【本文】
「メイヤママ~! お肉食べたいお肉食べたい食べたい食べたい食べたい~!」
淫魔の声が平原を駆け抜けた。
時刻は午後三時。
三人手分けして森に入り、薪をどっさり集めたところで第二長女が駄々っ子発動である。
「ワガママ言うんじゃありません。夕飯は肉抜きヘルシー干し野菜たっぷりスープだからな」
「お肉無し? 今日はいっぱい働いたからお肉がいいよぉ!」
ソーセージの備蓄は第一長女が全部焼いてしまって欠品中だ。
シャンシャンは気まずそうに視線をそらした。
気づいて淫魔が元聖女を指さした。
「あ! さてはシャロンが全部食べちゃったんでしょ?」
「ぜ、全部じゃないわよ! ほとんどよ! ね? そうよねメイヤさん?」
「いや、全部だ。今回ばかりはサッキーの言う通りだな」
予算は寝袋で消えてしまった。
一人ならどうとでもなると思ってたが、今後は金策も考えていかんとあかんらしい。
サキュルがその場でしゃがみ込んで顔面を両手で覆った。
「うお~んおんおん! お肉が食べたいよぉ! 干し肉とか加工肉とかじゃない、フレッシュでジューシーなお肉ぅ! 小麦粉まぶして油でカラッと揚げたてを、はふはふしながらサクサクじゅわ~! 溢れる肉汁! プリプリの食感! 衣のスパイシーさ! 皮のパリパリ! く~! ビールビール!」
「おい貴様! 未成年だろ!」
「そうよそうよ! 美味しそうすぎるじゃない! ビールにぴったりね! 枝豆も欲しいわ!」
「シャンシャンよ。元聖女にして十六歳だろ。なぜ知っている?」
「え? そ、あの……知らないわ! 全然! 口の中の脂がスッと溶けて消えて、枝豆で整えてから唐揚げに戻る永久無限幸福コンボなんて」
知りすぎた女である。
しかし――
こいつらのせいで口が唐揚げになってしまった。
もはや他の食べ物を受け付けない。
このままでは餓死してしまう。
「ったく、仕方ない連中だ」
薪を積み直してため息一つ。途端に淫魔が立ち上がると私に抱きついた。
「買ってきてくれんの!? メイヤだーいすき!」
「痴れ者が。金は無いぞ」
「ええー!? じゃあどうするの? ヤのつく事務所襲撃してお金ゲットする?」
「それはシンプル強盗でしょうに」
殺っといてあれだけどな。
シャンシャンが平たい胸元の前で手のひらをパンと合わせた。
「悪人が悪事で得たお金を取り戻して、民衆に還元すると考えたらただの強盗じゃないわよ。代わりに唐揚げの材料を手数料としてもらうだけってことで、多すぎる分は寄付……」
「教会連中の財源になるつもりですかぁ? 元教会関係者のシャロン・ホープスさんや」
「あうぅ。良い考えだと思ったのだけれど」
第二長女の淫魔が地面に背中をつけて両足をじたばたさせた。玩具を買って欲しいお子様である。
「やだやだやだやだ~! 唐揚げ食べたい唐揚げ食べたい唐揚げ食べたい~! もうファミリアマートのファミチキでいいからぁ!」
「わかった。そこまで言うなら……狩りに行こう」
サキュルが跳ね起きる。胸を四方八方に揺らして大興奮だ。
「ファミマに買いに行くの!?」
「狩りに行くんだ。鼓膜壊れてんのか?」
「はいぃ?」
「この平原の豊かさを貴様らド素人どもに見せつけてやる」
「狩りってハンティング!? ま?」
淫魔が目を白黒させる。
「言い出したからには手伝ってもらうぞサッキー。それにシャンシャンも腹一杯食べたいよな唐揚げ?」
「え、えっと……もしかして野生の鶏を? っていうか、鶏って家畜よね? 中央平原にいるのかしら?」
「捕獲レベル5ってとこだな」
「それってどういう基準なの?」
「今、適当に考えただけだ」
サキュルが尻尾をゆらゆらさせた。
「レベル5ってくらいだから、全然余裕っしょ。メイヤはレベルカンストしてそうだし」
元聖女も頷き返す。
「言われてみればそうかも。じゃあ、今夜の夕飯をみんなで獲りにいきましょ! って、どうしたのサキュルさん? 全身プルプルさせて」
「鶏だけにってね。ぷっ……クスクス……きゃは! あはははははは! 激うまぁ!」
箸が転げても爆笑する年頃らしい。勝手に思いついて一人でツボってセルフバーニングできる者は、幸せである。
てなわけで、おもしろ家族最初の共同ミッションは「唐揚げを作る」に決定した。
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煎り大豆の入った袋を手に、淫魔が胸を揺らして走る。
彼女の背後には体長三メートルはある、馬よりデカい鶏が迫っていた。
「ひいいいいい! 来るなああああ! 来るんじゃねえええええ!」
女の子らしからぬ口ぶりだ。
槍のようなくちばしが淫魔の背中をついばもうと突き出される。
紙一重でかわしてきたが、ついに鋭い一撃がかすめた。
ビキニの上のヒモがスパン。
はらりと落ちて双丘がポロリした。
大草原をかけぬける巨乳が、こちらに向かってくる。
私と元聖女は岩陰にしゃがんで様子を見ながら息を潜める。
が、突然目の前が真っ暗になった。
「み、見ちゃだめよ」
「手をどけろシャンシャン」
「でもおっぱいぽろりしちゃってるから!」
「作戦が台無しになるだろうが」
今回の概要は以下の通り――
場所はナナシ川上流側の高原地帯。
対象は巨大地鶏のコッコ鶏。その肉質の良質さとスケールの大きさから、聖王都の貴族たちをも唸らせる美味とされている。
ついたあだ名は鳥貴族。コッコ鶏はキングオブチキンだ。
そのような鶏の捕獲レシピは実は簡単。
まず発起人の淫魔に「餌付けしろ」と告げ、コッコ鶏の好物であるマジカル大豆を持たせる。
豆の気配でコッコ鶏登場。鳥貴族が希少なのは警戒心が強く、なかなか姿を現さないからだ。
マジカル大豆を持たざる者は、その偉容を拝むことさえ叶わない。
地平線の向こうから奴が来る。
この時の淫魔の「あれ? 遠近法狂ってない」という顔が、絶望感いっぱいでとても良かったです。
で、体長三メートルの鶏にサキュルを追い回させる。
そう――
餌は大豆じゃなくて貴様だったんだよ。(ΩΩΩ――ナ、ナンダッテー!?)
しばらくチェイスの後に、助けを求めて淫魔がこっちにやってきたところで――
「助けてええええええ! この人でなしいいいいいい!」
悲鳴と非難が近づいてきた。
私の視界は暗いままだ。
「ええいシャンシャンよ。目隠しやめろ」
「あ、あたしがあなたの代わりに目になるわ」
「そういう格好いいセリフ……嫌いじゃない」
普通、視界を奪った奴が言うもんじゃないけどな。
シャンシャンが私の目の辺りをキュッとした。
まぶたの上から眼球圧迫やめーや。
「今よメイヤさん!」
「発芽せよ! ナチュラルグリーンパワー! ウェイクアップ!」
サキュルと、それを追うコッコ鶏の通過地点に無数の蔓縄の種を蒔いておいた。
タイミングを合わせて、罠の地帯に一人と一羽が踏み込んだ瞬間――
発芽育成拘束である。
「やったわ! 捕獲成功ね!」
ぱっと視界がひらけた。
喜びの元聖女が万歳したようだ。
獲物は足下からぶわっと蔓が湧き上がり、触手プレイよろしくコッコ鶏を亀甲縛り。
なお、サキュルも巻き添えを食らってM字開脚縛りである。
「ひいいいいん! なんでサキュルまでええええ!」
「コケーッッコッコッココケコー!!」
三メートルの巨体がバタンと倒れる。
「さあトドメだ元聖女よ。処せ」
「えっと……あたしが?」
「食べたいだろ? 唐揚げに焼き鳥に鶏皮ポン酢とか」
シャンシャンは目を閉じると深く頷いた。
「天にまします我らが神よ。どうかお赦(ゆる)しください」
神様に報告しとけばなんでもセーフ。やっぱ信仰って便利ですね。
ま、人間なんて許されてなんぼの生き物だ。
聖女の手に光が灯る。
「シャイニングホーリー……スラッシュ!」
光の魔法力が手中で円を描き高速回転した。
それをチョップに乗せて、元聖女がコッコ鶏の首を一撃で切り飛ばす。
かつてこの世界を救ったとされる、光の巨人伝説にもあるような技の切れ味だ。
「「うわぁ……」」
思わず出た声が、私と淫魔で見事に一致した。
シャンシャンこいつ……結構容赦ないぞ。
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その日の夜は調理器具をフル動員。たき火も増やして唐揚げはじめ鶏のフルコース。
正直、食べきれない分は聖王都の肉屋にお裾分け。
ちょっぴり財布も重くなり、ビールとコッコ鶏の等価交換。
三人の宴は月が沈むまで続くのでした。めでたしめでたし。
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