ニーアの自宅で相談という名の飲み会を行った翌日、俺とレフレオはニック司令官から、カーリルトに出没する異形の者の対処を命じられた。
カーリルトはイザバナから遠く離れた国境ギリギリに存在する村で、当然、国境沿いの三分の二を占めるダニール谷にも近い地域だ。
ニック指令曰く、村に駐屯していた第二師団六名で挑んで全滅したらしく、カーリルトの村は勿論のこと、遠く離れたイザバナでもニュースとなっている。
「そこで、必ず勝てるであろう俺を放り込んでサクッと倒すことで、国民の不安を取り除こうという魂胆か」
俺はレフレオの背中の上で上下に揺れている。
返事がないのは、レフレオの口に巨大ネコの死骸がぶら下がっているからだ。
今回の任務にあたり、早速約束を果たすべく、若干遠回りにはなったがボルト樹林を通ってからカーリルト村に向かっている道中である。
ちょうどボルト樹林とカーリルト村の半分ほどだろう。道は当然のように舗装などされておらず、原っぱが広がり、時折遥か昔の崩壊した建物の残骸が転がっている。
それから数時間、沈黙のまま歩いていた俺たちに雨が降り注ぐ。
「さっきまで晴れていたのに……」
レフレオは毒づいて、近くにあった遺跡の陰に隠れ雨を凌ぐ。
隠れた遺跡はコンクリートと呼ばれる固い金属のようなもので構成されており、その外壁にはツタが絡み、建物は半壊していた。建物の入り口には赤い十字のマークがあることから、この建物はその昔病院だったのだろうと推測できた。
今のレフレオ共和国でも病院のマークは赤い十字で、歴史の授業で習ったところによると、分かりやすいため昔のマークをそのまま用いたそうだ。
「お前もう食ったのか?」
「ああ。美味かったぞ!」
巨大ネコを一匹丸々腹に収めたレフレオは上機嫌だ。
レフレオが巨大ネコの味を気に入ってしまったがために、ボルト樹林から巨大ネコが消えてしまうのではないかと心配してしまう。連れて行く頻度は極力抑えよう。
「また行きたいな!」
「まあ、機会があればな……」
目を輝かせるレフレオから顔を背け、急に豪雨となった外を遺跡の屋根の下から眺める。
「しかしこんな雨の降り方ってあるかね?」
「確かに妙だな」
俺の疑問にレフレオも同意する。
レフレオ共和国はその土地柄、雨自体は降るものの、突然の豪雨といった天気の急変はほとんど起きない地域だ。山が連なっているダニール谷であれば、こういった気象変動はよく起きるのだが、平地であり、ダニール谷からもまだまだ距離のあるこの地域では珍しいのだ。
「立てハンス」
「ああ分かってる」
俺とレフレオは立ち上がり気配を探る。
間違いなく人間ではない者の気配がする。
俺は剣を抜き、前方へ構える。気配は異形の者のそれだろう。この天気の急変といい、嫌な予感はしていたんだ。
「もしかして”クリーマ”か!?」
「だとしたらマズい。慎重に行くぞ!」
レフレオが口にした”クリーマ”というのは、数年に一度しか目撃例がない、極端に強い異形の者の名称だ。突然変異だとも呼ばれており、共通して第一師団所属の竜騎士と、同程度の力を誇ると言われている。
「近いな……」
俺とレフレオは気配がすぐ近くにあるのにもかかわらず、姿を見せない敵に心臓が高鳴る。
おかしい!
気配だけなら隣にいるようなものなのに!
そう思った瞬間、背後に冷たい気配がした。振り返る余裕はないと判断した俺は、身を伏せながら前方に転がり出ると、さっきまで俺がいたところを水の刃が通過していた。
急いで振り返ると、レフレオが噛みつこうとするのをジャンプして躱し、遺跡の屋根をぶち破って、壊れた屋根の一部に着地した。
そいつは全身青色の皮膚をした(あれが皮膚なのかすら分からないが)人型で、ところどころに黄緑色の光る部分が、青色の表面を走っている。
もはや生物なのかすら怪しいその異形は、左手を水の刃に変えて俺に飛びかかる!
咄嗟に剣で受けるが、その速度は凄まじく、降り注ぐ水滴を弾く音しかしなかった。
「アイツよりは遅い!」
俺は先日交戦したダースゴールの動きを頭に思い浮べながら、剣を振るい弾き飛ばす。
「ハンス! 一旦引こう! 情報が無さすぎる!」
レフレオが叫ぶ。
そんなの分かっている。撤退すべきなのは分かっているが、そう易々と引かせてくれそうにない。
「死ね!」
俺は竜の加護を両足に集中し、雨が地面に落ちるよりも速く距離を詰め、異形の首を狙うが、異形も俺のスピードに反応し、水の刃で受け止める。
今のを防ぐのか!?
こんな異形見たことがない!
俺は驚きと共に異形の顔を見ると、目も鼻も口も無いのっぺらな顔だが、なんとなく驚いた様子が感じられた。
おそらくコイツも、ここまで速く動ける人間の存在を知らないのだろう。
それから何合か撃ち合うがまったくの互角。
「ハッ!」
最後に俺が異形を弾き飛ばすと、遺跡に衝突するかに思えた異形は、そのまま水となって姿を消してしまった。
「何処に行った?」
「分からない! 匂いも辿れない!」
レフレオが匂いを辿れないとすると、本当に遠くに行ったか、消えたかのどちらかだ……。
「大丈夫か?」
レフレオが俺を心配するように見上げる。
俺の手はさっきの打ち合いで震えていた。
「なんとかな」
俺は自身の心の内に芽生えた不安を誤魔化すように空を見上げると、さっきまでの豪雨が嘘みたいに晴れ渡っていた。