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第10話不思議な国土 4

 異形の者たちとの交戦から数時間、俺たちはイザバナとダニール谷のちょうど中間地点である、ナルム平原に来ていた。


 ナルム平原は平原と謳いながらも、湿地帯といった側面の方が強く、実際に足元はぬかるんでいるが、地面に青々しい草原のような草が生えそろっているせいで、ナルム湿地帯ではなくナルム平原と呼ばれていたりする。


 太陽はまだまだ高く、燦燦と俺たちを照りつける。


 先刻まで暴れていたニーアは、今も相棒であるフレイヤの背中でダウンしている。


 俺の相棒であるレフレオは楽しそうに周囲を見渡している。


「楽しそうだな」


「そりゃ楽しいさ。イザバナでは中々喋れないし、こんな豊かな自然もない。それにナルム平原は俺のお気に入りなんだ」


 何度か任務で通ったことがあるので初めてではないが、ここがお気に入りだとは思わなかった。


「ここがお気に入り? 初耳だな。理由はなんだい? ここに何かあるとは思えないんだけど」


 俺はレフレオにお気に入りの理由を尋ねる。だってここには何もないのだから。


「ここはな、平原と言いつつ実質湿地帯なだけあって、カエルがちょくちょく現れるんだ」


 カエル? カエルってあの、よくジャンプするヌメヌメしたアイツ?


「お前、カエル好きなの?」


「好きなの」


 レフレオは間髪を入れずに肯定する。


「じゃあ今度見つけたら拾って家で飼ってみるか?」


 俺が冗談交じりにそう告げると、レフレオは深いため息をつく。


「飼う? 違う違う。俺が好きな理由は外見じゃない。”味”だよ、味! 美味いんだ!」


 そう語るレフレオは、想像してしまったのかでっかい口から涎をダラダラと垂れ流している。


「流石はオオトカゲだな」


「なっ! 今はオオトカゲは関係ないだろ!」


 レフレオはご立腹だが知ったことではない。誇り高き守護竜の末裔のクセして、野生のカエル相手に涎を垂れ流している方が悪いのだ。


「あんたたち緊張感ってものがないわけ?」


 俺たちの会話を聞いていたニーアが口を挟む。顔色を窺うと、先ほどよりも血色は良いが、まだ本調子とはかけ離れている。


「うるさい! 長期の任務だってのに、あんな反動の強い大技ぶちかましたニーアに言われたくない」


 レフレオはニーアに逆ギレする。どう考えてもニーアの言うことのほうが真っ当だろうに。


「わ、悪かったわね。ちょっとむしゃくしゃしてて……」


「なんだよ。異形の者たちは八つ当たりされたのか?」


「八つ当たりって言い方はちょっと違う気がするけど……ごめんなさい。迷惑かけたわ」


 ニーアはフレイヤの背中に跨りながら、フレイヤの頭を撫でていた。


「それで、実際のところどうなんだ?」


 気を取り直して俺は彼女にたずねる。


「八つ当たりは半分本当」


「半分?」


「ええ。もう半分は実験。私が本気で龍技を使うことって最近無かったから、試しておきたかったの」


「それで、試した結果どうだった? ちゃんと自身の全力は出せたのか?」


「それはもう問題なく」


「なら良かった」


 ニーアはそのまま黙ってフレイヤの背中に体を預ける。

 おそらくまだ反動が強いのだろう。


 しかしニーアが全力を出しておきたいと思ったということは、今回の任務、案外厳しいものになるかも知れない。こういう時のニーアの直感はバカにできない。


「今度は俺の番か……」


「何がだ?」


 反応したレフレオの口には何かが挟まっていた。


「それってまさか……」


「そうそうカエル!」


 レフレオは目を輝かして答える。


 無事レフレオの胃袋入りが決定したカエルを観察すると、俺が思っていたカエルとは随分異なる容姿をしている。


 俺は鮮やかな黄緑色の体色を想像していたのだが、レフレオの口に半分放り込まれているコイツを見る限り、色は土色。ヌメヌメもしていない。どちらかというとカサカサした乾燥肌。


 なにより一番の違いはそのサイズ感。頭からガッツリいかれているため、半分しか見えていないが、見えてるだけでも三〇センチ以上の大きさを誇っている。


「それは本当にカエルなのか?」


「うん? カエルに決まってる。この味はカエルだ」


 レフレオはそう言うと、残りの半分もすっかり口に収め、意気揚々と咀嚼する。


 どうやらレフレオは味で生き物を判別するらしい。よく覚えておこう。これから未知の生物を発見したらコイツの口に放り込もう。


「今、不穏な考えをお前から感じたんだが?」


 カエルもどきをすっかり飲み込んだレフレオが、今度は俺に牙を向ける。


「いやいや、そんなまさか。ははは……」


「ハンス……お前ってそんなに誤魔化すの下手だっけ?」


「まあまあいいじゃないか。先を急ぐぞ?」


 俺は勢いだけで誤魔化し(誤魔化せているかは微妙だが)足を前進させる。


 とりあえず言えるのは、このナルム平原にいる限り、何度でもレフレオのカエル狩りが執行されてしまう。狩るのは良いが、食事シーンは中々にグロテスクなので、できれば見たくないところだ。


「ここからダニール谷へは結構かかるのか?」


「あとはこのナルム平原を越えた先にある、ボルト樹林を抜ければ見えてくるはずだ」


「そうか! ボルト樹林か!」


 レフレオが妙に嬉しそうなのが気にかかる。


「なんだよ。ボルト樹林もお気に入りなのか?」


「いや~そうなんだよ! あそこの巨大ネコがこれまた美味で!」


 どうやらレフレオは各地に好物があるらしい。ある意味幸せな奴だ。


「狩るのは良いが、絶対俺の目の前で食べるなよ?」


 俺は涎を垂らすレフレオに指示を出し、ナルム平原を抜け出した。

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