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75.耐火レンガ余ってんですけぉぉぉぉっ!!


【本文】

 耐火レンガがたっぷり出来上がった。ひとまず資材置き場に積んでおく。売りにいくことも考えた。


 なにせドラゴンがブレスで焼成したものだ。ピザパン窯で蓄熱性能試験も十分クリア。耐久性がいかほどかは、年月が経たねばわからんところである。


 てなわけで――


 私は今、地底湖のさらに下。知の源泉ことロリコア書庫にお邪魔している。


 ゆらゆらと安楽椅子を揺らして、少女が陶磁器みたいな指先で膝掛けを撫でた。


「ふむ、我が王にもご満足いただけたか。わたしも臣下として嬉しいよ、君」


 ピザパーティーのことをおもしろおかしく伝えたつもりだが、コアはずっと穏やかな微笑をたたえたままだ。時々頷(うなず)き、相づちを打つ。


 私たちの活動報告に、彼女も概(おおむ)ね満足してくれたみたいだ。


 コアがそっと視線を上げた。


「で、今日はなんだい、君?」

「耐火レンガのなんか良い使い道がないかと思ってな。放っておくとドラミちゃんが、延々作り続けてしまうんだ」

「過剰生産……ふむ、一般に流通させては?」

「販路が無い。虹色の糸玉みたいな希少品でもないんで思いつかんのよ」

「どこかに粗悪な品をぼったくりで売りつけているような、悪徳業者はいないのかい君?」

「急にどうしたロリッ子よ?」

「素晴らしい品質のドラゴンレンガを提供して、悪人たちを成敗するのだよ」


 悪徳レンガ販売なんてピンポイントすぎるんだが。


「私は自由でいたいんだ。正義の味方なんぞ冒険者に任せておけ」

「ふむ。君がそのつもりでも、世界が君を必要とするだろう」

「呪いみたいな言葉を吐くんじゃないって。それより余ったレンガとドラミちゃんの仕事だ。なんかさせておかんと、まずいんだ」

「何がまずいんだい、君?」

「シャンシャンやサッキーみたいに自分も働かないといけないってな。二人と被らないようにもせんといかんし」


 元聖女は材木伐採に薪作り。糸があれば機織りができる。

 サッキーは釣った魚で焼き干し作り。大量在庫の羊毛を、最近こっそり導入した箱形の糸巻きで毛糸にしている。


 コーヒー染めした布や毛糸は、魔帝都のバザーに出したりもしていた。ま、売れたり売れなかったりだ。


 付加価値の付け方で味を占めたものの、一番高く売れるのが実はサッキーの焼き干しだったりする。


 と、ロリコア書庫に説明すると――


「ふむ。消耗品かつ付加価値があり、保存性が高いモノか。耐火レンガは一度購入した者が、もう一度短期間に買いに来るということは考えにくいか」


 レンガなんて、リピーターがついて頻繁に買われるようなもんじゃない。


「なんかないか?」

「丸投げだな。君。だが……今の環境で、付加価値のある消耗品を作ることができるかもしれないよ」


 コアは呪文のような棚番号を呟いた。レールに乗った本棚が動き出し、お目当てのものが彼女の安楽椅子の前に進み出る。


「何段目のどれだ?」

「上から二段目。左から四冊目だよ、君」


 手に取った本のタイトルは「炭の歴史」という簡素なものだった。



 つまり、あまりある耐火レンガで森の中に炭焼き窯を作るというのが、コアの提案だ。


 そもそも、シャンシャンが木こりをする時は、私が送迎する必要があった。


 これをドラミに任せるのである。


 シャンシャンは自分で織った毛織物で厚手のケープを作った。

 ドラミの背に乗って飛ぶと風の影響がかなりのもの。低空であっても、身体が冷える。


 メリノ種の羊毛ケープで耐寒性能をアップ。


 で、木こりをする森の中に、炭焼き窯を作る。クヌギやカシやナラが生えている場所を見つけて、その森を炭焼場とした。


 窯はちゃちゃっと完成。


 パンピザのそれよりも俄然(がぜん)大きく、構造的な違いといえば、開口部あたりで火を燃やし、奥側に炭にする木材を積むという感じだった。奥の部屋はログハウスの一室の半分ほどだ。


 で、窯には煙突もある。こちらも使い方があるらしい。


 シャンシャンが伐採した木材を、炭にする用に均一な大きさにカット。


 普通なら二週間くらい(季節によっては三週間)乾かしてから始める作業なのだが――


 ドラミちゃんの鼻息温風で通常よりも高速乾燥させた。

 ま、急ぎじゃないんだけども、炭焼き作業を早くやってみたいというピンドラからの要望である。


 準備も整い、炭焼き窯の前で人間体のピンドラがぴょんぴょん跳ねた。


「ねぇねぇ! 次は何すんのお兄ちゃん!?」


 ロリコア書庫で得た知識をまとめたメモ帳をチェック。


「まずはだな……煙突に蓋して火床で薪を燃やすんだと」

「ふんふん、そいで?」

「いいかブレス使うなよ。ゆっくりじっくりやれ」

「はい! わかった!」


 ドラミはババッと手を上げた。指先までピンピンだ。

 返事だけは良いといわれそうな、シャキッと感。


 で、あまりに元気よく跳ねるもんだから、スカートがぶわっと浮き上がった。


 相変わらずパンツは穿いていない模様。見せるな見せるな。無邪気さんめ。


 私はメモの視線を落とす。


「で、三日ほど火を絶やさぬように薪を入れ続ける」

「三日っていうと、朝昼夜朝昼夜朝昼夜くらい?」

「そうだそうだ。できるか?」

「らくしょーだよお兄ちゃん! むしろ、なめんといてください」


 むっふーと鼻の穴を広げて、自慢の胸をぷりんと張った。なんだろうか。胸大きい族って謎の自信に溢れてる気がする。


 さて、人間なら火元につきっきりなんて、かなり大変なわけだが、ドラゴン状態のドラミはさすが長命種。さほどストレスにならんらしい。


「で、煙の色を見るように。炭っていうのは木を炭素だけの状態に近づけたものなんだとさ。入り口のところから白い煙が出ている間は、木材の水分が出てるんだと」

「はえぇ~白は水かぁ」

「で、三日くらいで黒い煙になり始めたら、煙突の蓋を取るっぽいな」


 黒い煙の中には炭素が含まれているんだとか。この状態で不完全燃焼を起こさせると、原木から水分と炭素が煙りになって抜けていく。


 が、普通の燃やしてしまうと酸素を吸って灰になるところ、結合する酸素が少ない状態を窯の中に付くって、原木に炭素だけを残す……ってのが、炭作りの概要らしい。


 本来なら原木には二つの炭素のエレメントがある。薪を燃やすと二つとも酸素と結合して灰になるけど、酸素が少ない状態だと一つしか炭素のエレメントが使われない。


 で、煙となって出て行った炭素と水。残る家には炭素が一人。


 孤独だね。夜逃げされたお父ちゃんみたいだ。悲しいね。


 そりゃ炭だって真っ黒にもなります……って、こと。


 詳しいことは説明しても混乱するだけなので、ドラミには煙の色だけ伝えれば十分だ。


 ピンドラ少女は親指をビシッと立てる。


「黒で煙突しゅっぽっぽね。おけーおけーい」

「最後に土で入り口部分を塞ぐらしい」

「はい! できます!」


 塞ぐタイミングによっては、炭化が完全に行われなかったり、燃えすぎて灰になったり色々だという。


 ま、こちとら素人だ。

 失敗から学べばいいさ。


「あとはゆっくり冷まして出来上がりだそうだぞ」

「お兄ちゃんまかして。ウチね、シャロンちゃんと一緒に世界を消し炭にしてやるから!」

「うん、言い方ぁ!」


 山火事だけは起こさないようにと厳重注意。はてさて、どうなることやら。


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------------------------- エピソード76開始 -------------------------

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