翌朝、まだまだ酒の抜けてないレフレオを自室に蹴り入れ(重すぎて動かせないためレフレオを叩き起こし)顔を洗って家を出る。向かう先はニーア宅。
男一人で女の家に向かうことに昔は抵抗があったが、ニーアが俺の家に入り浸るようになってからは、なんとも思わなくなっていた。
ニーアの家は意外なことに、ラジックタワーからは結構遠い。
普通に歩いて一時間少々かかるだろうか? 彼女の普段の明るい性格からは想像できないが、静かな場所に住むのが好みなのだそうで、イザバナの郊外に住居を構えている。
その住居こそ、今俺の目の前にそびえ立っているニーア宅。
ひっそりと過ごしたいという彼女の願いとは裏腹に、外見はまったくひっそりとはしていない。おそらくここら辺で一番目立つ建物だろう。イザバナのキース通り付近であればまだしも、郊外の静かな住宅地に、この外観はいただけない。
彼女の給金は、当然竜騎士団の中でもトップに分類される金額で、それが住宅のサイズにも表れている。
二階建ての一軒家で、外壁の色は彼女のイメージカラーである赤を基調としたものに、ところどころ青色の渦が描かれていて(渦の理由はなんとなくだそう)その専有面積はそこらの民家の二倍は軽く超えている。壁にはほとんど木材は使用されておらず、イザバナの最高技師たちが鉄と金を配合した、良く分からないが、とにかく頑丈な素材が使用されている。
「相変わらず目立つな、この家……」
俺が呆然と見上げていると、ドアが開かれる。
「ハンス? 何か用?」
開けられたドアの前に立っていたのは、完全オフモードのニーアだった。
「ちょっと相談したくてさ」
「あ~いつものあれね」
ニーアはニヤッと笑う。
いつものあれとか言われると、人が発作を起こしたみたいじゃないか。
まあ俺にとっては相談でも、彼女からしたらただ聞いているだけなのかも知れないけれど。
「とりあえず入って」
ニーアに誘われるまま部屋にお邪魔すると、前に来た時とほとんど変わっていなかった。
一階は一部屋だけで、来客が来た時に使用するだだっ広い部屋だ。
俺の家とは違い、ちゃんとテーブルとイスが置かれ、彼女のイメージカラーである赤い皮製のソファーがどっしりと構えている。テーブルには金色のテーブルクロスが敷かれ、高級感を演出していた。壁に窓は無く、外から中を覗けないようになっている。
「変わらないな」
「そうしょっちゅう家が変わってる方がおかしいわよ」
「それもそうだな」
俺は椅子に腰掛ける。
「珍しいわね」
「何がだ?」
「ハンスがレフレオと離れて行動していることがよ」
「そりゃあそんなときもあるさ」
俺とレフレオってそんなに二人で一つ感ある? この場合は一人と一体だが、別々の生き物なのだから別行動だってするさ。
「ハンスたちは、どちらも普通じゃない。ハンスは光の後継者として、レフレオは守護竜の血族として、お互いに似た境遇、似た悩みを抱えてる者同士、言い方がちょっと悪くなっちゃうけど、傷の舐めあいみたいな、そんな共依存な関係だと思っていたから」
「そこまで依存しちゃいないさ。確かに良き理解者ではあるけれど」
反論しながらも、否定できないのは分かっていた。彼女の指摘通り、俺とレフレオはそういう特殊なポジションにいる者同士、上の人間たちの思惑でくっついたパートナーだ。お互いがどこかで感じていた重圧を、二人一緒にいることで緩和していたのは間違いない。
「だけどそれはニーアも一緒だぞ?」
「え!? 私?」
ニーアは意外そうな顔をする。
何を今さら……確かに特殊性でいったら、俺とレフレオの方が特殊かも知れないが、ニーアの強さと性格だって、規格外もいいところだ。
「俺が頼れるのはレフレオとニーア、君たち二人だけなんだ。それにニーアだって、十分特殊なポジションだぞ?」
「私は全然普通の、そこらへんに転がっている竜騎士よ?」
ニーアは謙遜するが、冗談じゃない。
この国最強の竜騎士”炎撃のニーア”の二つ名を誇る最強騎士が、特殊じゃないわけがない。それに、そこらへんに辺り一帯を業火で焼き尽くす女がいてたまるか!
「顔が笑ってるぞ」
「流石に自分でも言ってて無理があると思ったわ」
ニーアはクスリと笑うと、俺の対面の席に座る。
「それで……大体予想はつくけど、話ってなにかしら?」
「今回の騒動というか、指令室で聞いた話。ニーアはどう思った?」
「結構ざっくりとした相談ね」
ニーアはそのまま黙る。視線を右斜め下に向けている。あれは彼女の考えている時の癖だ。
「ダニール谷の件はショックではあったわ。私の両親が死んだのはドラゴンのせいだと思っていたけれど、実際はレムレース空域の竜騎士に殺されたということ。だからちょっと後悔しているの」
「後悔?」
「ええ。もしかしたらダースゴールは、一〇年前のダニール谷で私の両親を殺したんじゃないかって」
「そんなこと……」
ないとは言い切れない。ダースゴールの見た目は、俺やニーアよりも二回りぐらい年齢が上な印象を受ける。
「だからあの時、全力を出してでも殺しとけば良かったって……」
「危険すぎる。正直言って全力で、龍技まで使ったとしても勝てたかどうか……」
「分かってる。でも私は信じているわよ? 私とハンスが全力で立ち向かえば、倒せない相手はいないって」
ニーアは本当にそう思っているのか、ハッキリと断言する。
「買いかぶり過ぎだ」
「なに謙遜してるのよ。私はこの国最強の竜騎士、ハンスは光の後継者。この二人が揃って勝てない相手なんていないわ」
確かにそういう言い方をすれば、誰にでも勝てるように錯覚してしまうが、実際はそんなことはない。それは俺が一番わかっている。
「ハンス。貴方に足りないのは根拠の無い自信よ? 私たちみたいに命を張る立場なんて、ちょっと自信過剰ぐらいがちょうどいいんだから」
これはまったくその通りかもしれない。俺は確かに自信が足りない。彼女に言われたら、なおさらそう思う。光の後継者という名と、現実の自分をいつも比べてしまっていた。無意識にハードルを上げてしまっていたのだ。
「そう……だな。いざという時は任せろ」
「その意気よ!」
ニーアは嬉しそう笑うと「ちょっと待ってて」といってキッチンに姿を消すと、数分後には両手にゴブレットを持ちやって来た。渡されたゴブレットの中を覗き込むと、上品なワインの香りがした。
「昼間っから酒か?」
「良いじゃない。今日ぐらい」
「いつもだろ」
俺とニーアは互いのゴブレットを軽くぶつけた。