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第172話「魔都のパラダイス」☆

 新しく再建された魔王城、真紅の旗に彩られた玉座で、魔王レナちゃんより最初の朝議が行われる。


「新たな五大公の地位に、ボーボウ・ド・トロールのおい。バーバル・ド・トロールを任じる」

「ははー」


 醜悪なる毛むくじゃらの巨人。

 バーバルは、巨大な身体を縮こまらせて魔王レナちゃんに頭を下げる。


 岩トロール族は、他種族にはほとんど見分けがつかない。

 ボーボウは、バーバルの甥御でありまだ年若い戦士なのだが、ほとんど変わらないように見える。


「次に、新たな五大公の地位に、ウルブストー・ド・コボルトの弟。ウルブック・ド・コボルトを任ずる」

「は、はい……」


 灰色の狼人。

 牛乳瓶の瓶底のような度の高い眼鏡をかけた小柄なコボルトが、少し不安そうに頭を下げる。


「ウルブック……」


 レナちゃんに続けて声をかけられてウルブックは、「何でしょう?」と、臆病そうに甲高い震えた声を上げた。


「我がアンブロサム魔王国、ならびにタダシ王国の財務大臣をあわせて任じる」

「なんですって! あっ、失礼しました……どうしてそうなったんですか! 確かに兄は魔王国の財務も預かっておりました。しかし、大国であるタダシ王国までですと!」


 オブザーバーとして、後ろで見ていたタダシが説明する。


「現状で、タダシ王国とアンブロサム魔王国はほとんど経済的に一体なのはわかるね」

「はい、それは……」


「ウチも人材がいないんだよ。今回の工事への適切な資材提供を見て、ウルブックくんは任せるに足る人材だと思った」


 ウルブックは、震えた声で言う。


「失礼を覚悟で言うのですが、自分にできる自信がありません!」


 ウルブックは、活動的な兄に甘えて、自分は鉱山に引きこもって内務ばかりやっていたのだと素直に説明する。

 いきなり、二カ国に渡る財務大臣などできるはずがない。


「うーん。自信は、君を採用しようとした俺の眼を信じて、仕事しながらつけてもらうしかないなあ」

「そんな、ご無体なぁ!」


 ウルブックのあげる声は、ほとんど悲鳴である。

 タダシの横で黙って見ていた猫耳賢者シンクーが言う。


「ウルブック卿。金銀を手放したのはわかるけど、なんでタダシ王国とアンブロサム魔王国の双方に、人口の大きさに分けて供出したニャー」

「それは、これだけの金銀があれば当然、金貨銀貨による貨幣の流通をすると思ったからです。それは、商人賢者であるシンクー殿なら当然そうされるはず」


 突然饒舌になったウルブックは、将来的には帝国のように政府紙幣の発行をするにしても、段階的には金貨、銀貨によって回すほうがいいと話し始める。

 魔界ではまだ物々交換が主体であり、農業生産が豊かなタダシ王国にしてもこのままだと農本主義で止まってしまう可能性もある。


 そのために、まずは貨幣制度に民をなじませることは絶対必須になる。

 そう、弱々しいコボルトに見えても、ウルブックの祖先も二十四人の魔王の一人なのだ。


 つまり、異世界からの知識を持つ転生者が祖なのである。

 ウルブス鉱山の自分の部屋にいつも引きこもっていたウルブックは、先祖の文献を読み漁り、銀に固執するというコボルトの特性を超えて、いつしか経済に深く精通していた。


 魔界のみならず人間の国の貨幣制度の状況も調べており、新しい貨幣制度の導入へのビジョンを持っていたのだ。

 タダシは、ウルブストーが書き残した手記を紐解きながら言う。


「君のお兄さんは、君のことを財務の天才だと書き残していたよ。弟に一国の財政を担わせるために、自分は魔王になりたいという野心を持っていたらしい」

「そんなことを……バカな兄さんだ」


 ウルブストーが裏切ってしまったのも、自分が関係していたのかとウルブックは悔しそうんい赤いカーペットに拳を叩きつける。


「助けられなかった俺が言うのもなんだが、君のお兄さんの意志を継いであげたらどうだろう」


 鎮痛の面持ちで、突っ伏していたウルブックに。

 隣で黙ってしゃがんでいた、岩トロール族の次期族長バーバルも言う。


「ウルブック。これも、身内の罪滅ぼしだ……」


 ウルブックは、ハッと気がついたように立ち上がる。

 そうだった。


 たくさんの部下を率いて、利害関係を調整するような大きな仕事する自信がないなど、言ってられる状況ではないのだ。


「レナ陛下! タダシ陛下! 不才の身ではありますが……引き立てていただいたご恩に報いるため、できる限りのご奉公をいたします」


 魔王であるレナちゃんも、国王であるタダシもその言葉にホッとして胸をなでおろした。

 長らくの戦乱で、人材が不足しているのだ。


 特になにがなくても生き残れる戦闘力が重視されている魔界では、文官が軽視されていて本当に足りない。

 アンブロサム魔王国で、長らく財務をやっていたウルブストーのいなくなった穴は大きかった。


 前王であるレナちゃんの父、魔王ノスフェラートの支配は放任に近かった。

 それを、レナちゃんの代では民の暮らしに関与して、生活の向上を目指そうとしている。


 そのための人材を新しく教育して増やすと言っても、状況は待ってくれない。

 実務をこなせる閣僚が、一人でも多く必要なのだ。


 このウルブックというコボルトはちょっと自信がないだけで、自分の理想を持っている人だとタダシは感じていた。


「心配しなくても、できないところは、サポートできる人材を付けるからね」

「は、はい……。お恥ずかしい話、私は何の経験もありません。よろしく頼み申し上げます」


 タダシは、ウルブックの肩を叩きながら。

 たぶん、彼は対人関係での押しが弱いんだろうなとタダシは思う。


 そういう折衝が得意な気の強い吸血鬼の文官を補佐に付けてやれば、スムーズに仕事できるはずだ。

 猫耳賢者のシンクーが、面白そうに言う。


「レナ陛下も、タダシ陛下も、立派な王様らしくなってきたニャー」

「まあ、そうかもな」


 地位が人を作るというのだろうか。

 タダシも、いい加減だいぶと慣れてきた感じがある。


「それじゃ、夜の生産王としての仕事もしてもらうかニャー」


 そう言って、シンクーは向こうで待っているサキュバスシスターのバンクシアや、吸血鬼の文官たちのほうを指差す。


「シンクー。まだ、午前中なんだけどな」


 朝議のあとにいきなり夜の話なのかと、タダシは苦笑するのだった。


     ※※※


 アンブロサム魔王国でタダシがやることも、だいたい終わった。

 ここまで安定化しておけば、この国が反神の軍師とやらに狙われることもないだろう。


「昼間から、露天風呂とは少し罪悪感があるな……」


 しかし、作ったからには一度は楽しみたい。

 そう思って脱衣所で服を脱いで、温泉まで入ってきたのだが。


「タダシ様、お待ちしておりました! これもまた、ディアベル様のお導き、でございますね♡」

「いやいや、♡じゃないんだよ、バンクシア……」


 期待が最大限に高まったらしい、かのサキュバスシスターは美貌の頬を崩して、蕩けるような笑みを見せる。

 タダシが岩風呂に近づいていくと、そこには侍従長フジカを始めとした、百名を超えるタダシの吸血鬼女官の妻たちが大集結していた。


「タダシ様~♡」

「だから、♡と言われてもなあ」


「がんばれ♡ がんばれ♡」

「どっかで聞いたことあるな、それ」


 もう聞かなくてもわかる。

 妻達は、すでにタダシの子を産んでいるのだが、みんな二人目を作るチャンスを欲しがっているのだ。


 タダシのアンブロサム魔王国出張は、まさにその絶好の機会と捉えるのはわかる。

 わかるが……。


「せめて、風呂くらいゆっくり入りたかった」


 赤々とした灼熱のマグマを眺めながら入れる湯なんて、そうそう楽しめるものではないのに。

 魔王城を直したついでに作った岩風呂である。


 そんなに大きな風呂じゃないのだ。

 百人も同時に浸かったら、お湯なんかどこかに行ってしまう。


 ああ、それにしてもこの光景は眼に毒だ。

 おっぱい、おっぱい、おっぱい……。


 こんなの温泉じゃなくて、おっぱいに入るようなものだろ。


「いや、俺は何を考えてるんだ。バカなのか……」


 この場のピンク色の空気に当てられたのか、思考がおかしくなってしまっている。

 このなんとなく時空が歪む感覚。


 真っ昼間だというのに、夜の生産王モードにギンギンと入ってしまった自分を感じる。

 農業の神に加護を受けている豊穣の定めが、タダシを待っていた。


「ささ、タダシ様。ここは、まさに別天地。ディアベル様の導きのままに、生命の讃歌。肉の宴を楽しみましょう」


 そう言って、豊満な胸にわざとタダシの腕を当たるように掴んで、ぐいっと引っ張るサキュバスシスターバンクシア。

 ディアベル様のお導きって。


 魔族の神ディアベル様への不敬じゃないのか。

 それとも、魔族の神はそっちの導きも司っているのか?


「まあ、シスターがサキュバスなくらいだから、そっちもあるのかもなあ」

「何が、あるのですか?」


 岩風呂の中は、まさに肉の渦だ。

 魔界における、様々なタイプの美姫たちが集結している。


 ここは魔都のパラダイス。

 男にとっての至上の楽園か、それとも欲望の煉獄となるか。


 タダシを全裸の吸血鬼の女官達で、すし詰めになっている風呂の中心へとぐいっと導きながら、バンクシアが尋ねる。


「なんかミルクの匂いしないか」


 なぜ温泉で、濃厚な甘いミルクの匂いがするのか。

 ここはマグマで温められたガチの温泉なので、湯の花の香りがするはずなのに。


「ああ、それはだって……」


 バンクシアがクスクスと笑うと、侍従長のフジカが少し恥ずかしそうに応える。


「私達、みんな母親になったので、そのなんというか。母乳がでますから」

「そ、そうか……」


 温泉のお湯がミルク風呂になってしまったか。

 これはこれで、世にも珍しい風呂とは言えるのかもしれない。


 珍しい風呂を求めているタダシからすれば、これは喜ぶべきなのか。

 いや、しかし……。


「やはり、気になりますか? もしかしたら、タダシ様に喜んでもらえるかもという意見もあったのですが……」

「気にはならんよ。みんなで風呂を楽しむのは、いいことだと思う」


 実際こうなってしまった原因を作ったのはタダシなわけだし、これで気になるとか言うのも違う気がする。

 しかし、これはなんと言ったらいいか。


 そんなタダシを背中から抱きしめてバンクシアは言う。


「タダシ様。いまは難しいことは考えず、楽しみましょう。せっかくの夫婦水入らずの時ではありませんか」


 風呂だけに、水入らずということか?

 そんな寒いオヤジギャグをとっさに思いついたがさすがに口にはせず、タダシは温かい岩風呂の中央に浸かる。


「そうだな。では、そうするか」


 迷いを捨てて全てを受け入れたタダシがそう言った瞬間。

 ついに、許可が出たということで……。


 我先にと迫る百名を超える妻達に、わっしょい! わっしょい!と、もみくちゃにされる。

 もちろん、夜の生産王と化したタダシならば、百名を超える相手だろうが同時に相手できる。


 夜の生産王モードに入ったからには、百人以上を相手にしても十分な時間がある。


「タダシ様!」

「タダシ様、こっちに!」


 しかし、タダシは一人。

 それに対して、求める愛する妻達はたくさんいた。


 彼女らは、我先にとタダシを貪ろうとする。

 ここで、誰かを優先して誰かを後回しにするなんてことができるのか?


 そんなものが夜の生産王なのか?


「――違うっ!」


 辺りは、甘く濁った真っ白い欲望と女体の海であった。

 始源の海に包まれて、全身で愛を感じるタダシは気がついた。


 俺は一つではない。

 両腕、両足。


 縦横無尽に動く四肢がある。

 そして両方の手には、十本の指が存在している。


「ならば!」


 こうだ!


「タダシ様ぁ! しゅごい!」

「ああぁぁあああああああっ!」


 次々に、妻達の気持ち良さげな嬌声が響き渡る。

 女体の海を華麗に泳ぎながら、真っ昼間からの激しい夜戦のなかで、タダシはさらにレベルアップした。


 新たなる技に開眼していた。

 百名の妻が相手なら、夜の生産王の繁殖力を三百倍にする!


 全身を駆使し、いっぺんに十人の妻を同時に満足させる。


「言葉にするならこうか、繁殖力三百倍! 十指連落じゅっしれんらく!」


 旋風のごとく肉の海を泳ぎきったタダシの神の指は、妻達のあられもない声を置き去りにした。

 まだまだと、タダシはさらに女体の肉海を華麗に泳いでいく。


 めちゃくちゃ楽しそうな宴が繰り広げられているが、そこに入れない妻もいた。


「岩風呂がいっぱいいっぱいで、入れないニャー」


 なんかすごく気持ちよさそうで、面白そうな謝肉祭をやっているのに。

 あのムチムチした長身の女達がひしめき合う、肉の渦の中に突入するのは、身体の小さいシンクーにはいかにも難しい。


 どこかに隙はないかと後ろの方で様子をうかがっていた猫耳賢者シンクーは、ぽんと背中を叩かれて振り向く。


「また、私だけのけものですか……」


 そう、レナちゃんが怒っている。

 焦るシンクー。


「いや、レナちゃんは身重ニャよ。今回は自重してほしいニャ」


 魔族の神ディアベル様に加護を受けた次期国王を産もうとする大事な時だ。

 あんなもみくちゃの騒ぎに巻き込まれて、風呂でコケ倒れでもしたら大変なことになる。


「みんながワイワイ楽しんでる時に、私だけいつもこんな感じじゃないですか?」


 私、魔王なんですけどと、口を尖らせるレナちゃん。


「それは、うちもそうニャーよ。まあ、とりあえずそっちの静かな温泉で温まりながら話そうニャー」


 今回は主役となったはずの魔王レナちゃんであったが、最後だけはなんともタイミングがあわない。

 そして、レナちゃんの愚痴を聞き続けていたシンクーも、結局祭りに参加できないのであった。

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