イザバナの中へ入っていくと、日が暮れているにもかかわらず人出はそれなりにある。そこはやはり首都と呼ばれるだけあり、賑わいが違う。
イザバナの中を歩いていると、好奇な視線に晒されることが多々ある。
いくら俺でも、流石に街中でドラゴンの背に跨りはしない。石畳で作られた道をちゃんとレフレオと共に歩く。そんな俺たちに向けられる視線は様々だ。
若い女性はレフレオを恐れて道を開け、年寄りたちはわざと俺たちに聞こえるように「命知らず」とクスクス笑う。唯一好意的なのは、竜騎士という存在に憧れを抱きがちな子どもたちか、ドラゴンが大好きなマニアな方々ぐらいのものだ。
商店街とでも言うべきキース通りに入ると、左右に立ち並ぶ露店の数が激増する。肉や野菜、衣類や食器など、生活に必要な物はあらかた揃う。それら以外にも、妙ちくりんな骨董品やなんかのパーツ。それにお守りやガラス細工のインテリア、本屋等々、素晴らしいラインナップだ。
「ちょっと急ぐか」
俺は返事を期待しないでレフレオにそう告げると、やや早足になる。むしろ返事をしようものなら軽く蹴飛ばしている。
ここは街中、喋るドラゴンだと知れてしまったら大パニックになる。街の連中は、竜騎士団のドラゴンのことを、ただのデカいトカゲくらいにしか思っていないのだから。
そんなことを考えていると、俺の思考が漏れたのかレフレオが軽くにらむ。
「睨むな。事実だろ? 俺たち竜騎士は、お前たちのことをちゃんとドラゴンだと理解しているさ。デカいトカゲと契約したって、俺たちの能力は跳ね上がらない」
俺はそう弁明する。これは事実だ。どっちも事実。周囲の評価も、俺たち竜騎士の能力が跳ね上がっているのも事実。
「着いたぞ」
広大なイザバナの街を三〇分ほど歩いた頃、キース通りを抜けた影響か周囲に人はいない。海に近づいたせいなのか、潮の香りが鼻につく。目的地であるラジックタワーは目と鼻の先だ。
「もう喋っていいよな?」
「構わないとも」
レフレオが嬉しそうに声を出す。
こんなにお喋り好きなオオトカゲは見たことが無い。というより、喋るドラゴンの方が珍しいのだ。
「それじゃあとっとと報告を済ませようぜ? 今日はこの塔にお泊りだろう?」
「ああ。残念ながらな。明日は海の任務だ」
深いため息をつきながら、俺たちはラジックタワーの入り口に向かって歩いていく。
タワーの入り口には二人の門番が暇そうに突っ立っている。実際暇なのだろう。ここはレフレオ共和国が首都、イザバナの中心だ。敵なんているはずもないし、数多のドラゴンや竜騎士団の団員が在中するこのタワーに、侵入しようとする愚か者などいやしない。
それに街の連中は、俺たち竜騎士をバカにしてはいるが、神話自体を疑っているわけではない。なのでこのラジックタワーの頂上に鎮座している、守護竜レフレオのことは敬っているのだ。
実際にその目で見たことが無いとしても、自分たちの楽園を維持してくれるのであれば、彼らはなんでも信じる。
「遅くまでご苦労さん。報告に戻った」
「お疲れ様です。所属とお名前をお願いします」
門番と俺はいつも通りのやり取りをする。もうお互いに顔なじみも良いところだ。それでも顔パスにしないのは、決まり事だから。実際他国では、触れたものに姿かたちを変える異形の者の報告が上がっている。
「第一師団所属、ハンス・ロータス。パートナーは四足竜レフレオ」
「よろしい。遅くまでお疲れ様。さっさと報告して休むといい」
形式ばったやりとりを終えると、一気に言葉遣いを崩した門番が、笑って俺の背中を叩く。実際はそれぐらいの関係値だ。年に一〇〇回以上このやり取りをしていれば当然というもの。
「いくぞレフレオ」
俺たちはのそのそとラジックタワーの中へ入っていく。ちなみにレフレオは再び沈黙を守り、ただのトカゲ……おっと、ただのドラゴンのふりをしている。
ラジックタワーのエントランスは、金と銀をメインとした装飾品で華やかに彩られている。柔らかそうな椅子が複数乱雑に置かれ、木の目が粗いこげ茶色のテーブルには、今度の作戦のための大きな地図が広げられていた。そこで何人かの竜騎士が、真剣に話をしている。
「ハンス! レフレオ! 無事だった? エタンセル王国の部隊と交戦したって話を聞いたけど?」
俺たちに気安く声をかけるのは、ニーア・ストラウト。竜騎士団では珍しい女性騎士で、年齢は一つ上。燃えるような赤髪が特徴的な女性で、整った目鼻立ちとその透き通るような瞳もあいまって、竜騎士団の中には彼女のファンが存在する。
おまけに明るくて活発。人気が出ないわけがない。自分のドラゴンとばかり喋っている俺とは対照的だ。
「一体どこから聞いたんだ? 巡回に出てたのは俺とレフレオだけで……」
「どこからって……近くで目撃した人から通報が入ったのよ! 結構ざわついたんだから」
そうなのか。まあこっちは一人と一体。相手は馬に乗った騎兵が一〇人ほど。目立つといえば目立つか。良く生き延びたな、俺。
「でも元気そうで良かった」
「元気そうに見えるか?」
俺は思わず突っ込む。俺は見るからに顔色悪く、汗だくで息も切れている。レフレオだって、わき腹辺りに軽く切られた後がある。
「たいした怪我してなくてって意味よ。それに竜の加護を受けている私たち竜騎士が、ただの騎兵隊程度にやられるわけないでしょ?」
それを言われしまえばその通りなのだが、別に確実に勝てるわけでもないし、軽々しくそんなことを言わないで欲しい。
確かに竜の加護を受けた俺たち竜騎士の能力は跳ね上がっている。
竜の加護は竜騎士団に入った際に義務付けられるもので、パートナーのドラゴンを選び、そのドラゴンと寝食を共にすることで、パートナーのドラゴンの力、要するに身体能力などが契約者である俺たち竜騎士に憑依するという代物だ。
これは竜騎士の証で、これによる能力の上昇には個人差があれど、一番弱い竜騎士でも、常人の二倍以上の腕力や耐久力を手に入れる。
ましてや俺の相棒は守護竜レフレオの血族だ。その力は絶大で、当然俺にもその影響が色濃く出ている。さらに竜の加護で、時々ドラゴン固有の特殊な能力、龍技を得ることがある。
それは当然、光の後継者である俺も手にしている。というより、龍技を手に入れた少数精鋭が、第一師団所属となるのだ。
「まあそれもそうだが」
「じゃあ今から報告?」
「そうだけど……ニーアは?」
「私はもう済ました。明日の任務私も一緒だから頑張りましょう!」
「そっかニーアと一緒か。だったら多少手を抜いても良さそうだな?」
「手を抜いたら蹴るわよ?」
「全力で頑張ります!」
そのままニーアと別れ、三つ上の階に存在する指令室に向かう。
「相変わらずニーアには弱いよな。ハンス」
「やかましい!」