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第19話ニーアとハンスの決意 2

「それで、何を整理したいんだ?」


 お酒を飲み始めて数時間後、日付も変わったころだ。レフレオはいきなり話を戻す。そのまま忘れられるかと思いきや、存外に記憶力は良いのかも知れない。


「頭の中をだよ。それ以外に何がある?」


「部屋の整理とか?」


「お前がいる限り無理だな」


「失礼な! 俺は守護竜様の血族だぞ!」


 レフレオはおどけた様子で叫び、大皿に入った酒をかっくらう。


 コイツにとって守護竜様の血族というのは、こういう冗談で話す程度のことなのかもしれない。


 あまり気負っているのを見たことないもんな……。


「そうじゃなくて、エタンセル王国はどういうつもりなのかなって」


 俺は話を切り出す。

 実際、一番不気味なのはエタンセル王国だ。


 レムレース空域の竜騎士も勿論脅威だし、危険極まりないのだが、目的はハッキリとしている。神話の通り、我々地上の人類を消し去るためだろう。


 しかしエタンセル王国はそうではない。


「エタンセル王国側だって、結界の弱体化は分かっているはずなのに、ダニール谷に向かわせたのは普通の騎兵隊。俺やニーアのような竜騎士を派遣することもない。ダースゴールが襲撃した際も、普通の騎兵隊だった。目的が分からない」


 仮にレフレオ共和国を攻めるつもりなら、逆にあれだけの騎兵隊では話にならない。


「偵察もあるだろうけど、どっちかといえば揺さぶり目的な気もする」


 レフレオはそう言って、再び酒を口いっぱいに流し込む。結構な量だ。


「揺さぶりか……」


「ああ。偵察と言い切るにはアイツら、あんまり忍んでなかったもんな」


 レフレオの言う通り、確かにまったく忍んでなかった。隠れる気が無いというか、むしろ俺とレフレオを発見して襲ってきたぐらいだ。となると偵察だけというよりも揺さぶりか?


「彼らが誰かに殺されることに、何か意味があったのかもな」


 俺もレフレオにならって酒を放り込む。飲んだ瞬間、ブドウとアルコールの匂いが鼻に広がり、喉が焼けるように熱くなる。


「もしも本当にエタンセル王国側が揺さぶりのために騎兵隊を出してきたとするのなら、今のところ大成功ということになる。一回目は俺とレフレオにやられ、二回目はダースゴールに殺されている。どっちも刀傷だから、向こう側の言い分としては、二回目もレフレオ共和国側にやられたと言える」


「それじゃあ揺さぶりと言うよりもテロに近いな」


「ああ。そう言う意味では、レフレオの言った揺さぶりという言葉、問題は誰に対して揺さぶりをかけているかという話になるが、対象は間違いなく……」


「俺たちレフレオ共和国だろうな。揺さぶりをかけてこっちの出方をみてるんだろう」


 俺とレフレオはそう結論付ける。

 今までのエタンセル王国の動きを考えると、そうとしか考えられない。


「それはそうと、エタンセル王国の竜騎士団はどんなもんなんだろうな? 今まで見たことがないが」


 俺は話をちょっと変える。

 実際、エタンセル王国の竜騎士団。要するにドラゴンの力を扱う者の戦力を、見たことがない。今まで国境付近に現れたのは、全て騎兵隊のみだった。


「あれ? お前知らないのか?」


「は? 何をだよ」


 俺は本当に何を言っているのか分からなかった。


「エタンセル王国に竜騎士団はいない」


「そんなわけ……」


「そう思うのも無理はないが、実際にいないぞ? レフレオ様から直接聞いた話だから間違いないと思う」


 レフレオは言い切った。


 守護竜様から直接聞いたこととなると、疑えなくなってくる。しかし本当に竜騎士がいないのだとすれば、異形の者に対して誰が対処しているのか? 騎兵隊でもやれなくはないだろうが、効率が悪い。効率が悪いというか、異形の者と対峙するたびに死者がでてしまう。それぐらい、異形の者というのは強力で危険なのだ。


 竜の加護で身体能力を底上げしていない普通の人間が、対峙して良い相手ではない。


「そもそもエタンセル王国については分からないことが多すぎる」


「基本的にはお互い無干渉だもんな~」


 これまで何度も話題に上がっているエタンセル王国だが、実際にはほとんど交流は無い。竜騎士見習いの際に受けた講義では、我々レフレオ共和国とエタンセル王国では、国の構造がまったく違うと言っていたのを思い出した。


「確かエタンセル王国は、国民の自由がほとんどないんだっけ?」


「さあな。そこらへんの人間同士の実情は、ドラゴンである俺には分からんね」


 レフレオはそう言って、体を床に敷き詰めた藁のクッションに預ける。


 そのまま微動だにしないところを見ると、完全に酔いつぶれたか普通に寝てしまったか、どちらにしても話はここまでだろう。


「ニーアはどう思ってるんだろう」


 俺はニーアに思いを馳せる。


 ニック司令官にダニール谷の悲劇の真実を聞かされた後の彼女の様子は、普通ではなかった。それ自体は無理のない話だ。彼女からしたらショック以外のなにものでもない。


 俺は何か行き詰った時は、大抵レフレオかニーアに相談してきた。今までがそうだったのだから、今回だって同じだ。レフレオに相談したのなら、今度はニーアだ。


 俺はゆっくりと立ち上がり、晩酌の片付けをしながら、遠いエタンセル王国を思い浮べる。


 もしもあの国と戦争になったら……。そんな不吉な考えが頭をよぎる。今は緊急事態なのだ。レムレース空域からの攻撃を、如何にして防ぐかがポイントであって、人間同士で争っている場合では無い。


 それはエタンセル王国側だって分かっているはずだ。


「やはり俺は一人ではダメだな……」


 明日ニーアと話そう。彼女の意見も聞いてみたい。



 ……何が光の後継者だ。

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