春。四月。
新入生たちがワクワクと心躍らせながら高校生活に期待を馳せる。
どんな部活に入りたい、どういうことをしたい、また或いは、どんな出会いがあるのか。
新入生たちのわいわいがやがやとした雰囲気の中、少しだけ空気の変わる場所があった。
「ねえ、あの人先輩だよね? かっこよくない?」
「そうかあ、普通だろ」
「これだから、男子は……めっちゃいいよ」
「雰囲気イケメンだろ」
「中身イケメンって感じ。絶対やさしくしてくれるわあ」
雰囲気イケメン? 中身イケメン? ナニソレ食えるの?
そんなことを思いながら俺は二年生として登校している。
筋トレして背筋が伸びるようになったせいか、周りの声がよく聞こえるようになった。
嫌な声とか聞こえてくるんじゃないかと思ったが案外そうでもなかった。周りに気を配れるしよく見える。ちらほら俺を見てる人がいるけどそこまで悪い感じではないと思う。
とはいえ、俺にとって今日は勝負の日。
少しばかり歩調が速くなる。そして、クラス替えの表を見て、拳を握った俺は教室へと急ぐ。
「ああー、行っちゃった」
「結構細マッチョぽかったね」
「清潔感やばくなかった? めっちゃ爽やか」
「名札見てきた。名前分かったよ」
「いないと思ったらマジ!?」
「超いい匂いした。石鹸の匂い」
「おい」
「まあまあ、で、名前は?」
「えーと、小さい、角、で……」
「どした? 後ろに、何、が……」
「マジ?」
「あの人、超美人じゃない?」
なんか色々聞こえて来たけど、こういう時は主人公ぶって、こう言おう。
「え? なんだって?」
言っておいた。心の中でですケド!
教室に着いた俺はひとまず本でも読んで待つことにした。
すると、ざわざわと人を連れながら誰かが入ってくる。
「あ! あなたが後ろの人! ひゃー本なんて読んで真面目だねえ! よろし、く……」
俺が顔を上げると、そこには天羽がいた。相変わらず、取り巻きを連れているようだ。
「ああ、天羽か。おはよう」
「お、お、おは、よう」
天羽が口をパクパクさせながら、こっちを見ている。なんだコイツ。
「えー! 小角くん! 雰囲気変わってない!?」
「どうしたの!? そんな感じだったっけ」
「まあ、ちょっとがんばってみた。褒めてくれてありがとう」
菩薩さまから与えられしアルカイックなスマイルを向けると、女子たちが顔を真っ赤にしてパクパク、男子たちは真っ青でパクパク。なんだコイツら。
「ね、ねえ!」
天羽が机に両手を置いて乗り出してくる。かがみすぎじゃない?
ちょっと見えそう。何がとは言わないが。
「あんた、本当に変わったね。い、今なら、今のあんたなら私付き合ってあげ……」
「おい、アタシの下僕に手を出してんじゃねーぞ」
相変わらずのハスキーボイス。一度聴いたら忘れられない声と顔がすぐに合致するハスキーボイス。背中にズシリと重みを感じる。おい。
「はあ~、またあんたなの! き、ば……」
天羽は俺の後ろを睨みつけたかと思うと目を見開いてそのまま止まる。
何? ザ・〇-ルド?
他の生徒たちは一瞬止まるが、すぐにざわめき始める。今度は男子も赤い顔をし始める。
「おい。いい加減胸を押し付けるのやめろよ、来馬」
俺がそう言うと、預けられていた体重が軽くなり、俺の隣にふわりと風が。いい匂いがした。
そこには、美しく長い黒髪、すらりとした手足、細く引き締まった身体、そして、背の高いモデルのような女子生徒が、ギザ歯見せて笑ってた。
来馬である。
今日は春休みと同じように、少しだけ化粧をしている。
「セクハラだな、小角」
いや、お前が押し付けてるんですケド!