レムレース空域の竜騎士、ダースゴール襲撃からすぐのこと、俺たちは各々のドラゴンに跨り、主都イザバナを目指していた。
今回の襲撃で、絶妙なバランスの上に成り立っている国家間の関係が崩れる気がしたからだ。
この偽りの楽園は、あくまで空からの襲撃を守護竜様たちの結界で防げることが前提だ。それが崩れかけているとなると、我々人類のあり様は大きく変わってくる。というより、変わらざるを得ない。
「そもそも最初から分かっていた気もするんだよな」
「どういう意味?」
俺の呟きにニーアが反応する。
「いや、ニック司令官をはじめとした国の上層部たちは、この偽りの楽園が終わるかもしれないと言っていた。それに結界が弱まっているなら、そんなのはとっくに上層部が知っているはずだ」
「確かにそうね。だから私たちが今回の任務に選ばれたってこと?」
「そうだろうな。あの竜騎士と対等に渡り合えるのは、おそらく第一師団のメンバーぐらいだ。他のメンバーは今外に出払っているから、俺とニーアになったんだろう」
この任務中に空のドラゴン、若しくはレムレース空域の竜騎士が現れる可能性があったのだろう。そのための人選。それにあの竜騎士の言う通り、本当に結界が弱まっているのだとしたら、一〇年前に発生したダニール谷の悲劇も説明がつく。
一〇年前からか、若しくはもっと昔から結界が弱まっていたとしたら?
こうなると、いよいよ猶予はない。結界が弱まっているとはいえ、流石にドラゴンの大軍が押し寄せてくることはないが、あのダニール谷は今後ドラゴンと遭遇する可能性のある場所ということになる。当然、ダースゴールのようなドラグーンも同様だ。
「それにエタンセルの騎士たちが皆殺しにされたのもマズイ」
俺を乗せるレフレオはそう警鐘を鳴らす。
「確かにな……エタンセル側は、結界が弱まっていることは知っていても、実際にあの騎兵隊を皆殺しにしたのが、レムレース空域の竜騎士とは知らない。国境と国境のあいだに位置するダニール谷で殺されたんだ。十中八九こちらが殺ったと思われる」
ただでさえ混乱状態に突入しようとしている時に、人間同士で争っている場合ではないのだ。しかし残念ながら、確度の高い展開だと思う。
「はぁ~嫌だ嫌だ。レムレース空域とエタンセル王国を同時に敵に回すなんて、俺は御免だぜ?」
レフレオはそう言って、さらに足を速める。
本気になったレフレオは、今まで見たことがないほどの速度で踏破する。
あっという間にボルト樹林を越え、ナルム平原に突入する。ナルム平原の、名前に反して湿地帯な地面もお構いなし。レフレオは変わらぬ速度で駆け抜ける。
やや後ろを振り返ると、フレイヤもニーアを乗っけながらこの速度についてこれている。なかなか優秀なドラゴンと言っていい。本気のレフレオについてこれるドラゴンなど、そうはいない。
「ハンス! 前!」
斜め後ろのニーアが叫ぶ。
前には異形の者。数は二体。ダニール谷に向かう時に遭遇したのとは別の種族だが、それなりに手ごわそうな容姿をしている。
二足歩行という点は以前のと変わらないが、青白い筋肉質な体に狼の頭が生えている。獣人と呼んで差し支えないレベルの異形。
「ここは俺が!」
俺が剣に手をかけた時、レフレオが軽くジャンプする。
「いいから俺たちに任せろ!」
レフレオは飛び上がったまま、目の前の狼頭に食らいつき、そのまま自身の体を横に回転させ、首をねじ切る! 俺は全力でレフレオに掴まるが、何度も天と地が入れ替わり、若干気持ち悪くなってきた。
もう一体は、フレイヤの吐く爆炎によって一瞬で炭となる。
「大丈夫か? ハンス」
一応レフレオにも、俺を心配するだけの脳みそがあったらしい。
「お前……人が乗ってるときに繰り出す技じゃねえだろ?」
「すまん。ちょっとノリで……」
「その場のノリで技を決めるなよ! 他にもっとあっただろ?」
「まあ、普通に飛びかかって噛みついてもいけたな」
レフレオはとぼけた顔で答える。
「じゃあそれでいけ!」
俺のツッコミもどこ吹く風、レフレオは素知らぬ顔で走りだした。
まったく……レフレオは構ってあげないと、こういう絡み方をする悪い癖がある。本当に守護竜様の血族なのかコイツ……あれ? 守護竜様の血族?
「なあレフレオ。お前は守護竜様の血族なんだろ?」
「いかにも」
急に偉そうな口調に変えてきやがった……。
「それじゃあ結界が弱まっているという話は……」
「誓って知らない。守護竜様は俺なんかにそんな話をしない。あの方にとって、俺なんかよく喋るドラゴンぐらいの認識だろうさ。それよか、ハンスも聞かされていなかったんだな」
「なんでそこで俺が出てくる?」
俺は守護竜レフレオとはほとんど関係がない。お前と一緒にするな。
「何とぼけてんだ? お前は光の後継者だろ? 神話に出てくる未来の英雄にさえ、隠すことだったんだな」
レフレオに言われて気づく。
確かに神話に出てくる英雄として、レフレオ様に面会が叶ったのだ。他の竜騎士のメンバーよりは、近い距離間にあったはずだが、俺には何も聞かされていなかった。
「なんていうかアンタたち……あんまり期待されてないのね」
「それを言うなよニーア。若干傷ついてるんだぞ?」
「そうだそうだ!」
俺を乗せて再び疾走を開始したレフレオが参戦する。
期待されなかった英雄候補と、信用されなかった守護竜の血族。
よくもまあ、ここまで似た者同士のペアが組まれたものだ。
「もうすぐナルム平原を抜けるわよ!」
気落ちして、やや下向きな俺たちに浴びせられたのは、ニーアの憐れむような視線と報告だけだった。