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第171話「なくなった故郷、再建される国」

 反神の軍師シェイドが掘っていた穴。

 注意深く探索していたが、かなり深い穴で予想されていたような罠もなく、地下水脈を通って川へとつながっていた。


 こちらに手がかりはなし。

 しかし、亡くなったコボルト族の族長ウルブストーは、魔王国の財政面を支えるほど知性が高く用心深い性格だった。


 反神の軍師シェイドにも黙って、敵の情報を手記に書き残して次期族長の弟ウルブック・ド・コボルトに託していたのだ。

 そして、裏切りが失敗しても類が及ばぬように、そのことを一族にも伏せていた。


 レナちゃんの統治を助けるためにも、タダシたちは連れ立ってアンブロサム魔王国へと赴いた。

 コボルト族が住むウルブス鉱山までおもむくと、亡くなった兄の代わりに族長代理を務めているウルブックは平謝りした。


「タダシ陛下。兄がだいそれたことをしでかしてしまい、申し訳ありません」


 タダシは、ウルブックの優しく肩を叩いて言う。

 ウルブックは、眼が悪いのか牛乳瓶の瓶底のようなメガネをかけている。


 おおよそ、コボルトらしくない文弱タイプだった。

 兄のことを気に病んでいるらしく、小さく震えているのを見ると慰めてやらなきゃという気持ちにさせられる。


「こちらこそ。君の兄を助けてやれなくてすまない……」

「とんでもないことです。兄は許されないことをしたのですから、死は覚悟しておりました」


 ウルブックは小さく肩を震わせると、さらに深く頭を下げた。

 そして、仲間に命じて大量の貴金属がつんである荷車を運び込んでくる。


 冗談抜きで、山のような金銀財宝である。

 金の山で一トン。銀に至っては、二トンはありそうだ。


「これは、とんでもない量だな」


 これだけの量の金銀が市場に流出すれば、相場がぶっ壊れてしまいそうだ。

 おおよそ、個人が持って良い代物ではない。


「これを見せられてからというもの、兄はシェイドとやらの言う事を何でも聞くようになってしまいました」


 金はともかく、銀はコボルト族にとって生気を与える特別な金属である。

 これほどの金銀を積まれたら、買収されるのはおかしくないそうだ。


「そうかあ。まあ少し気持ちはわかるかもなあ」


 金銀の輝きは、人の心を惑わせるなにかがある。

 あまり欲がないタダシだって、つい手を伸ばしてしまいそうな輝きである。


 昔の俺だったら、これだけの金があれば何だって夢が叶うと思ったかもしれない。

 そう思えば、タダシも裏切ったウルブストーのことを責められない。


「ほかにも、大理石などの高価な石材。銅や鉄なども、運びきれないほどあります。しかし、私はあのシェイドという男が恐ろしかった」


 野心家の兄に比べてかなり臆病そうなウルブックは、ブルブルと肩を震わせて言う。


「何がそんなに怖かったんだ?」


 反神の軍師シェイドを、タダシも一瞬だけ目にしたが、確かに白い仮面を付けた不気味な男だなとは思うけど。

 震えるほどの恐ろしさは感じなかった。


「タダシ陛下。我らが住むこの地は、アンブロサム魔王国でも最大の鉱山があった場所なんです」


 地図でみると、ちょうどタダシ王国の鉱山村のある反対側の土地である。

 ここは山がちな地形が続いているはずなのだが、今はツルンとした平地が続いているだけだ。


 たしかに気になっていた。ここはアンブロサム魔王国最大の鉱山のはずなのに。

 地図が間違っているのか。


 それとも、地形が全く変わっているのか。


「うーん、これはどういうことだ」


 ウルブックは、震えた声で言う。


「あのシェイドという男は、この金銀や銅などの有用な金属と石材を残して、アンブロサム魔王国最大の山を消したんです。我らの生まれ育った故郷の山が、こんなものを得るためにすべて消えてしまった」


 なんで兄さんはあんな恐ろしい男についていったのかわからないと、ウルブックは酷く落胆した様子で語った。

 故郷の山を犠牲にして手に入れた金銀財宝など、自分はいらない。


 兄のウルブストーが国を裏切った罪を贖うために、全部タダシ王国とアンブロサム魔王国の国庫に納めると申し出た。


「そうか……」


 タダシはようやく、ウルブックが恐れていることがわかった。

 この金銀財宝は、反神の軍師シェイドが無から産み出したものではなかったのだ。


 彼はただ、必要な物を取り除いて、それ以外の物をすべて消しただけなのだ。

 猫耳賢者シンクーは言う。


「これで、あの突如開いた穴の正体もわかったニャー」


 同じ力を使って、地面に穴を開けたのだろう。

 あの奇妙な爆縮の力も、それと同種の消滅魔法のようなものであろうと予想される。


 相手の力はわかったが、島や山を消して見せる敵を相手にどう戦ったらいいのかはわからない。

 タダシは、呆れたように言う。


「酷い環境破壊であることは確かだな。この非道は、許しておけない」


 反神とはよく言ったものだ。

 創造神であるアリア様が、世界を創り出す能力を持っているのなら、敵は逆に悪魔のような消滅の力を持っているということだろう。


 シンクーは言う。


「この反神の力が無限なら、敵はこんな回りくどいことはしてこないはずニャー」

「消滅の力を、爆弾のような形で使っていたな」


「おそらく、何らかの限界や制限はあるはずニャー。敵が反神といえど神を名乗る存在なら、神力というものがこの世界に及ぼしてきたありようによって、その権能はある程度予測できるニャ」

「うーん。常に、誰かをそそのかして力を使ってきてるよな」


「そうニャね。あのシェイドとやらは、陰湿でこっちに読まれない手を打ってるつもりニャけど、無意識に出てしまうパターンというものはあるニャー」


 次こそは、猫耳賢者の名にかけて、こちらが後の先ごのせんを取ってみせるとシンクーは豪語する。


「そうか、それは頼もしい。対策を考えるのは得意なシンクーに任せる、俺は俺で自分にできることをやるとしよう」


 敵が反神の軍師ならば、タダシだって神々の加護を受けた農家なのだ。

 この大地を守るための戦いだ。


 ならば、大地から農作物を生み出す農家こそが戦うべきだろう。

 タダシの青く輝く魔鋼鉄のくわを持つ手に、思わず力がこもった。


 その瞬間。


「おおお、なんという奇跡だ!」


 タダシにひれ伏していたコボルト族から感嘆の声があがった。

 鉱山がなくなったあと、不毛の平原となっていた乾いた大地に、タダシがグッと力を込めただけで地下から水が湧き出し、草木が生い茂っていく。


 ウルブックは、一族を代表してお礼を言う。


「これならば、鉱山がなくなっても土地の恵みで生きていけます。タダシ陛下、一族を代表してお礼を申し上げます」

「あ、ああ……」


 そんなつもりはなかったんだけどなと、タダシは頭をかく。

 気持ちが溢れすぎて神力が漏れ出してしまうとは、注意しなければならないなと苦笑する。


 こんな調子でタダシは、亡くなったボーボウが治めていた岩トロール族の土地にもいって、民を鎮撫した。

 そして、コボルト族や岩トロール族も含めて、再建されつつある魔都アンブロサム・シティーに集めるのだった。


 久しぶりに登場。

 黒い修道服のサキュバスシスター。バンクシア・エリキフォリア。


「タダシ様、この度は魔教会の再建にご協力いただきありがとうございます!」

「大理石がたくさん手に入ったから、ちょうどいいと思ってね」


 皮肉なことに、敵の置き土産によって神力の強化が行えることとなった。


「まさに、ディアベル様のお導きですね!」


 そう言って歓喜するバンクシアと魔教会のサキュバスシスターたち。

 魔公ヴィランの起こしたクーデターによって、大神殿を破壊されて故郷を追われた彼女らにとっては、まさに捲土重来である。


「ここは、魔族の神ディアベル様にとって大事な教会だったらしいからよかったよ」


 ここは、魔界に存在する二つの大神殿のうちの一つである。

 魔教会が再建できれば、魔族の神ディアベル様の神力はさらに強化されることとなる。


「本当に、ありがとうございます。これは、お礼をしなければなりませんね」


 感激のあまり、と見せかけてわざと大きな胸を押し付けて抱きついてきた。


「バンクシア。いまはな……」


 タダシの子を産んで、バンクシアの胸はさらに大きくなったように思う。

 しかし、仕事中にこれは困る。


 侍従長のフジカも、やってきてバンクシアに対抗するようにタダシの顔に少し大きくなった胸を押し付けてお礼を言う。


「魔王城の再建も考えてくださり、ありがとうございます。これほど上質で魔力のこもった赤玉石があれば、黒く汚されてしまった城も再建できるでしょう」


「ああ、そうだな……」

「色々と変わってはしまいましたが、魔王城に在りし日の真紅の姿を取り戻すことができれば、皆の心の支えとなりましょう」


 それはわかるのだが、なんでバンクシアもフジカもタダシに胸を押し付けてくるのだ。

 猫耳賢者シンクーが笑っていった。


「みんなご無沙汰だからニャー。そりゃ、タダシ陛下が滞在している間に、抱いてもらおうとするニャーよ」

「いやいや、まだ真っ昼間だからね。仕事中だし」


「もちろん邪魔はしないニャ。しかし、妻を満足させるのもタダシ陛下の立派な仕事ニャー」


 そう言ってシンクーは笑うが、別にまったくの冗談で言っているわけではない。

 先の暗黒神ヤルダバオトとの戦いのおりに、この世界の人々とタダシの結びつきが神力を高めた前例がある。


 新たなる脅威に対抗するためにも、夜の生産王として活躍することだって、立派な仕事なのだ。

 それを知っていて、皆もタダシを誘っているところもある。


 でも、まだ日が高いからと、タダシは冷や汗をかきながら建設の手伝いに戻る。

 労働力は、冥神アヌビス様の神官フネフィルの作り出したミイラ兵を仕えばなんとでもなるものの。


 これだけの大工事ができるのは、費用となる金銀財宝がたくさんあり、建材が有り余るほどあるからできることだ。


「あのコボルト族の弟くんは、優秀な人材なのかもな」


 それら全て適切な形でまとめて供出してくれた、ウルブックにはそれなりの処遇をしようと思う。

 自然の丘の上に立つ、美しい大神殿の再建。


 そして、街を見下ろす山の上にそびえ立つ真紅の魔王城を再び蘇らせることができれば、アンブロサム魔王国も再び正常を取り戻すか……。


「いや、違うな」


 再建されつつある大神殿の周りで、忙しく働いてる魔王国の人々を見て、タダシはつぶやく。

 この国の魔族は、人族や獣人が多いタダシ王国の建設チームとも協調して、仲良く働いてくれている。


 みんなで一つの目標に向かって汗をかいていることがもう、この国の再建の始まりになっているのだ。

 こうして、人々の思いが一つの形となり、瞬く間に建造し直されたアンブロサムの大神殿と魔王城。


 あくまで魔族の神ディアベル様が中心だが、魔族と人族、あらゆる種族との永遠の調和を示すため。

 大神殿には、他のアヴェスター十二神の神々も、その神像とともに奉られることとなった。


 こうして、魔王城と大神殿は見事な復興を遂げたのだが……。

 せっかくだからと、いつもの悪ノリをしたタダシが連れてきた建築チームが、魔王城の山に湧いている温泉を利用した岩風呂まで作る始末だ。


 タダシ王国は、古代ローマ帝国ばりにどこでも温泉施設を作る国になっている。

 作られたこの国独特の風情がある大きな岩風呂を見て、タダシは喜ぶ。


「面白いものだな。この風情は、地獄風呂といったところか」


 魔王城のある山は活火山であり、丘の上の岩風呂から流れる赤々とした灼熱のマグマが岩風呂から直接見えるのだ。

 まさに危険と隣り合わせの自然の脅威といえるが、だからこそ神秘的で素晴らしい。


 このマグマの熱によって湧き立つ温泉には、熱いパワーを感じさせる。

 なんとも風情のある、魔王国らしい名物温泉が誕生した。


 この後、このマグマ温泉は長く残り、偉大なるタダシ王の足跡を語る伝説として愛されることになる。


「よしじゃあ、全てそろったし、神様を呼び出すか。って、えー! ちょっと早いですよ」


 大神殿の落成式を兼ねて、ごちそうを用意して神々を呼び出す予定にしていたのだが。

 もう、ぞろぞろと大神殿から神々が出てきている。


 もはや、降臨の儀とか関係なしだ。

 農業の神クロノス様が、笑って言う。


「ハハハッ、こいつはまた大層な神殿をこしらえたのう。待ちきれなくて、でてきてしまったわ」

「まだ神様に備える、料理ができてないんですが!」


「ん? 食い物や酒なら、そこにあるではないか」


 いやいや、クロノス様。

 あれは、作業してくれた人への炊き出しとふるまい酒なんですよ。


 料理といっても大したものではない。

 酒だって度数が強いから酔えることだけが特徴の、そこらに自生してる魔界芋から作った蒸留酒だ。


 いわゆる芋焼酎である。

 食用にもあまり向かない魔界芋の風味があってクセが強い。


 おおよそ上品とは言い難い匂いと口当たりで、神様に奉じるようなお酒ではない。


「なあにタダシよ。たまには、こういう酒も野趣あふれる感じで良いぞ」


 あー、鍛冶の神バルカン様が、やりはじめちゃっている。

 芋焼酎を飲んでいた作業員の魔族たちは、みんな驚きすぎて言葉も失っている。


「神様たちがいいなら、それでいいんですけどね」


 たくさん並んだ大鍋には、野菜や肉をとにかく大量にぶち込んだスープが盛られていて。

 巨大な鉄板では、香ばしい香りのする超デカ盛りのエビチャーハンが作られている。


 香辛料をたっぷりと効かせた、毎日食べても飽きない類のチャーハンである。

 鍋一つ、鉄板一つで百人は食べられる量だ。


 この現場には、食事がいらないミイラ兵を除いても、作業員が数千人いる。

 こういう感じでいっぺんに食事を振る舞うしかなかったのだ。


 創造神アリア様が、普通に並んでスープを食している。


「これは、食べたことがない美味しさですね。このスープに入っている、袋のようなものは。んんっ!」

「お口に合うでしょうか」


「これは、美味しいです。中に肉が入っているのですね。こちらは、もちもちしている?」

「入っているのは、お餅とかお肉ですね。巾着きんちゃくというんですよ、本来はおでんにいれるんだけどスープにしても美味しいかなと」


 餅を使った料理は、最近のタダシのマイブームなのだ。

 油揚げにお餅を入れた巾着袋を、たくさんスープに入れてある。


 ネギとともに生姜で味付けした鳥つみれや牛肉をいれた巾着もある。

 いろんな具材の味が楽しめて、食べてみるまでわからない驚きがあるのが巾着の面白さだ。


 神様達が料理を食べ始めているのを見て、タダシは予定が変わっちゃったがしょうがないかと苦笑して言う。

 今回は、庶民の味を楽しんでもらうという趣向にしよう。


「こういうのは、大量に作れば作るほど美味しいですからね」


 あっ、と声をだして創造神アリア様は言う。


「タダシ。この度も、迷惑をかけて申し訳ない。あの反神の軍師とやらが、暴れているのも全ては私のせいなのです」


 創造神アリア様は、滔々と語りだした。

 タダシは、語るか食べるかどっちかにしたほうがいいと思うんだけど、という言葉を飲み込む。


 なんでも、あの反神というのは本来は滅ぶべき定めであったアヴェスター世界を、創造神アリア様が他所の世界から神や人をどんどん呼び込むという禁忌タブーを破ったために生じた存在のようだ。


「そうなるってわからなかったのなら、アリア様のせいじゃないですよ」

「しかし……」


 慰めようとするタダシに、農業の神クロノス様たちも言う。


「ワシらも元の世界でお役御免になった神じゃ。いかに強引なやり方とはいえ、まだやれることはあるのだと、この世界に導いてもらえて嬉しかった」


 神々の禁忌タブーに触れるとはいえ、滅びゆく民を見捨てなかった創造神アリア様は正しいと神々は言った。

 どうせ滅びて消えるなら新天地にかけてみようと、みんな覚悟の上でこの新しい世界にやってきたのだ。


 タダシは言う。


「俺も思いは同じです。ここはもう、俺達の家族がいる世界なんですから、俺達みんなで守りますよ」

「ありがとう……」


 創造神アリアは涙をこぼすと、巾着が入ったスープをしみじみとした顔で啜った。

 食べるか泣くか、どっちかにしたほうがいいんじゃないかな。


 そんなこんなで今後の対策を話すうちに、神々が降臨されたと聞いて、続々と集まってきてひれ伏すアンブロサム魔王国の人々。

 遠慮なく食べて良いという神々の意向なので、みんな振る舞われた巾着スープやチャーハンを食べて、酒も飲み始めた。


 宴会ももりあがってきたところで。

 本日の主役である大神殿の中心に奉られている魔族の神ディアベル様に、一仕事してもらわなければならない。


「あ、こんなところにいた。ディアベル様、ちょっといいですか」

「おお、タダシよ。この美味い汁とこの柔らかい具はなんなのだ。得も言われぬ食感、まろやかな味わいではないか!」


「それは、おしるこですよ」


 その中に入ってるのは、もち米で作ったお餅である。

 帝国を支配下に収めるようになってから、良いあんこともち米が手に入るようになった。


 それで、タダシは毎回のように、懐かしい故郷の味のおしるこをデザートとして楽しんでいる。


「おしるこか……」


 しみじみと味わっている魔族の神ディアベル様。

 前から思ってたけど、この人甘党だよな。


「あとで好きなだけ奉じますので、魔王であるレナちゃんにディアベル様より直々に加護を授けてくれませんか」


 快諾されたので民衆を見下ろせる大神殿で、魔族の神ディアベル様よりレナちゃんに加護が授けられた。

 ディアベル様は、黒い稲妻を周りにピカピカ光らせながら高らかに宣言する。


「魔王レナ! この世界を救いしタダシの配偶者であるこの者こそが、我が加護を与えるこの国の王であると知れ!」


 良かった。

 おしるこのお供えがきいたせいか、大サービスで民衆にアピールしてくれている。


 これでもう、配下の魔族の離反などは起きないだろう。

 微笑ましく見ていた侍従長のフジカが言う。


「そういえば、タダシ様。産まれてくる子供の名前はどうされます」

「あー、そうだな。それはおいおい……」


 名前のことを言われて、ちょっと焦るタダシ。

 子供がめちゃくちゃたくさんいるタダシは、子供も名前を付けるときにかなり苦労しているのだ。


 できる限り良い意味の名をつけてあげたいけど、かぶる名前があってはいけないので、そこも気を配らねばならない。

 暇なときに,人名辞典を見るのを日課にしているほどだ。


 おかげでこの世界の古い言葉や伝承に結構詳しくなってきた。

 タダシの煮えきらぬ様子を見て、助け舟を出してくれるつもりなのか魔族の神ディアベル様は言う。


「ちょうどよい。私が名前を付けてやろうではないか」


 それを聞いて、なるほどとタダシは思った。

 加護だけではなく、ディアベル様にこの国の次期国王となるレナちゃんの子供の名付け親になってもらえれば、アンブロサム魔王国はさらに盤石となる。


 さすが、実質的に宰相役としてこの国をまとめているフジカである。

 フジカは、わざと大きな声で言う。


「なんと光栄な、ディアベル様にレナ様の子の名前を付けていただけるのですか!」


 民衆はワッと湧くが、なんと当人のレナちゃんが首を横に振って言う。


「実は、もう名前は決めているのです……」


 シーンと静まり返る。

 魔族の神ディアベル様の意向を跳ね除けても、名付けたい名前とはなんだろう。


 ディアベル様は、レナちゃんに面白そうに尋ねる。


「ほう、それは私が授けるよりも良き名なのか」


 レナちゃんは、きっぱりと頷いて言った。


「子供の名前は、ドラキュラにしたいと思います」


 ディアベル様が、意外そうに声をあげる。


「ドラキュラ? 神である私が、これまで生きてきてそのような響きの言葉は聞いたことがない。それは、どういう意味なのだ?」

「タダシ様の故郷の物語で、最強不滅の吸血鬼だそうです。タダシさまの故郷を、恐怖のどん底につきおとした伝説があるとか……」


 あー、あの話かあとタダシは思う。

 レナちゃんは本が好きなので、ドラキュラ伯爵の伝説を絵本にしてプレゼントしたことがあるのだ。


 まさか、それを自分たちの子供の名前にしようとしてるとは思いもよらなかった。

 吸血鬼の子供だからドラキュラって、めっちゃベタだな!


 タダシは、吸血鬼の侍従とも子をたくさんなしているのだが、吸血鬼だからドラキュラなんて考えもしなかった。

 しかし、地球最強の吸血鬼の話は、なんか知らないが魔族の神ディアベル様には大ウケだった。


「おおっ、それは素晴らしいではないか! なんとも愉快である! まさに魔族中の魔族となるであろうその子ドラキュラに、我が神力の全てを持って加護をかけてやろう」


 タダシとしては、めっちゃベタな名前だなあと思うんだけど。

 それなら、産まれてくるのが男の子ならドラキュラにしようと約束することになった。


 こうして魔王レナちゃんはお腹の子供とともに、神々のもとで認められた魔王となったのだ。

 タダシは、うーんと唸る。


 よくよく考えると、吸血鬼ドラキュラも伝統的で悪くない気もしてきた。

 神様達がこういう空気になって止めないということは、きっとお腹の子供は男の子なのだろう。


 アイルランドの怪奇作家ブラム・ストーカーが十九世紀末に書いた、地球の物語の吸血鬼ドラキュラは倒されてしまったけど。

 このアヴェスター世界では、長く語り継がれる立派な魔王になるといいなとタダシは思うのだった。

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