【本文】
きらびやかなカジノのフロアで注目独り占め。
迫る黒服黒めがね。
手には警棒。暴力上等。
用心棒の一人が腕を振り上げた。
私は身体を反らす。狂気を孕んだ凶器が空を切る。
「正当防衛だかんな」
普段より相手の動きが良く見える。ま、目薬効いてるだけなんだが。
膝を相手の鳩尾に一発。用心棒はくの字に折れ曲がり胃液を吐いて床に伏した。
雑魚が。二度と逆らうんじゃありませんよ。
支配人が悲鳴をあげる。
「やれ! やれっ! 排除しろ!」
手に取るように、連中の次の動きが理解できた。
シャンシャンを人質にしようと他の黒服が動く。
元聖女の手をとって立たせ、細く平坦な身体を引き寄せ抱き上げる。
「きゃ!? ちょ! メイヤさん!?」
「舌噛むからしゃべるなよ」
ダンスで男がレディーを持ち上げる、いわゆるリフトというやつだ。
シャロンの身体で棒術。
「きゃあああああああああああ!」
少女の足が用心棒どもをなぎ払った。
足下で駄犬……もとい駄淫魔がゴロゴロくねくね。
「すっごーい! シャロンつよーい!」
「あ、あたしじゃないわよおおおお!」
180度開脚して旋風キックでKO量産。聖女を装備した私に死角無し。
適当にシャンシャンを振り回してから床に下ろす。
ギャラリーと化したギャンブラーたちから拍手が起こった。
やっぱ観客がいる時は魅せプっしょ。
グレイテストShowman。メイヤ・オウサーとは私のことだ。
支配人が黒服の増援をかき集めた。
「取り押さえろ! ボーナス弾むぞ!」
今の攻防で理解できないとは度しがたい。上司が無能で用心棒たちもご愁傷様だ。
私はビシッと白スーツの眼帯男を指さした。
「ギャンブルなら胴元が負けることもあるでしょうが! こっちは勝ったんだから負けを認めるもんでしょうがよ!?」
「あ、ありえないんだよ! このビンゴマシンから10000倍の勝ちが出るなんて!!」
ゴロニャンしていたサキュバスがゆらりと立ち上がった。
マントの下でゆっさたゆんと胸を揺らして首を傾げる。子リスみたいな仕草とのギャップで大変コケティッシュである。
「支配人さんなんでぇ? 実際出たじゃん! シャロンが出したじゃん大当たりぃ」
シャンシャンも「確率は限りなく低いけどゼロじゃないわよ」と胸を張る。
支配人の背中が小さく丸まった。
「そ、それは……だな……」
ギャラリーたちの視線が白スーツに刺さる。
私は詰め寄った。黒服たちは覇気に押されたように左右に割れる。ケンカを売る相手を理解できてエラいぞ。
「ありえないわけないよなぁ?」
「う、ううっ」
「出たんだから払えるよなぁ?」
「だ、だから出るわけが……」
「なんでだぁ? まさかビンゴマシンに細工……しちゃってるのかぁ? お上に通報して調べてもらいますぅ?」
「や、やめろッ!」
「はい黒ぉ。自白で黒を出しやがったなこの野郎」
突然シャンシャンがお腹を抱えて笑い出した。
「あは! あははは! 自白で黒って! 黒出ちゃうって! 白スーツなのに!」
元聖女の笑いのツボが浅いのか深いのかさっぱりわからん。
現状を引き起こしておいてお気楽なもんだな。
白スーツは開き直った。
「胴元に利益が出るようになってるんだ! どこのカジノだって多かれ少なかれ……」
「だけどさぁ店長君。絶対出ない空くじはダメでしょ?」
「で、出ないとは言ってない!」
「じゃあ払えよ5000兆」
「ふ、増えすぎだ! そっちこそゴト行為をしたんだろう!? でなきゃあり得ない!」
「はあ? 何言ってんの客疑うのこの店は?」
ちょっと特殊加工したブルーベリーエキス相当品を目にぶち込んだくらいで、不正を疑われるとかたまったもんじゃないんだが。
概ね健康食品みたいなもんだぞ。四捨五入で。
と、ここでサキュルが元聖女に駆け寄った。
「ねえねえシャロン。なんかやった?」
「幸運になるおまじないの魔法は使ったけど」
「それって聖女のやつ?」
「もう聖女じゃないし、いつでも使えるものじゃないの。今日、たまたま心に灯った……えっと……メイヤさんへの感謝の気持ちを祈りに変えたら……」
あ、ばかばかばかばかばか。
白スーツが背筋をピンとさせて襟元をただした。
「聖女……聖女とはどういうことでしょうかお客様方?」
淫魔が「あっ……やっべ」と漏らした。
元であろうと聖女が敵国の魔都で聖なる光の魔法を使うのは、百合の間に挟まる男の次くらいに重罪級のやらかしだ。
ギャラリーたちが騒然となった。
「聖女だ! 聖女が出たぞ!」
「通報しろ!」
「殺せ! 聖女を殺せ!」
「やっぱ人間は薄汚い! 汚すぎる!」
物騒だな。町中に熊でも出たみたいな大騒ぎだ。
私は肺と腹に息を吸い込み、グッと溜めてから吐き出した。
「鎮まれッ! 貴様ら!」
フロアがスッと静かになった。筐体から出る魔導機械のピコピコ音が妙に大きく聞こえる。
メンタル完全復活した支配人がニヤリ。
「しかし困りますねぇお客様。まさか聖女なんて連れて……その幸運の魔法ですか? 我々魔都の民が知らない力でイカサマをされては、他のお客様に不平等です。皆様に平等に楽しんでもらうことこそが、カジノの本懐でございますから」
今や敵意は私……ではなく、シャンシャンに集まっていた。
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