「もうすぐだな」
「ああ」
俺を背中に乗せて疾走し始めてから結構経った。
前方に明かりが見えてきた。
今立っているのは切り立った断崖。平原から森に入り、そこから抜けたところだ。
もうすっかり日も暮れて、空を見上げれば光り輝く天体たちが、夜の訪れを知らせてくれる。
昔は環境汚染で空が濁っていたらしいが、今ではこの通りの見事な夜空だ。
散々動き回っていた俺は、すでに全身汗だく。完全に日が暮れたこの時間帯は、やや肌寒く、汗で濡れている全身を冷気が撫でる。
「後はこの道を下れば街だな」
そう言った俺の視線の先には、崖を降り立つ道が伸びている。所々で松明がガラスでできたケースの中でメラメラと燃え、足元を明るく照らす。それらの外灯は延々と首都、イザバナまで続いている。
「そういえばさ、ハンスはどうして竜騎士団に入ったんだ?」
「どうしてって……光の後継者に選ばれたからで……」
崖を降りる道すがら、急に今さらな事を聞いてきた。
一体何年一緒にやっていると思っているんだ?
俺たちがペアを組んでからもう五年。竜騎士団に入隊出来るのは十八歳からで、俺は十八の誕生日に竜騎士団に入隊したのだ。
「それは結果論だろう? 竜騎士団に入隊してからの適性検査の結果、光の後継者に選ばれたんだろ。そうじゃなくて、どうして竜騎士団に入隊しようだなんて考えたんだ? 他にもいくらでも生きる術はあったじゃないか。わざわざ竜騎士団なんて、給料も微妙なくせに大変で命がけの職種につかなくても……」
「そんなことを今まで思ってたのか?」
「まあなんとなく」
もっともレフレオの疑問は的を射ていて、もっと楽に生きる手段なんていくらでもある。
他国との小競り合いは存在するが、神話にある話が本当なら、それぞれの国の守護竜たちは協力して結界を維持している。
本格的な侵略戦争なんて起きるはずもない。
海からやってくる異形の者たちだって、すべて竜騎士が殲滅し、その実体などは市民には知らされていない。
つまり空のドラゴンは守護竜が、海の怪物や他国との小競り合いは竜騎士が担っているため、竜騎士団に入隊さえしなければ、死ぬことなどほとんどない。
それに人類の数自体も昔に比べて極端に減っているので、生活できなくなるほど困窮することもない(あくまでレフレオ共和国の場合)。それでも俺が竜騎士団に入隊した理由か……。
「ちょっと疑問というか納得できなかったんだ」
「納得?」
「ああ。神話というか伝承にあるとおり、光のドラゴン、守護竜レフレオと他の三体の守護竜が、空のドラゴンから人類を保護するために結界を張っているのは理解しているんだ。そして種族の木とやらが絶海の孤島に存在して、そこから異形の者たちが押し寄せているのも知っていた。だけどさ、この国の人間たちは誰一人気にしてなかった。その安全を、平和を、余りに当たり前に享受し過ぎていると思ったんだ」
「別に良いんじゃないか? 平和に暮らしていられるならそれが一番だろう?」
「分かるよ。そういう意見があるのも分かる。だけど、俺の親父は竜騎士だった。だから親父からいろいろ聞いていたのさ。海から迫る異形の者たち。空のドラゴンの伝承、ここは偽りの楽園だってね」
「偽りの楽園か……言い得て妙だな」
レフレオはそう言って目を瞑る。夜道の崖を下っているのだから、できれば目は開けておいて頂きたいものだけど、言っても無駄だろうな。
「それで思ったんだ。この国の中で、本当の世界のことを知っているのは竜騎士の連中なんじゃないかって。世間では命知らずのバカみたいに揶揄されるけど、実際に有事の際に動けるのは竜騎士だけ。竜騎士団に入れば、国が、守護竜が、本当はどうしようとしているのか、この世界の行く末を何か知っているんじゃないかって、そう考えた」
「それで入ってみてどうだったよ?」
レフレオは答えの分かっている問いかけをする。このオオトカゲ、なかなかにいい性格してやがる。
「答えは半分正解だった。竜騎士団の上層部は国の中枢と直結しているから、情報は入ってくる。だけどそこまでだった。現状の情報だけではない、その先の計画。人類が昔のように空を飛んだり、海を航海したりできるような世界を、計画してはいなかった。今のところ海から迫る異形の者と、たまに空の結界を突破して侵入する空のドラゴンへの対処で精一杯だ」
俺はこの五年間で得た知識と見解を話す。というより改めて認識させられた。
レフレオのせいで。
だけどどう言い繕おうと、これは事実だ。人類は今のところ防戦一方。しかもここが楽園ではないと知っているのは、各国の政治機関、それに守護竜。
それ以外の人類は、この偽りの楽園を本物の楽園と信じて、平和に無邪気に笑っている。自分たちの生活がいつ終わりを迎えるかも分からないのに、その事実から目を背けて日々を浪費する。
すぐそばで竜騎士が戦いの中で殉職しても、命知らずのバカだと嘲笑う人々。
俺はそうなりたくなかった。なかったから、俺は竜騎士団に入隊したのだ。
「へぇー意外とちゃんと考えてるんだな」
「喧嘩売ってんのか? オオトカゲ?」
「それはこっちのセリフだ!」
そんなこんなしているうちに俺たちは崖を降り切り、レフレオ共和国の首都、イザバナの目の前に立っていた。
イザバナの周辺は背の低い木々が生えている程度で、見渡しも良く、基本的には平地なので万が一敵が来たとしてもすぐにわかるだろう。
一方イザバナ内部はというと、やはり首都というだけあって、近隣の村よりかは明らかに発達しているし発展している。
イザバナ内であれば、最近実用化までこぎ着けた、蒸気で走る車が馬車道を馬車と一緒になって走っている。
建造物も村よりかは背の高い建物も多く、民家でも木材や鉄をあちらこちらに混ぜこんだ独特な造りとなっている。
そして商店や飲み屋等は、まとめて有名なキース通りに揃っており、民家が集まる居住区画と、商店や飲み屋が集まる区画とで明確にわけられている。
そしてイザバナの中央よりやや海側に、この国で最も高い建造物”ラジックタワー”がそびえ立つ。
ラジックタワーの頂上には守護竜レフレオが鎮座し、その下の階層には竜騎士団の本部やらなにやら、国の中枢が固まっている。
「あそこへ報告に戻るのがめんどくさいんだよな」
俺はそうポツリと呟いた。