【本文】
どうしたもんか。
いっそ家でも建てた方が早いかもしれん。
流れる川面を見つめる。
隣で元聖女が頷いた。
「水はいっぱいあるわね」
「シャンシャンよ。風呂とはなんだ?」
「概念の話かしら」
「まずバスタブが必要になるだろう」
水を汲んだ巨大なバスタブを直接たき火で熱するか、水を金属パイプに通して熱し、バスタブに入れるかしなければならない。
とにもかくにも大がかりだ。
正直、薪がもったいない。
シャンシャンも気づいたらしく――
「水を川から汲み上げるのに、ポンプとか水車とか……あと水路が欲しいかも」
「水車も水路も作るには材木が必要だな」
元聖女の手に光輪が生まれて回転する。
「伐採は任せてちょうだい」
「待て待て。水路くらいならなんとかなるかもしれんが、水車なんて文明の利器はアレだぞ。無理だぞ!」
そもそもバスタブもないのだ。
二人並んで流れる川を見る。
「詰みね」
「うむ」
河原の丸石を拾い上げて、ぽいっと投げる。
石はぼちゃんと水底に沈んだ。
サキュルが胸を揺らして土手を降りてくる。
「じゃあじゃあさあ! 露天風呂にしようよ! サキュル見たことあるんだ! 川に温泉が湧いてて、源泉のところを掘って湯船にするんだよ!」
それなら水車も水路もいらないな。
シャンシャンも頷いた。
「河原の石を上手く積んで区切ってあげれば、プールみたいにできるかもしれないわね」
「いいかシャンシャンにサッキー。この河原に源泉なんてもんは無いんだぞ」
サキュルが目を丸くする。
「結構いいとこまでいったと思うんだけどなぁ」
「だいたい、川の水をどうやって熱する?」
三人並んで腕組みしながらムムムと唸る。
何も思いつかない。
仕方ない――
「風呂はまた今度にして、コーヒーでも飲むか」
元聖女がハッとした顔になった。
「ね、ねえメイヤさん! 牛乳よ!」
「急にどうした? 頭バグったか?」
「バグってないわよ瓶牛乳よ!」
「はあ?」
「初めてあたしにカフェオレをつくってくれた時に、冷たい瓶の牛乳を火も使わずに温めてくれたじゃない?」
言われて思い出す。
分子摩擦熱でチンチンにしたやつだ。
「あっ……いけるかもしれん」
そこからは一気である。
川縁に極大破壊魔法(直方体サイズに威力固定)をぶち込み、地面をえぐる。
細かな穴は石を積んで埋めて、川の水を引き入れた。
たまった水を元聖女が浄化魔法で清める。まあ、そこまですることもないと思うんだが。
で、最後に私が手刀を湯船に突き入れて、魔法力で水を振動させて熱したら。
水面がボコンボコンと沸騰した。
「さあ入れサッキー!」
「無理無理無理絶対無理だよ熱湯じゃん!」
シャンシャンも「茹で淫魔ができちゃいそうね」とさらりと怖いことを言う。
沸き立つ湯だが、川から水を取り入れるように簡易水路を作って適温にすれば――
ちゃぽん……と、淫魔は手を湯船に入れて目をとろけさせた。
「いい湯加減だよ! ありがとう二人とも! サキュルここに来てよかった!」
言うなりビキニを脱ぎ捨てて、淫魔は肩まで湯に浸かると日向ぼっこする猫のように喉を鳴らした。
シャンシャンが私の裾を引く。
「次、あたしも入りたいから追い炊きしてね」
「くっ……まあ、せっかく作ったのだから仕方あるまい」
「のぞいちゃダメよ?」
「洗濯板鑑賞の趣味はないからな」
途端に元聖女の手に光輪がぶわっと回転。
「今、何か言ったかしら?」
「イイエナニモ」
と、光輪を消してシャンシャンは俯いた。頬が赤い。
「むしろ……一緒に入る?」
浴槽でサキュルがザバッと立ち上がった。
「あとじゃなくて今でいいよ三人で入ろうよ!」
「ダメよサキュルさん! すっぽんぽんで立ち上がっちゃ!」
「大自然に抱かれた全裸の開放感! 是非二人とこの感覚を共有したいんだ! ね? いいよねメイヤも?」
「よくなあああああい!」
女子二人と同じ湯船に浸かるということは、明らかに百合の間に挟まる危険行為だ。
てなわけで――
即席ながら露天風呂が完成した。
これからは二人が風呂に入りたくなったら、お湯係か。
うむ。
そろそろ共同生活をする上で、役割分担だのを決めた方がいいかもしれんな。
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