イリーナ海岸防衛戦からもう三日が経とうとしている。
あの日、ニーアと共にニック司令官に報告した際に言われたのは、休みを二日やるからその次の日(つまり今日だが)国境沿いに向かって欲しいとのことだった。
しかも俺とニーアの二人で。
最初聞き間違いかと思って再度確認したら、本当に俺とニーアの二人だけの任務だった。まあ二人と言っても、それぞれのドラゴンは連れて行くのだが……。
「しかしなんで俺たちなんだ?」
「さあね? 私に聞かれても」
場所はイザバナの飲み屋街の一歩手前、ラジックタワーから徒歩一〇分圏内という、職場から近い好立地な我が家。
ニーアはあの日飲みまくったまんま俺の家で寝たかと思うと、そのまま「どうせ次の任務も一緒でしょ?」なんて理由で入り浸っている。
「この前の件だろう? 襲われたあれだよ」
「なんだよレフレオ。起きてたのか」
珍しく朝早く起きていたレフレオが口を挟む。
「というかハンスとレフレオってずっと一緒なのね? 私は無理だわ。ドラゴンとずっと一緒なんて」
ニーアは呆れた様子で、俺とレフレオを交互に眺めていた。
「レフレオの場合は喋るからな。むしろドラゴンの宿舎なんかに置いといて、寝言でも聞かれたらめんどくさい」
「え!? レフレオって寝言言うの?」
「結構言うぞ? あの肉食べたいとか、そんなの……」
寝言を口にするドラゴンなどそうそういないはずだが、事実なのだから仕方がない。
「だからニーアが普通だよ。他の竜騎士だって、全員パートナーのドラゴンは、ラジックタワーの隣にあるドラゴン用の宿舎に預けているだろう?」
「それに俺はあんなところ嫌だね」
レフレオは自由に喋れる環境で無いと嫌なんだそう。お喋りなコイツにとって、ずっと黙っていなくてはならないというのは多大なストレスなのだ。
「話を戻すけど、俺とハンスが襲われたのってこの前の国境警備の時だっけ? あのエタンセル王国の部隊と交戦したやつ」
レフレオは遠い目をして、古い記憶を引っ張りだすかのように話す。別にそこまで前でも無いだろうに。
「そうそう。あれにはこちらから正式に抗議したらしいが、エタンセル王国側はむしろこっちに非があると難癖を付けてきたらしい」
「それがどうして私とハンスが出向くことに繋がるのよ?」
ニーアは納得がいかないと不満そうだ。
本当は国境警備なんて、第二師団か第三師団が主にやる仕事で、本来は俺たち第一師団の仕事ではない。ニーアが納得いっていないというのは、そういう意味合いだろう。
「そもそもなんであの時、ハンスがレフレオと国境警備なんてしてたのよ!」
ニーアの言い分はごもっともで、確かにおかしいと言われればおかしい。本来は俺に回ってくるような任務ではない。だけどあの時は事情があったのだ。
「あれは国境警備じゃなくて、巡回中だったんだよ」
「どう違うってわけ?」
「ただの巡回中に、国境あたりにある珍しい滝を見たいとレフレオが言い出して……」
俺の説明を受けたニーアは、鬼の様な形相でレフレオを睨む。
睨まれたレフレオの鱗の上を、どこからか出てきた冷汗が伝っている。あれ? ドラゴンって汗かくんだっけ?
「な、なんだ! 別に良いじゃないか! 俺たちドラゴンは、竜騎士の連中と一緒じゃないと何処にも行けないんだから、ちょっとぐらい寄り道したって!」
「それでハンスが危険な目に遭ったのに?」
「それはたまたまで…………ごめんなさい」
「分かればよろしい」
二人のやり取りを見ながら、俺は先日のニック司令官の言葉を思い出していた。
ニック司令官は「エタンセルは、対人戦闘を念頭に装備を揃えていた。アイツらの発見が遅ければ近隣の村に被害が出ていただろう」そう言っていた。
つまりエタンセル王国側は、こちらを完全な敵とみなしているということだ。
さらにニック司令官は、もうじき偽りの楽園が終わるかも知れないと、国の上層部もそう考えているとも言っていた。そしてこのタイミングでの、俺たち二人への指令。
「国が恐れているのは、海の異形でも空のドラゴンでもなく、隣国のエタンセル王国というわけか……」
「それで私とハンスの二人ってわけね。二人なら目立たないから、敵に警戒される可能性は低いし、仮に戦闘になったとしても、私たちが負けることは無い。不測の事態にも対応できる」
「まあそうだろうな。でもそんなに気張らなくて良いぞ? お前のドラゴン、フレイヤと共に、パートナーであるお前たちを守護しよう」
珍しくレフレオが、守護竜の血族っぽいことを言っている。普段からこのぐらいやる気に満ち溢れていると嬉しいのだが……。
「それじゃあ今回の任務は、国境に張り付いて不穏な動きを見せている、エタンセル王国の部隊の動向を窺うってわけね」
「そうだな。それが正解だろう。仮に戦闘になったら……」
「任せてよ。全部灰にしてやるわ!」
ニーアが言うと冗談に聞こえない。元から冗談で言っているわけでは無いのかも知れないが、一応相手は人間だ。できることなら戦闘は避けたい。同族で争っている場合ではないのだから。
「ほどほどになニーア」
「心配しないで。むやみに攻撃したりはしないから」
「だと良いんだけど……」
俺はそう言って立ち上がる。数日間国境の詰所に、文字通り缶詰になるのだから、それ相応の準備は必要だろう。確かあの詰所にはもう食料があんまりなかったはずだ。
「まずは買い出しか」
俺はめんどくさいと思いつつ、イザバナの商店街、キース通りに向かった。