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第23話辺境の村、カーリルト 3

「あの……貴方が村長ですか?」


 俺は恐る恐る声をかける。


「やっぱり村長っぽくはないよな。俺は今日就任したばかりだよ」


「どういう事です?」


 村長がこのタイミングで変わることなんてあり得るのか? 今は村の非常事態。こういう時こそ、村長が中心となって物事を決めていくものと思っていたが。


「その……三日前に殺された。いや、食われたと言った方が正確かもしれない。この村に異形が出たことは知っているよな? その調査のために村長自ら、村の外に出たんだ。それから半日経っても帰ってこないから、ちょうど巡回にやって来た竜騎士の連中に事情を説明して見に行ってもらったんだ。そしたら彼らも……」


「帰ってこなかったと?」


「ああ。夜が明けて日が高く登るのを待ってから見に行ったら、もう……」


 そこから彼は黙ってしまった。


 表情から察するに、相当見たくないものを見たのだろう。


 先ほど食われていたと言った方が正確かも知れないと言っていたが、それはつまり食い散らかされた死体を見てしまったということだ。


 俺たち竜騎士であれば、死体を見ることにある程度慣れている。けれども、偽りの楽園の中でぬくぬくと暮らしていた一般人が、化け物に食い荒らされた人間の死体など見てしまえば、そういう反応にもなるだろう。


「安心してくれ。その犯人である異形を殺すために、俺は来たのだから」


 俺は若い村長の肩に手を置き、安心させる。今この村には安心がなによりも必要だ。そのためには絶対にあの異形、クリーマを始末しなければならない。


 この村長の態度が、そのまま村人たちの態度とリンクしている。集団において、上の立場の人間が不安がっていると、その不安は下の者たちにまで伝播する。


「もう一度言う。安心しろ。君が揺らいでいては、この村はいつまで経っても落ち着かない。俺はこの国で五本の指に入る程度には強い。だから安心しろ。俺が必ずあの異形を殺す!」


 俺は大きく宣言する。

 何も嘘はついていない。


 強さもこの国で五本の指には入るだろう。というより入っていないとマズイ。腐っても光の後継者とされた俺が、そこに入っていなくては意味がない。


 俺の脳裏に浮かぶ最強は、間違いなくニーアだ。炎撃のニーア。彼女が一緒だったら、どれだけ楽だったろう。ついついそう思ってしまう。


 しかし俺は首を振る。否定する。今の甘ったれた考えを否定する。ここには俺しかいない。異形と戦える者は俺しかいない。だからやるのだ、殺すのだ。


「貴方一人でやるのか?」


 若い村長は信じられない者を見るように、俺を見つめる。


 真っすぐなその視線には、希望と不安が同居している。

 今は良い。今はそれでいい。俺が異形を殺した暁には、その瞳に不安は混じらせない!


「俺は相棒のドラゴンと一緒だ。俺は敵の居場所を探るから、君は君のやれることをするんだ」


 力強く言い残した俺は、暖簾をくぐって外に出て、暇そうにくつろいでいるレフレオの元へ向かう。


「随分とやる気に満ち溢れているじゃないか。珍しいな」


 レフレオはどこか嬉しそうに語る。


 珍しいかな? でもそうかもしれない。一番近くで見てきたコイツがいうのだ。間違いないだろう。


「珍しいか? いつもと一緒さ」


 俺はそう言ってレフレオの背中に再び飛び乗る。


「何処へ行く?」


「アイツの住処を探しに。三日前に竜騎士六名と、ここの村長、合計七名を殺害している。もっと言えば食べている。残った肉体を巣に貯め込んでいる可能性がある」


 敵が襲撃するのを待っていたら、どんな被害が出るか分からない。


 負けるつもりは毛頭ないが、生憎こっちは一人だ。一人でこの村全てをカバーするのには限界がある。異形がただ単に食料を求めて人を襲うのか、それとも殺し合いが楽しくて人を襲うのかによって対応が変わってくる。


 殺し合いが楽しいタイプなら、間違いなく俺をもう一度襲撃してくるはずだ。さきほどの戦いで、一筋縄ではいかない相手だと理解しただろうから。


 しかし単純に食料として人を見ている場合、対処がめんどくさい。この場合だと、簡単に殺せない俺を襲うことはまずない。絶対に無防備な村人を襲うだろうから。


「どうであれこっちから仕掛ける方が有利だな」


 レフレオはそう結論付ける。


 シンプルだが間違ってはいない。


 どちらのパターンであれ、奇襲をかけられるのであれば、それにこしたことはない。


「とりあえず村長を含めた竜騎士たちが殺されていた場所に向かおう。巣はそこから近い可能性がある」


「じゃあ向かいますかね」


 レフレオはご機嫌そうに歩き出す。


「なんで嬉しそうなんだよ」


 これから人喰いの異形と一戦交えようとしている時に、不謹慎なオオトカゲだ。


「いやいや、確かに危険な相手だけど、俺はなにより嬉しいのさ」


「何が?」


「だって、お前がそこまでやる気を出していることなんてほとんど無いじゃないか。違うかい? ハンス」


 レフレオは試すような目で俺を見る。


 癪だが事実なのには変わりない。俺は今久しぶりに燃えている。心に光が宿っているかのような、そんな錯覚に陥るほどだ。


「いいや。何も違わないよレフレオ。久しぶりに複数名の人死ひとしにが出た事件だ。気合いも入るさ」


 俺の答えに満足したのか、レフレオはそのまま黙ってしまった。


 黙り込んだ一人と一体は、周囲の気配に気を配りながら、七名が殺されたポイントへ向かって歩き出した。

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