内心で焦りまくっているボーボウとウルブストーの二人に声をかけた女性。
それは、アンブロサム魔王国の新魔王レナ・ヴラド・アンブロサム……。
「ボーボウ。ウルブストー。お前たち……」
まだ幼さすら残る魔王レナは、隙だらけである。
今のボーボウとウルブストーならば、魔王レナは倒せる。
しかし……。
押し黙っている二人に、レナの側に控えてジッと警戒の目線を向けている侍従長フジカが声をかけた。
「どうした、ウルブストー卿。寡黙なボーボウ卿ならばともかく、いつも饒舌なその方らしくないではないか」
そう言われて、ウルブストーは口を開く。
「いや……」
「その方らの活躍、アンブロサム魔王国としても誇らしくあるとレナ様はおっしゃっておられる」
それだけではない。
実力主義の魔王国にあって、家臣である五大公の二人がこれほどの力を見せたなら、魔王としては黙っていられないのだ。
こうして声をかけてくるのは当然である。
反神の軍師シェイドにより、魔王レナが魔王としての力を見せつけようとしてきたら、それを機会に事故に見せかけて殺せと命じられていた。
そうしてしまえば、アンブロサム魔王国は魔王とその後継者をいっぺんに失って大混乱へと陥る。
それは道理だが、しかし……。
反神の軍師が仕えている。
創造神アリアをも凌駕する力を持つと呼ばれる反神ダッシャール。
ボーボウとウルブストーは、今のタダシ王国の大陸支配を突き崩すだけの力の証を見せられていた。
そうして、言う通りにすれば二人共が魔王国の一つくらい持たせてやろうという甘い言葉もかけられていた。
だからこそ、その加護を受けてタダシ王国を裏切ることを決めた。
だが……。
(おい、ウルブストー!)
(わかっている!)
この土壇場で、二人の心が揺れたのはあの帝竜らの圧倒的なまでの武力であった。
反神にもらった防具で強くなった二人からみても、惚れ惚れするほどの圧倒的な武。
そして、それらを子供をあやすように止めてみせたタダシの超絶的な力であった。
所詮、創造神だの反神だのと言っても、現実的なものではない。
しかし、眼の前で圧倒的な力を見せつけられればわかってしまう。
二人が本当に恐れていたのは、魔王レナが大きなお腹をしていてタダシの子を身ごもっているということだった。
ここで二人が、タダシの子を身ごもった魔王レナを殺せばどうなるか。
眼の前で産まれてくる我が子を妻ごと殺されたタダシは、自分たちをどうするかなど想像するまでもない。
こんな状況に落とし込まれたウルブストーたちは、つまるところが反神の軍師シェイドに捨て駒とされたと確信した。
ウルブストーは、観念してその場で土下座した。
「魔王レナ様、申し訳ございませんでしたぁあああああ!」
急に土下座したウルブストーを見て、周りは唖然とする。
しかし、それよりも焦ったのは取り残されたボーボウだ。
「お前一人だけずるいぞ! 魔王レナ様! 私は、こいつにそそのかされただけございます!」
でかい岩トロールの身体を小さく小さくして、土下座する。
「ボーボウ! 貴様この期に及んで、一人だけ裏切りの罪を逃れようなど!」
「だって、お前がすべて考えたことではないか!」
俺は隣で頷いていただけだと言うボーボウ。
この期に及んでお互いを罵り合い、醜い言い争いを繰り広げる二人。
「フジカ、これは一体どういうこと? 裏切り?」
ただ自国の幹部が活躍したから挨拶しにいっただけのレナちゃんは、わけがわからず侍従長のフジカに尋ねる。
「え、私に聞かれましても……」
事情をまったく把握してないレナちゃんとフジカは、ボーボウとウルブストーが言っていることをなんのこっちゃという顔で見つめるのだった。
※※※
アンブロサム魔王国の陣営が混乱しているところに、だいたいの事情を察して監視をしていた猫耳賢者シンクーがやってきてことを収めた。
「つまり、ボーボウとウルブストーの二人は反神の軍師を名乗るシェイドとやらにそそのかされてたんニャ。その、魔王クラスの力も与えられた怪しげな防具によるものということニャー」
ボーボウと、ウルブストーが説明するまでもなく、事情を察して周りに説明してくれるシンクー。
二人は、「うんうん」と頷くのみ。
しゃべれば、余計なボロが出るからなるべくしゃべりたくないという事情もある。
それで二人して黙っていたようなものなのだ。
「そして、おそらく命じられていたのは魔王レナの暗殺ニャ。それか、事故に見せかけて殺せとかなんとか言われてたんじゃないかニャー」
そこまで見抜かれていたのかと二人は青い顔をして、仕方なく「そのとおりです」と、頷いた。
慌ててタダシが飛び出していって、レナちゃんをかばって後ろに下がらせる。
そのお腹には、タダシの子供がいるのだ。
「そんな恐ろしい企みがあったのか」
タダシだって、レナちゃんが魔王として力不足であると部下に見られているという報告は受けていた。
それでも、タダシと結婚したレナちゃんはアヴェアスター十二神の加護を一心に受けているタダシの子供を産むのだ。
子供を産んだ後に、怖そうに見えて意外にツンデレでタダシには協力してくれる魔族の神ディアベルをアンブロサム魔王国で呼び出してお披露目を大々的にやる予定だったのだ。
レナちゃんには魔族の神の加護があるのだと見せつけることで、その支配を盤石のものにしようとタダシがシンクーと相談していた矢先のことだった。
「反神の軍師とやらに先を越されたニャ。それで、タダシ陛下はこの二人の処分をどうするつもりだニャー」
そう言われて、タダシは考えて言う。
「裏切ったことを反省して、謝ってきたわけだろう。それを咎めるのもなあ……。まだ誰かが傷ついたわけではないから、敵の情報を聞き出しておけばいいんじゃないかな」
「あいかわらず、タダシ陛下は寛大だニャー」
未遂とはいえ、敵との内通。
本来なら、それ相応の処分をくださなければならないところだ。
甘いと言ってしまってもいい。
しかし、ここにはそのタダシの優しさに救われて仲間になった人間が多数いる。
こうやって、常に敵を許すことでタダシが勢力を拡大してきたこともまた事実なのだ。
しかし、シンクーは今回ばかりは腑に落ちないものを感じる。
ボーボウと、ウルブストーの二人は、安堵の表情を浮かべてタダシのところに走っていってペコペコ頭を下げている。
「いやぁ、タダシ陛下は寛大なる王でございます!」
「お許しいただき、ありがとうございます!」
あの性格が悪そうな反神の軍師とやらが、こんなに詰めが甘いわけがない。
嫌な予感がしたシンクーが、「油断しちゃダメニャ!」と声をかけたその時だった。
ピッピッピッ!
なにやら、不穏な音が聞こえる。
タダシは驚いて言う。
「なんだこれは?」
ピッピッピッ!
その音は、ボーボウとウルブストーから発しているようだった。
「俺達も、なんのことやら」
「おいウルブストー。お前の反守の鎧、なんか光ってるぞ?」
「ボーボウ、お前の……」
ウルブストーが、お前の反遅の籠手も光っていると言おうとしたその時だった。
ピーッ!
激しい警戒音とともに、光がブワッと爆発的に広がって一瞬で周りを覆い尽くそうとする。
「これはっ! 世界樹頼む!」
タダシは、瞬時に反応すると、その光に向かって世界樹の種をばらまいた。
それと同時に、二人の身につけていた防具がバシュッ! バシュッ! と、不吉な音を立てて爆縮した。
辺り一面を覆った、激しい光が消え去ったあと。
その場に残されたのは小さな地面のクレーターと、身体を大きくえぐられたボーボウとウルブストーだった遺体だけだった。
哀れなもので、悲鳴すらあげるまもなく絶命している。
身体のほとんどの部分が消失して、もはや肉片がいくつか散らばっているだけだ。
「間に合わなかったか……」
タダシは、落胆したように二人のいた場所に手をつく。
猫耳賢者シンクーは言う。
「タダシ陛下! さっきのは……」
「爆弾か、何かだろう。おそらく、海竜海賊団がいたハーヴ島で起きた爆発と同じものだと感じた」
タダシは、前世の経験からさっきの警戒音は、爆弾が爆発する時の音だろうと察した。
こういうケースだと、自爆させられるみたいなのはよくあるお約束だとタダシは知っている。
そして、敵が反神の軍師シェイドならば、ハーヴ島の時の爆縮と同じものだろうと本能的に察知して、とっさに世界樹の種の創造力によって爆縮を相殺したのだ。
あいかわず、タダシの神力はとんでもないパワーと対応力だと、シンクーは内心で舌を巻く。
賢者顔負けの活躍だと苦笑してしまうが、自分は自分の仕事をしなければならない。
「タダシ陛下。反神の軍師シェイドの狙いは、最初から魔王レナではなくタダシ陛下ニャ。裏切り者がまた裏切るなんて相手は想定の内で、タダシ陛下が敵に甘くて、二人を許すだろうと思ってあらかじめ防具に爆弾を仕掛けておいたニャ……」
そう自分の思考を語りながら、いや違う! と感じた。
それでは、まだ思考が浅いのだ。
敵はもっと深く考えている。
シンクーは、そう思ってもっと思考を働かせる。
事が終わったとホッとした瞬間こそ、何か見落としがあるものだ。
そう考えながら、ゆっくりと周りを見回した瞬間。
異変に気がつく。
「そこの樽! グリゴリ! そっちに一斉射撃ニャー!」
もしかしたら、レナちゃんが狙われるかもしれないと、要人警護のために銃を装備させて待機させていたオーガ地竜騎兵団に一斉射撃を命じる。
優秀なオーガ貴族、グリゴリ・エスコバルはシンクーの意図を察して団員に命じた。
「銃構え! 目標はあの樽だ! 一斉射撃!」
シンクーが指差す先。
何気なく置いてある物資の樽の一つ。
パンパンパンパン!
多数の銃によって、滅多打ちにされた。
あっけなく、四方から撃ち抜かれて樽に大穴が開いて、ガラガラと崩れていった。
そして、その中からブワッと風がまう。
木片を撒き散らしながら、無貌の仮面を付けた黒いローブの男が現れた。
「おいおい、ご挨拶だな。タダシの賢者、なぜ俺がここにいるとわかった」
シンクーは、知恵の神ミヤ様の加護により、完全記憶能力を持っているのだ。
不審な物資が一つ増えていても、見逃すことはない。
もちろん、敵にそんな余計な情報は与えず、シンクーはビシッと指さして叫ぶ。
「反神の軍師シェイド! お前の狙いは、ボーボウとウルブストーを捨て駒にして、タダシ陛下の神力を見極めることニャー!」
「驚いたぞ。一瞬で、そこまで見定めたか。タダシの賢者よ」
反神の軍師シェイドも、そこまで見抜かれているとは思っていなかった。
「人を騙して、自爆攻撃まで無理やりさせる! いかにも、陰険なやつの考えそうなことニャー!」
そうなじられて、無謀の仮面の下でシェイドが酷薄そうに笑った。
シンクーも、こいつ笑ったなと感じた瞬間。
殺気まで殺して、音もなく接近した紅竜帝キトラと、たまたま近くにいたマチルダが聖剣
「どりゃあああ!」
口より先に手が出る脳筋の二人である。
しかし、銃撃よりも早い二人の攻撃すらも空振ってしまった。
攻撃が届くよりも早く、反神の軍師シェイドの姿がすっと消えていたのだ。
「逃がしたニャー!」
樽の破片を除けると穴があった。
どうやら、地下に穴を掘ってあったらしくそこに落ちていったらしい。
どこまで続いているのやらわからないほどの深い穴。
一体いつの間に、誰にも気づかれずにこんなものを掘ったのか。
そこも、調べなければならないだろう。
もう少し話させて情報を引き出したかったところだが……。
不意打ちで反神の軍師シェイドを倒せていればそれがベストだったので、襲いかかった判断が間違いとも言えない。
悔しがっているマチルダをよそに、バリバリの戦闘モードに入って赤い瞳が血走っている紅帝竜キトラがどすの利いた声で聞く。
「追うか?」
「いや、一人で深追いはやめておいて欲しいニャー」
銃撃でも無傷。
マチルダの聖剣はともかく、紅帝竜キトラの
その上で、奸智が働くとなると厄介だ。
この穴の中に、また罠が仕掛けられている可能性も十分にあった。
まだ、敵の情報が不足している。
「シンクー」
タダシが心配そうに声をかける。
「大丈夫ニャ。今回のことで、アンブロサム魔王国の弱点が補強できると前向きに考えるニャー」
こういう時に、拙速はダメだ。
敵がこちらの弱点を探って攻めてくるならば、守る側の利点を考えるべきだろう。
「俺にできることはあるか」
タダシはいつも作戦はシンクーに任せて、自分ができることを聞いてくれる。
これだけ強大な神力と対応力を持ちながら、ちゃんと賢者であるシンクーの職分を守ってくれるのだ。
王佐の才を持つ賢者として、これほど仕え甲斐のある王もいないだろう。
シンクーは小さく微笑むと言った。
「じゃあ、後でたっぷりとお願いするニャ」
自分は自分で、できることをやればいい。
反神とやらの全貌もまだまったく見えてはいないが、自分とタダシ王国を狙ったことを後悔させてやろう。
猫耳賢者シンクーは、そう静かに決意を固めるのだった。