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第14話ダニール谷 3

「お前は誰だ?」


 俺は不意に現れた一人の男に声をかける。


 その者は唐突に現れた。音もなく気配もなく、気づけば俺とニーアの前に立っていた。


「我……我はダースゴールだ。竜騎士、ダースゴール。ドラグーンだ」


 突然現れた男は、自身を竜騎士、ドラグーンと名乗った。


 竜騎士ダースゴール。

 見た目だけでいえば壮年男性に見える。高齢とまではいかないが、俺やニーアの倍近くは生きているだろう。


 身の丈は俺より少し高いぐらい。肩や腕を見る限り、飛びぬけて人間離れした印象は受けない。全身に赤黒い甲冑を纏い、腰にかけてある剣は、必要以上に大きい。幅だけでも、俺の剣の三倍以上はある。


「竜騎士? ドラグーン? 一体なんの話をしている? お前はどこの誰か、正確に答えろ!」


 俺は剣を構えながら、問いただす。


 ドラグーンだと? 今までそんな名前の部隊は聞いたことがない。


「我は、レムレース空域の竜騎士団所属、ドラグーンのダースゴールだ。それ以上でも以下でもない」


 ダースゴールは、簡潔に答える。

 この佇まい、身に纏う雰囲気で分かる。コイツは尋常じゃなく強い。ここで戦闘になるかは分からないが、せめて事実確認だけはしないといけない。


「そこの崖下の騎兵隊を殺したのはお前で間違いないか?」


「ああ。我に刃を向けたから殺した」


 ダースゴールは再び簡潔に答える。

 あまり饒舌なタイプでは無いらしい。


「それで、お前は何をしに俺たちの前に姿を現した?」


 目的が分からない。エタンセルの騎兵隊を全滅させるのが目的なら、俺たちに構う必要なんて無いはずだ。


「お前たち二人からは、我々と同じ力を感じる。ドラゴンの力だ。それを確かめに来た!」


 そう言ってダースゴールは腰にかけた太い剣を一息に引き抜く! 鞘から解き放たれた刀身は、禍々しく黒光りしており、ところどころに黒い紋章が施され、時折不気味に鼓動し、漆黒に輝く。


「なんだその剣は……まるで生きているようじゃないか!」


 この異様な威圧感はなんだ? それにレムレース空域だと? 空域!? それはつまり、コイツは空から来たということになる。


 それになによりあの剣。絶対に普通の剣ではない。脈打つ剣など見たことがない。


「貴様に恨みはない! だが、我は確かめなくてはならない! 地上のドラゴンの力を! 竜の力をその身に宿す、竜騎士の力を! さあ行くぞ!」


 男は高らかに宣言した後、一瞬のあいだに俺との距離を詰める。動作は地面を一蹴りしただけだ。


「クッ!」


 俺はなんとか反応し、自身の剣で、ダースゴールの脈打つ剣を受ける。


 受けた瞬間、凄まじい剣圧が、俺の両腕にのしかかる。危うく仰け反りそうになるが、竜の加護を手足に集中させて耐える。


「ほう! 中々やるではないか! 下に転がっている愚か者共は、この一撃に反応すらできず朽ちていったというのに!」


 ダースゴールは嬉しさに目を輝かせ、さらなる力を加えて俺を押し切ろうとする。


「どきなさい」


 冷たい声が届いたかと思うと、ニーアの赤く光る炎刀が、先ほどまでダースゴールがいた場所を切り裂く。それを察知したダースゴールはバックステップで一気に後方まで下がり、再び剣を構える。


「ほうほう! そこの女もなかなかだな! 純粋な強さで言うと、女の方が強いぐらいだ」


 ダースゴールは的確に指摘する。


 たった一合結びあっただけで、そこまで分かるのは流石と言う他ない。実際に単純な強さだけなら、俺よりニーアの方が上だろう。


「大丈夫?」


「なんとかな」


「どうする?」


「ちょっと卑怯かも知れないけど二人で行くぞ!」


 俺とニーアは各々剣を構え、走りだす。その速度はダースゴール程ではないが、人間の速度を軽く超えている。


「面白いな! お前たち!」


 ダースゴールを挟むように両側から同時に剣戟を浴びせるが、ニーアの攻撃を自身の剣で受け、俺の剣はその場にしゃがんで躱す。そして次の瞬間には蹴りでニーアを吹き飛ばし、自由になった剣で俺の首を取りに来る!


「させるか!」


 俺は咄嗟に上空にジャンプし、ダースゴールの剣を躱すと、そのまま落下の重力にそってダースゴールの頭に剣を振り下ろすが、それも剣で受けられる。


 先ほど蹴り飛ばされたニーアも合流し、数分間、一進一退の攻防を繰り広げるが、どちらの攻撃も届かない。その間の俺たちの反応速度は異常なもので、二人とも竜の加護をそちらに全振りしている状態だ。


 そんな状態の俺たちが二人で切りかかっても、いまだにダースゴールの首は取れない。取れないどころか、ダースゴールからは余裕すら感じる。まるで俺たちとの斬りあいを楽しんでいるかのように。


「ハッ!!」


 一瞬構えたダースゴールが剣を横一線に薙ぐと、その剣圧に圧され、俺たちは後方に弾き飛ばされる。吹き飛ばされた俺たちをレフレオとフレイヤが背中でキャッチする。


「なるほどなるほど。レフレオ共和国にはこんな猛者がいるのか。まったく面白い進化を遂げたものだなお前たちは!」


 ダースゴールは豪快に笑い始めた。

 完全に手加減されていたのだろう。俺たちの力量をはかるために。


 もしもこれ以上やるとなると、俺もニーアも龍技に頼らざるを得なくなる。使ってギリギリ倒せるかどうかといったところだろう。それぐらい、彼我の戦力には開きがある。


「一体何が目的なんだ? ドラゴンの力を持っているとして、それがなんだというのだ」


 俺はダースゴールに問いかける。


 弄ばれているようで気分が悪い。だが全力で殺しにかかったところで、殺れるかはあやしい。良くて相打ち、下手したら返り討ちだろう。


「我はレムレース空域から降り立った者。簡単に言えば偵察だ。これから蹂躙する相手の情報を得るのは、当たり前だろう?」


 ダースゴールは堂々と言い放つ。


 蹂躙する相手? 蹂躙? レムレース空域はその名の通り空の上、雲の上にあるとされるドラゴンたちの空間だ。遥か昔に重力を操った闇のドラゴンが、上空に浮かせた浮島を中心に作ったとされる空域だ。


「それはできないはずだ。四体の偉大な守護竜様たちが、今も結界を張り続けている。イレギュラーはあるが、大規模な侵略などできるわけがない!」


 俺は言い返す。これが事実であることを願って。


 これはこの世界の前提だ。これは当たり前の話で、偽りの楽園を維持するための重要な舞台装置。


「いつまでその話をしているんだ? それはもう過去の話。四体の偉大なドラゴンたち。確かに強大な力を誇るドラゴンたちだ。しかし、それも永遠ではない。もうすでに結界の力と範囲は弱まっている。一〇年前に、それこそこの渓谷で殺しあったではないか! もう各守護竜が張れる結界は自国の周辺のみとなっている。だからどこの国土にも属していないこの土地は、結界が弱まっている。俺のような力の弱い者なら通れるだろう」


 力の弱い者……。コイツが? 竜騎士、ダースゴールが弱い? 冗談じゃない! いくら龍技を使っていないといっても、この国トップの騎士である、第一師団所属の俺たちが二人がかりでこのざまだ。


 レムレース空域には、もっと強力な敵が無数にいるとでもいうのか?


「驚いて言葉も出ないか? まあ良いだろう。有意義な時間だった。我は戻る。次にまみえる時は”お互い”本気で殺しあおう」


 それだけ言い残し、ダースゴールが姿を消した。一瞬にして気配が消え、レフレオの感知範囲外にまで離脱してしまった。


「どうする?」


「とりあえず任務は終了して戻るぞ。この件は早く伝えた方が良い」


 俺はそう言ってレフレオに跨った。

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