目次
ブックマーク
応援する
1
コメント
シェア
通報

第2話ハンス・ロータス 1

 俺たちはいま、荒れ果てた平原を一人と一体で歩いている。竜騎士団の任務中に、敵国であるエタンセル王国の部隊と遭遇することになるとは思わなかった。なんとか退けることができたのは、俺の隣を歩く相棒のレフレオのおかげだ。


 レフレオは人一人が乗れるほどの小型ドラゴンだ。翼は無いが、代わりに強靭な脚力と耐久力を持つ、地上に特化した小型のドラゴン。竜騎士は全員、一体の小型ドラゴンと契約をする。これは昔からの風習だ。


「街まではまだ先か……」


 俺はうめき声をあげる。国境付近の警備をしていた俺は、ホームタウンである首都、イザバナに戻る途中だ。本来ならレフレオの背中に乗って移動したほうが早いのだが、先ほどの戦いで負傷したコイツに乗る気にはならなかった。


「別に気を使わなくても良いんだぜ?」


 レフレオは俺の心の内を見透かしているかのように、自身の背中を揺らす。


 俺の相棒であるレフレオは、他の竜騎士のドラゴンとは少し違う。レフレオという名は、俺の所属している国、レフレオ共和国の国名と同じ。もっと言うなら、レフレオは守護竜の名前で、そこからこの国はレフレオ共和国と呼ばれている。


 そして俺のパートナーであるコイツは、その守護竜レフレオの血を引いている。まさに血統書付きのドラゴンだ。


 守護竜レフレオをはじめとした各国の守護竜四体は、いずれも高い知性を持ち、人語を理解し話すことができる。


 俺の相棒もその血を色濃く受け継いでいるのか、普通に俺と話す。ただ周りに知られると面倒なので、事情を知っている上層部の前か、俺の前ぐらいでしか口を開かないが。


「怪我した相棒の背中に乗るほど俺が薄情に見えるか?」


「見えるとも、なんとも薄っぺらい光の後継者様だぜ? ハンス」


 妙に口の達者な我が相棒は、俺のことを時折、からかいついでに光の後継者と呼ぶ。


 光の後継者は、上層部曰くおよそ一〇〇年ぶりらしく、たまたま俺にその適性があったそうだ。


 まあ、だから守護竜の血を引くドラゴンを相棒にしているのだが……。


 一応神話では、光の後継者がなんとかしてくれるだろうとされているが、実際はそんなことはない。過去に光の後継者と呼ばれた騎士たちも、特にそれといった成果もなく、普通に死んでいったらしい。


 レフレオの奴はそれを知っていて、俺こと憐れなる光の後継者、ハンス・ロータスを弄るのだ。


「よく口の回るオオトカゲだ」


「お前、守護竜の子孫である俺に向かってオオトカゲとは何事だ? 守護竜様に言いつけるぞ?」


 レフレオも俺も、守護竜様には会ったことがある。コイツが会ったことがあるのはともかく、俺が会えた理由は単純だ。


 俺が光の後継者に選ばれたから。


 普通、守護竜レフレオに会うことができる人間は限られている。そんな中、晴れて光の後継者に選ばれた俺は、謁見を許されたのだ。


 守護竜レフレオは、人の目が届かないほどに高く高く建てられた塔のてっぺんに鎮座している。


 なんでも、空のドラゴンたちと、地上を生きる人類を隔てる防壁を張るのに、空に近ければ近いほど維持が楽なのだとか。


 楽かどうかで住処を決めるのは、いかがなものかと思わなくも無い。だが一〇〇〇年以上ものあいだ、ずっと結界を張り続けている、彼をはじめとした各国の守護竜たちの苦労など、人間の俺には到底理解できやしないのだ。


「頼むからそれは止めてやれ、ずっと結界を維持し続けている最中に、子孫の子供じみた報告など聞きたくないだろう?」


「言われてみればそれはそうだな。止めとくよ。だが次オオトカゲ呼ばわりしたら、ただじゃ済まさないからな!」


「分かったよ。悪かった」


 こうして無駄口を叩いている間にも、俺たちはせっせとイザバナに向けて歩を進める。空を見上げれば、夕日が俺たちの姿をオレンジ色に染め上げる。


 この平原はビックリするほど何もなく、ただただ草花が見渡す限り広がっている。


 所々に旧人類の科学の結晶”機械”が転がっているが、それらのほとんどは使い道が分からず、ただの骨董品として物好きが蒐集していたりする。


「本当に昔の人は機械とやらで空を飛べてたのかねぇ?」


「実際どうなんだ? オオトカゲである俺には分からん」


「なんだよ。自分でオオトカゲって認めてんじゃん」


「うるさい! なんとなくだ!」


 レフレオことオオトカゲは、興奮したのか全身の鱗を逆立てている。器用なものだと感心しているのと同時に、翼のないドラゴンに空のことを聞くのは、流石に配慮が足りてないような気がした。





 ここからイザバナまでは、歩いてどのぐらいだろうか? もう少し歩いて行けば民家も見え始めるだろうが……。


 残念ながら今の人類の生活水準は、過去の栄えていたとされる文明レベルとはほど遠い。我々の移動手段なんて歩くか走るか馬か、もしくは俺のような竜騎士団に入れればドラゴンか。


 空なんてもってのほか、海に出る際も異形の者たちに襲われる可能性があるため、簡単なボートで浅い海までしか出られない。


「帰ったら今度は海だっけ?」


「そうなんだよ。全くもって竜騎士の扱いが酷い。これでは騎士というより奴隷ではないか」


「実際奴隷みたいなもんだ。それに普通の市民は、異形の者の存在など知りもしないだろう?」


「流石に知ってはいるさ。話だけなら……。ただ、知識として知っているのと、実際に経験するのとではわけが違う」


 俺とレフレオは無駄に軽口を叩きながら、日が暮れる平原をゆったりと歩いていた。


 しかしそんな時、ふとレフレオが立ち止まる。


「急にどうした?」


「俺に構わず背中に乗れ。明日も早いんだろう? お前が異形の者に疲労でやられたとあっては、守護竜様に顔向けできん!」


「別にちょっと歩いた程度でそんな……」


「良いから!」


 レフレオは有無を言わさずといった調子で俺に背中を向ける。

 こうなったら仕方ない。一度言い出すと中々引っ込まないのがコイツの特徴だ。


「分かったよ。だけど、傷が痛んだらそう言えよ?」


「ふん! 俺を誰だと思っている?」


「え? オオトカゲ?」


「あのなあ」


「分かったよ。冗談はここまでにしとく。それにちょっと周りが騒がしい」


「お前も気づいたか? だからとっとと乗れ。飛ばすぞ」


 俺はレフレオの背中に飛び乗る。


 彼のいう通り、ちょっと周囲が騒がしい。ここいらにも未知の生物は現れる。日が落ちてくると、外を徘徊している人間を襲うという話も耳にする。


 おそらく遥か昔に、海からやってくる異形の者たちを抑えきれず、陸に上げてしまったためだろう。


 アイツらは一体でも地上に足をつけ、木の根本に命を捧げれば、その大陸に種族として登録され、自然に生まれ始めるのだ。


「狂った世界だよまったく」


 俺の独り言にレフレオは答えず、ただ淡々と闇夜の平原を疾走していた。

この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?