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第20話ニーアとハンスの決意 3

 翌朝、まだまだ酒の抜けてないレフレオを自室に蹴り入れ(重すぎて動かせないためレフレオを叩き起こし)顔を洗って家を出る。向かう先はニーア宅。


 男一人で女の家に向かうことに昔は抵抗があったが、ニーアが俺の家に入り浸るようになってからは、なんとも思わなくなっていた。




 ニーアの家は意外なことに、ラジックタワーからは結構遠い。


 普通に歩いて一時間少々かかるだろうか? 彼女の普段の明るい性格からは想像できないが、静かな場所に住むのが好みなのだそうで、イザバナの郊外に住居を構えている。


 その住居こそ、今俺の目の前にそびえ立っているニーア宅。


 ひっそりと過ごしたいという彼女の願いとは裏腹に、外見はまったくひっそりとはしていない。おそらくここら辺で一番目立つ建物だろう。イザバナのキース通り付近であればまだしも、郊外の静かな住宅地に、この外観はいただけない。


 彼女の給金は、当然竜騎士団の中でもトップに分類される金額で、それが住宅のサイズにも表れている。


 二階建ての一軒家で、外壁の色は彼女のイメージカラーである赤を基調としたものに、ところどころ青色の渦が描かれていて(渦の理由はなんとなくだそう)その専有面積はそこらの民家の二倍は軽く超えている。壁にはほとんど木材は使用されておらず、イザバナの最高技師たちが鉄と金を配合した、良く分からないが、とにかく頑丈な素材が使用されている。


「相変わらず目立つな、この家……」


 俺が呆然と見上げていると、ドアが開かれる。


「ハンス? 何か用?」


 開けられたドアの前に立っていたのは、完全オフモードのニーアだった。


「ちょっと相談したくてさ」


「あ~いつものあれね」


 ニーアはニヤッと笑う。

 いつものあれとか言われると、人が発作を起こしたみたいじゃないか。


 まあ俺にとっては相談でも、彼女からしたらただ聞いているだけなのかも知れないけれど。


「とりあえず入って」


 ニーアに誘われるまま部屋にお邪魔すると、前に来た時とほとんど変わっていなかった。


 一階は一部屋だけで、来客が来た時に使用するだだっ広い部屋だ。


 俺の家とは違い、ちゃんとテーブルとイスが置かれ、彼女のイメージカラーである赤い皮製のソファーがどっしりと構えている。テーブルには金色のテーブルクロスが敷かれ、高級感を演出していた。壁に窓は無く、外から中を覗けないようになっている。


「変わらないな」


「そうしょっちゅう家が変わってる方がおかしいわよ」


「それもそうだな」


 俺は椅子に腰掛ける。


「珍しいわね」


「何がだ?」


「ハンスがレフレオと離れて行動していることがよ」


「そりゃあそんなときもあるさ」


 俺とレフレオってそんなに二人で一つ感ある? この場合は一人と一体だが、別々の生き物なのだから別行動だってするさ。


「ハンスたちは、どちらも普通じゃない。ハンスは光の後継者として、レフレオは守護竜の血族として、お互いに似た境遇、似た悩みを抱えてる者同士、言い方がちょっと悪くなっちゃうけど、傷の舐めあいみたいな、そんな共依存な関係だと思っていたから」


「そこまで依存しちゃいないさ。確かに良き理解者ではあるけれど」


 反論しながらも、否定できないのは分かっていた。彼女の指摘通り、俺とレフレオはそういう特殊なポジションにいる者同士、上の人間たちの思惑でくっついたパートナーだ。お互いがどこかで感じていた重圧を、二人一緒にいることで緩和していたのは間違いない。


「だけどそれはニーアも一緒だぞ?」


「え!? 私?」


 ニーアは意外そうな顔をする。

 何を今さら……確かに特殊性でいったら、俺とレフレオの方が特殊かも知れないが、ニーアの強さと性格だって、規格外もいいところだ。


「俺が頼れるのはレフレオとニーア、君たち二人だけなんだ。それにニーアだって、十分特殊なポジションだぞ?」


「私は全然普通の、そこらへんに転がっている竜騎士よ?」


 ニーアは謙遜するが、冗談じゃない。

 この国最強の竜騎士”炎撃のニーア”の二つ名を誇る最強騎士が、特殊じゃないわけがない。それに、そこらへんに辺り一帯を業火で焼き尽くす女がいてたまるか!


「顔が笑ってるぞ」


「流石に自分でも言ってて無理があると思ったわ」


 ニーアはクスリと笑うと、俺の対面の席に座る。


「それで……大体予想はつくけど、話ってなにかしら?」


「今回の騒動というか、指令室で聞いた話。ニーアはどう思った?」


「結構ざっくりとした相談ね」


 ニーアはそのまま黙る。視線を右斜め下に向けている。あれは彼女の考えている時の癖だ。


「ダニール谷の件はショックではあったわ。私の両親が死んだのはドラゴンのせいだと思っていたけれど、実際はレムレース空域の竜騎士に殺されたということ。だからちょっと後悔しているの」


「後悔?」


「ええ。もしかしたらダースゴールは、一〇年前のダニール谷で私の両親を殺したんじゃないかって」


「そんなこと……」


 ないとは言い切れない。ダースゴールの見た目は、俺やニーアよりも二回りぐらい年齢が上な印象を受ける。


「だからあの時、全力を出してでも殺しとけば良かったって……」


「危険すぎる。正直言って全力で、龍技まで使ったとしても勝てたかどうか……」


「分かってる。でも私は信じているわよ? 私とハンスが全力で立ち向かえば、倒せない相手はいないって」


 ニーアは本当にそう思っているのか、ハッキリと断言する。


「買いかぶり過ぎだ」


「なに謙遜してるのよ。私はこの国最強の竜騎士、ハンスは光の後継者。この二人が揃って勝てない相手なんていないわ」


 確かにそういう言い方をすれば、誰にでも勝てるように錯覚してしまうが、実際はそんなことはない。それは俺が一番わかっている。


「ハンス。貴方に足りないのは根拠の無い自信よ? 私たちみたいに命を張る立場なんて、ちょっと自信過剰ぐらいがちょうどいいんだから」


 これはまったくその通りかもしれない。俺は確かに自信が足りない。彼女に言われたら、なおさらそう思う。光の後継者という名と、現実の自分をいつも比べてしまっていた。無意識にハードルを上げてしまっていたのだ。


「そう……だな。いざという時は任せろ」


「その意気よ!」


 ニーアは嬉しそう笑うと「ちょっと待ってて」といってキッチンに姿を消すと、数分後には両手にゴブレットを持ちやって来た。渡されたゴブレットの中を覗き込むと、上品なワインの香りがした。


「昼間っから酒か?」


「良いじゃない。今日ぐらい」


「いつもだろ」


 俺とニーアは互いのゴブレットを軽くぶつけた。

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