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17.川じゃだめなんですか?


【本文】

 ある日の午後――


 淫魔が私の前で草むらに寝転ぶとへそ天で手足をばたつかせた。


「お風呂入りたいお風呂入りたいお風呂入りたい~!」


 あーはいはい。またこの流れか。理解した。


「サッキーよ。そこに川が流れておるじゃろ」

「川寒いじゃん水冷たいじゃん! まだ夏は遠いんだよ?」

「ここを高級ホテルと勘違いしてんじゃねぇよ」


 と、正論パンチしつつ視線を上げる。


 もう一人居たわ。長女一号が。


 シャンシャンは腕組みムムム顔。


「ねえメイヤさんってなんでもできちゃうイメージがあるんだけど、もしかして温泉とか作れない?」

「私を神様かなにかと勘違いしているだろう」

「掘ればお湯とか燃える黒い水とか出せちゃうんでしょ? ほらメイヤさんちょっとジャンプしてみて。出せるわよね? もっと出せるわよね?」

「元聖女がカツアゲですかぁ? 怖ぁ」


 地面では淫魔が両手で顔を覆って「うおーんおんおん」と嘘泣きの真っ最中だ。


「お風呂入りたいよぉ。温泉街つくってメイヤママ~!」

「スナック感覚で要求をスケールアップさせるな」

「お風呂上がりに瓶牛乳飲んで卓球したいよぉ~! お土産屋さんで竜の巻き付いた剣のキーホルダー欲しいよぉ」


 具体的が過ぎる。


 と、シャンシャンが私の服の裾を引く。


「ということで、温泉旅行につれてって」

「金がないぞ指名手配犯」

「ひ、ひっどーい! メイヤさんなんて国家反逆罪じゃない?」

「そんな二人が淫魔を引き連れて観光旅行は無理でしょうが」

「あう……確かに」


 少し考えればわかることだろうに。


 第一&第二長女どもは「おねだり失敗ね」「ワンチャン行けると思ったんだけどなぁ」と、やれやれ顔である。


 こっちがやれやれである。


 立ち上がりサキュルが尻尾をピンと立てた。


「ところでさーシャロンはどうして汚れてないの?」


 それはなサッキー。シャロンには自前の洗濯板が(以下略)


 心の声に留めておこう。寝首を八つ裂き光魔法でスパッとされかねない。


 元聖女はコホンと咳払い。


「あたしはこまめに身体や衣類に浄化魔法をかけてるから」

「エッ!? なにそれ便利すぎない?」


 淫魔の辞書には無い概念らしい。

 第二長女が私に訴える。


「シャロンだけずるくない? ねえメイヤもずるいって思うよね?」

「私も浄化魔法なら一日一回は使っているぞ」

「は? え? なに? それが……それが人間どものやり方かあああああ!」

「むしろ貴様だけだぞ。臭いの」

「があああああん! ちょ、シャロン! ノンデリに言ってあげて! サキュルは臭くないって!」

「ごめんなさい」

「うおおおおおおおおおおああああああああああああ!!」


 サキュルは頭を抱えて草原に転げ回った。


「汚いのは貴様だけのようだな」

「やだやだやだなんでなんでぇ? サキュルだけなんでぇ?」

「サッキーはあれか。浄化魔法使えないタイプの淫魔なのか?」

「使えないよ!」


 シャンシャンが割って入った。


「じゃあ、教えてあげましょっか?」

「無理無理絶対無理だって! それって光属性でしょ? サキュルって光系全然ダメだから」

「やってみないとわからないじゃない?」

「だって、二人はアレじゃん。元聖女と大魔導師でしょ? 才能あって得意なんでしょ?」


 私と元聖女は顔を見合わせ頷きあった。

 淫魔は地面を転げ回る。


「サキュルは淫魔だから絶対無理なのおおおお! わかってええええ!」

「なんだか知らんが大変そうだな」


 シャンシャンは顎に手を当てる。


「たぶん元聖女のあたしが闇系統の魔法を一切使えないようなものなんでしょうね」


 サキュルがぴたりと動きを止めて立ち上がった。


「そう! それ!」

「じゃあ、あたしが浄化してあげればいいのね」

「はい?」

「安心して。痛くしないから」


 元聖女がサキュルのおへその辺りにそっと手を当てる。


「はい、浄化魔法っと」

「ぎゃああああああああああああ! 淫紋消えちゃううううう!」


 普段は何も無い淫魔のお腹のあたりにハートマークみたいなタトゥーが浮かんだかと思いきや、それが徐々に削れていった。


「シャンシャンストップ。なんかやばそうだぞ」

「へ?」

「見ろサキュルを」


 元聖女は浄化魔法を中断した。サキュバスをじっと見つめる。と――


「エッチなのはいけないと思います! ああ! わたしなんてはしたない格好をしているんでしょう! 恥ずかしい! 恥ずかしいです!」


 淫魔を浄化すると清楚に傾くらしい。


 あれ?


 浄化しちまった方がまともになるかも?


「シャンシャン……浄化魔法……続行だ!」

「ええ!? サキュルさんおかしくなっちゃうわよ」

「最初からおかしいやつなんだ。誤差だよ誤差」

「け、けど、真面目で清楚になったら……あ、あたしとキャラが被るじゃない!」

「安心しろ元聖女。貴様は自分が思っているよりもロックな性格だぞ」

「はあ!? と、ともかくダメよ。同じキャラクター性で並んだら……おっぱいが大きい分だけサキュルさんが有利だもの」


 こうしてサキュルを浄化魔法で綺麗にする案は否決された。


 シャンシャンが手を止めたことで、サキュルの消えかけたハートの紋様が元に戻る。


 額の汗を手で拭い淫魔が青息吐息だ。


「っぶね~自我消えるとこだったぁ……もう! シャロン酷いよ!」

「ご、ごめんなさい。まさか淫魔を浄化するとあんなことになるだなんて」

「サキュルは人の欲望という夢を糧に生きるナイトパピヨンだからね!」


 何言ってんのこいつ。


「人間くさいって言葉があるが貴様はシンプルに臭い淫魔だな。なんかむわっとしてそうだし」

「ひいいいん! サキュルだって女の子なんだよ? 言い方ぁ!」


 と、元聖女が人差し指をピンと立てた。


「浄化魔法がダメなら、やっぱりお風呂はあった方がいいと思うの」


 淫魔もスイカ並みの双丘を上下にゆっさたゆん。巨乳がいきすぎると谷間はI字になるという伝説は、本当だった。


「そーだそーだ! 我々長女ズはお風呂を要求する! それにほらお風呂があればプレイの幅も広がるし、そもそも淫魔の仕事場でもあるし。サキュルには職場が必要なの!」


 シャンシャンがこっちを見る。


「ねえどういうことなの? お風呂場が仕事場って? メイヤさん知ってる?」

「わざとか? 知らない振りかシャンシャン?」

「ほ、本当にわからないのよ! え? なに? 二人は知ってるの?」

「小娘は知らなくていい」

「ずるいわよ! 教えてちょうだい!」


 私に詰め寄る元聖女。

 変なところで食いつきがいい。


「ほら教えて! 早く! 気になって夜しか寝られないでしょ?」


 十分じゃん。


「あーあーきこえませーんしりませーん」

「じゃあサキュルさん教えて!」

「えっとねぇ男の人とか、あ! サキュルは女の人も歓迎なんだけど、お風呂に入る時に介助してあげるお仕事なんだぁ」

「そ、それって……人助けよね! 素晴らしいわ! 身体の不自由な人を助けてあげるだなんて!」

「えっ……あっ……えっと」


 どうしようって顔してこっちみんな淫魔。


 シャンシャンは平たい胸の前で腕組みして「フフン」と鼻を鳴らした。


「そういうことなら、あたしも大賛成よ。まあ、ここではお仕事にはならないかもしれないけど、サキュルさんが練習したりするのにお風呂場は必要ってことだし」


 させておいても良い勘違いが、ここにある。


 で――


 そんなこんなで、川沿いのキャンプ地になぜか風呂場を作ることになりましたとさ。


 超だるいめんどくせえええええええ!


 地面えぐったら温泉噴き出ないかな……マジで。


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