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第5話イリーナ海岸防衛戦 1

 一階のエントランスの華美さと比べると、なんとも質素な階段を登り三階へ辿り着く。このラジックタワーは一フロアあたりの広さはそこまででもないが、とにかく上に伸びている。三階にあるのは指令室のみ。なんでも、作戦が外部に漏れないための措置なのだとか。


「誰が作戦を盗み聞くんだか」


「いないとも限らんだろう?」


 俺の何気ない一言に答えたのは、以外にもレフレオではなかった。


「ニック司令官!」


 答えたのはニック司令官。四〇過ぎの禿げたおっさんだが、その指導力や作戦の秀逸さから一目置かれる存在で、あのダニール谷の悲劇での活躍は、竜騎士であれば知らぬ者はいない存在だ。


「それでは早速報告を聞こうかな?」


 ニック司令官に招かれた指令室は実にシンプルだ。


 ドアを開ければ、正面にテーブルを挟んだ一組のソファーが置かれ、右側の壁には世界地図が、反対側の壁にはレフレオ共和国の地図が貼られている。ところどころに印や矢印が書かれているのは、今後の作戦なのだろう。


 そしてソファーの奥には、司令官専用の木製のテーブルと椅子がセットで置かれ、その奥には壁の代わりに巨大な窓が設置されている。窓からは海が一望でき、まさに絶景と言っていい光景だが、指令室から海が良く見える理由は、そういう意味ではない。


 空のドラゴンたちが、基本的には結界に阻まれてやってこられない以上、一番の脅威は海から押し寄せる異形の者ということになる。つまりは、指令室から一番の危険地帯が覗けるようになっているのだ。





「以上、報告を終了します」


 俺はつつがなく報告を終えた。


 そのまま退室しようかと思った時、ニック司令官が手で合図をした。


「どうしました?」


「部屋の外にいるレフレオも呼んでくれ。話がある」


 ニック司令官は改まった様子でレフレオも呼べという。当然ニック司令官は、俺が光の後継者であること、レフレオが喋れることも知っている。


「何の用だ? おっさん?」


「殺されたいのか? オオトカゲ」


「だからハンス! 俺をオオトカゲと呼ぶな!」


 のっけからニック司令官をおっさん呼ばわりは頂けない。どうも俺のパートナーには礼節というものが無いらしい。

 まあドラゴン相手に礼節を求めるのも酷な話だが。


「相変わらず口が悪いなレフレオは……」


 ニック司令官は軽くため息をこぼす。彼はレフレオが俺と契約するずっと以前から、なんなら幼生だった頃から知っているのだ。ため息の一つぐらいつきたくなるのも分かる。


 本当にうちの相方がすみません。


「それはそうと、レフレオも込みで話したい事とは何なのですか?」


「なに、簡単な話だ。先ほどの報告にあったエタンセル王国の部隊、彼らは騎兵で間違いないな?」


 ニック司令官はやや陰った表情を浮かべる。騎兵だと何か問題があるのだろうか?


「はい。一〇名ほどの騎兵隊で、全身鉄の鎧を身に纏っていました」


 だから苦労した。俺も剣は持っていたが、全身鎧なんて着ていない。所々には鉄の防具も身に着けてはいるが、それよりも機動力を重視しているのが我々竜騎士団だ。


 竜騎士団の標的は人間ではない。ドラゴンや海から迫る異形の者、もしくはユーリシア大陸に根付いてしまった、土着の異形たちだ。


 鉄の鎧なんてほとんど意味がない。


 そうか……つまりエタンセル王国は……。


「そうだ。非常に残念なことに、対人戦闘を念頭に装備を揃えていた。今回は運良くハンスが撃退してくれていたが、アイツらの発見が遅ければ近隣の村に被害が出ていただろう」


 おかしな話だ。


 侵略戦争は存在しない。


 しかし小競り合いは多かった。それは事実だが、今まで全身フル装備の騎兵隊など、見たことも聞いたこともない。


 平和条約を結んでいるわけではないが、残された人類の数は多くない。お互いを攻撃しないのは暗黙のルールだったのだ。


「勿論国王を通じて、エタンセル王国には抗議文を送るつもりだが、相手側はそんな事実は無いと突っぱねてくるだろう」


「ちょっと厄介なことになってきましたね」


「そうだな。だからお前たちには特に用心してほしい。俺はお前が光の後継者だから言っているわけではないんだ。ハンス・ロータス、第一師団所属の精鋭。お前には今後も目を光らせておいてほしい。そこにいるレフレオと共にな。良いか? もうじきこの偽りの楽園が終わるかもしれない。俺や国の上層部はそう考えている」


 ニック司令官は真剣に国を、人類の未来を憂いている。それは言葉の端々から伝わってくる。それに俺のことを光の後継者としてではなく、一人の竜騎士として目をかけてくれる。こんなに嬉しいことはない。俺は俺のやれることをやるだけだ。


「分かりました。でもさしあたっては、明日の防衛戦ですね」


「明日の防衛戦は第一師団からお前とニーアの二人が出撃予定だ」


「他の戦力は?」


「第三師団から六名ほど選出されている。敵の数は未知数だが、今までの経験から言って、五〇体を越えることは無いだろう」


「了解です。しかし……簡単に言ってくれますね」


「それだけ期待しているということだ。頼むぞ!」


「はい! 失礼します」


 俺は深々と頭を下げ(レフレオは微動だにしなかったが)指令室を後にする。


 指令室の扉が閉められる際「あんまり俺のパートナーを酷使するなよ」というレフレオの声が、ニック司令官に向けられた。



 翌朝、イリーナ海岸に到着した俺たちは、先行していた偵察部隊から報告を受けていた。


「敵との距離は?」


「およそ五〇〇メートルです」


 偵察隊によると、敵との距離は意外に縮まっている。ここから敵の姿を見ると、確かに報告通り人型の異形の者だ。全員が古ぼけた兜を頭に被り、両腕の爪が剣のように発達している。


 彼ら異形の者は、地上に上がり、そこから木が生えている場所を目指す。


 そこまで移動して、自身の命を木の根本に捧げることで、新しい種族としてユーリシア大陸に記憶させるのだ。


 彼らは本能レベルでそれだけしか考えていないとされている。


 途中で邪魔する者がいれば、容赦なく襲い、それぞれのやり方で殺すのだ。


 今まで、何人もの竜騎士が犠牲になっている。決して気を緩めて良い相手ではない。


「今回は水中戦を行う。相手の数が多いため、できるだけ陸への上陸を許すな! 危なくなったらすぐに助けを呼べ!」


 俺の指示を聞いた隊員たちは、それぞれドラゴンの背中に乗り、海の中へと入っていく。


 ちなみに竜騎士団のドラゴンたちは翼が無いため、陸上特化型だが、実は手足に水かきがあり、水中を泳ぐことができる。


 その水かきに加えて、尻尾を含めた全身を左右に揺らすことで、なかなかの速度も出る。


「大丈夫なのか?」


 レフレオが珍しく心配する。周囲の第三師団の連中の様子を見ての発言だろう。


「いざとなったら俺の能力を使う」


「能力って”屈折”? ハンスのその能力は何回か見てるけど、結構地味でいやらしい能力よね」


 ニーアは俺の龍技を厭らしいと仰る。失礼な話だ。


「別に厭らしくは無いだろ? 地味なのは否定しないが……」


「それよりも私の”炎罪”の方が手っ取り早いでしょう?」


 自信満々に宣言するが、冗談じゃない。


「ダメだ。お前の能力だと、仲間が全滅する」


「実際のところ、私とハンスの二人だけの方が簡単なのにね」


 ニーアはかったるそうに両腕を首の後ろに持っていき、体を伸ばす。


 彼女の言っていることは事実だろう。俺も同意見だ。俺は何度か集団戦の指揮をしたことがあるが、ニーアは能力が能力なので個人戦、もしくは同じレベルである俺か他の第一師団としか組んだことが無い。彼女にとってはやり難いにだろう。


「たぶんだけど育成も込みだぞ、この任務。第三師団の連中に俺達の戦い方を間近まじかで見せるためのものだろうな」


「何それ。じゃあ私とハンスは先生役ってこと?」


「かもな。それとたぶんお前の練習も兼ねてる」


「私の?」


「ああ。お前、部下を率いて戦ったことないだろ?」


「そういうことね……納得した」


 ニーアは、言葉とは裏腹にやはりめんどくさそうだった。

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