁ……」」


 思わず出た声が、私と淫魔で見事に一致した。


 シャンシャンこいつ……結構容赦ないぞ。



 その日の夜は調理器具をフル動員。たき火も増やして唐揚げはじめ鶏のフルコース。


 正直、食べきれない分は聖王都の肉屋にお裾分け。

 ちょっぴり財布も重くなり、ビールとコッコ鶏の等価交換。


 三人の宴は月が沈むまで続くのでした。めでたしめでたし。


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------------------------- エピソード17開始 -------------------------

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