【本文】
ピーチクパーチク小鳥のアンサンブル。
今日も中央平原は良い天気。
簡単な朝食を終えて日課のコーヒータイムだ。
ローチェアはシャンシャンに奪われっぱなし。椅子代わりの丸太に腰掛ける。
淫魔がぐいっぷるるんと胸を張った。
「ふっふ~ん! 今日はサキュルね、お砂糖なしだし。メイヤと同じブラックコーヒー飲んじゃうんだぁ。あれあれシャロンはお砂糖なんてまだ入れてんのぉ? お子様ぁ? ぷぷーくすくす! これはサキュルが真の長女ですわぁ」
「あ、あたしはメイヤさんがせっかく淹れてくれたコーヒーを最大限美味しく飲みたいだけよ」
「サキュルはブラックでも美味しいけどね。じゃあいただきます」
眉間に皺を寄せて涙目になりながら第二長女は黒い液体を胃に落とす。
こいつらに合わせて豆の配合を軽めにブレンドしなおしたから、苦みも大分抑え目なんだが。
「くうううう! 効くううううう!」
「あなた涙目じゃない?」
「泣けるくらい美味しいって、わ・け」
大人ぶるほど馬脚を晒すスタイル。嫌いじゃない。
シャンシャンが砂糖をスプーンで溶かして飲む。
「美味しいけどカフェオレにしたらもっと良さそう」
「うちは喫茶店じゃないからな」
「メイヤさんカフェ始めればいいじゃない。陽気でビジネス狂気なファッション変人のマスターに、とってもとってもとっっても可愛い給仕係が二人。郊外のお店にはなじみのお客さんたち。モーニングメニューはお得なワンコイン。ランチのパスタも大人気で、定期的に新作のフラペチーノ出したりして。商品開発は任せてちょうだい」
これにサッキーまで乗っかってきた。
「夜はお酒出してバーにしようよ! メイヤ料理も上手だし! で、毎晩乱痴気騒ぎ!」
「いけないわよサキュルさん。毎晩なんて。明日のモーニングの仕込みがあるんだし」
「じゃあ定休日の前だけオールナイト! 絶対楽しいって!」
二人は妄想を膨らませた。
不覚にも、私もエプロン姿でカウンターに入り、アイスコーヒーのグラスを磨く自分の姿を思い浮かべる。
「却下だ貴様ら」
「ええぇ? なんでぇ?」
「いいかサッキーよ。お忍びで王国に買いだしにはいけても、基本的に私もシャンシャンもおたずね者だ。店なんて構えられるわけないやろがい」
「じゃあじゃあ魔都でやろーよ!」
元聖女が俯(うつむ)く。まあ、そうなるわな。
「シャンシャンが元聖女ってバレたら、魔都で騒ぎになるだろ。それに私も魔帝国から何度も刺客を送り込まれてる」
「あ~! たしかに! そーいえばサキュルってメイヤのお詫びの品として送り込まれたエッチな刺客だったっけ。メイヤがメロメロになって魔帝国に引き込むとかなんとか」
「張本人の貴様が設定を忘れるんじゃない!」
「ひいぃ! さーせん!」
百合で挟んでこないタイプの淫魔だったら、危ないところだった。
しかしだ――
露天風呂まで掘って思ったんだが、自分一人ならキャンプでなんとでもなるところ。
最低限、文化的な生活を営むとなるとそうはいかない。
人間でも魔族や亜人でも、集まり助け合い共同体を作って暮らすには理由があるのだ。
人は殺せても水車は作れない。メイヤ・オウサーは苦悩する。
シャンシャンがコーヒーを飲み干してホッと一息。
「あたしは今の暮らし、すごく好きよ。ただ……薪拾いばっかりじゃメイヤさんに負担がかかりっぱなしかなって」
「サキュルはいつでも働けるよ! メイヤおっぱい揉む?」
「身体で払うんじゃない」
「え~! サキュバスなんですけどぉ? 身体が資本主義なんですけどぉ?」
第二長女は尻尾をゆらゆらさせて腰をくねらせる。
艶めかしい淫魔に元聖女は赤面だ。
シャンシャンが私の隣に座り直した。
「これでメイヤさんおっぱい揉めないわね」
「シャンシャンは恥ずかしがり屋なのに、おっぱい連呼するんだな」
「え? あっ……べ、別に言いたくて言ってるんじゃないから! 仕方なしよ!」
第一長女が私に肩を寄せる。
淫魔はぐぬぬ顔だ。
「うう! シャロンがメイヤのそばにいると、サキュルが近づいたら百合サンドイッチじゃん!」
「お尻ペンペンね♥」
先日のシャイニングホーリーストライク→アップルパイのコンボが思い出された。
あれをお尻ペンペンなどという可愛げで片付けるとは、真のサイコなパスは元聖女かもしれない。
サキュルは「本物」を目の当たりにして、尻尾をへなりとさせる。
「じゃあじゃあ、他のお仕事で役に立つぅ。サキュルここ好きだし、がんばるからぁ! ね! メイヤ! なんでも言って! できないことの方が多いかもだけど……がんばる……がんばるよ!」
「薪拾いくらいしかないがな」
「じゃあ拾う! 森の中の枯れ木全部なくなるまで!」
このままだと淫魔が枯れ木置いてけお化けにクラスチェンジ。
モーニングミーティングは振り出しに戻った。
どうやら現実ばかり見ていると、結局薪拾いになってしまうらしい。
カフェ経営を無想する方が何かと楽しげではある。
「よし長女ども。一旦現実は忘れて、このキャンプに欲しいものを言って見ろ」
「「欲しいもの?」」
二人は真剣な顔つきになった。先手は――
シャンシャンだ。
「制限なしってことなら、あたしは図書館! 本が読みたいわ!」
「ふむ。では図書館ができた際にはシャンシャンを館長に任命しよう」
「どんな本を入れるかとか、あたしが決めていいの?」
「もちろんだ」
「物語がいいわ! 素敵なお話! 世界中の名著を集めるんだから。なんだか楽しくなってきたかも」
館長が趣味に走った図書館。悪くない。
サキュルが両手を万歳させた。
「はいはいはーい! サキュルはね! えっとぉ……レストラン! 三大欲求のエッチが無しならやっぱり美味しいのがいい! 名物料理は幻のコッコ鶏で作る唐揚げとビールのセット!」
マジカル大豆を栽培。飼料万全でコッコ鶏を育成できれば、安定供給できるかもしれん。
どのみち客はいないんだが。
長女二人は顔を見合わせた。
「レストランというより居酒屋よね?」
「図書館じゃなくて漫画喫茶でしょ?」
「「は?」」
視線バチバチ。
と、急に空気に湿り気を感じた。
山向こうから暗雲があっという間に流れ込む。
一気に雨だ。
シャンシャンが悲鳴をあげる。
「きゃ! 雨よ! やだあー」
「テントテント!」
二人は屋根のあるテントに逃げ込んだ。
私は棒立ちである。
なぜならテントに入ることは、百合の間に挟まる(以下略)
豪雨が私を打ち据えて、激しく叩きつける水しぶきは煙のように霧を立ち上らせた。
煌々と赤いたき火もバケツで水をぶっかけたみたいに鎮火した。
「メイヤさんそんなとこに突っ立ってないでテントに入って! 風邪引いちゃうわ!」
「挟まないから! 挟まないから! あ! ああああああああああああああ!」
多少の雨風は防げても、所詮は聖都のダンキホーテで買った格安テント。
豪雨に負けて天井から漏水し、中に水が滝のように流れ落ちる。
この時、我々三人。バラバラな思想を持つおもしろ家族の意思が一つになった。
「「「屋根付き一戸建て」」」
露天風呂の次は、せめて雨風を防げるちゃんとした屋根。
順番逆じゃね?
それに家なんてガチで建てたら、長女たちがますます居着いてしまいそうだが――
「へっくしょい馬鹿野郎この野郎が! ボケ! 聖王も魔皇帝も氏ね!」
風邪引くよりはマシか。
けど家なんて建てたことないぞ。
どうしたもんか。すっかり最近の口癖になってしまった。
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