「ここであってるのか?」
「そのはずだけどな」
俺とレフレオは竜騎士たちが殺された現場に来ていた。
場所は村から小一時間程歩いた先、ダニール谷と村の狭間にある湖のすぐそば。村人曰く、ここに近寄る者はほとんどいないのだそう。
前々から土着の異形が姿を現すスポットとして有名で、死亡事件こそ起きていなかったものの、基本的には近づくことを避けてきた土地だ。
「前から異形が出る場所という認識はあったみたいだけど、今回問題となっている個体はいなかったらしい」
「じゃああれはまだ生まれたてってことか」
レフレオはさらりと恐ろしいことを口にする。
基本的に土着の異形は、生きている年数によってその強さが段階的に上昇する。人間に危害を加えられるレベルまで成長しなければ、こちらから存在を把握することは難しいため、そこが土着の異形の寿命と呼ぶ者も多い。
その段階にまで到達するためにおよそ一〇年はかかると言われている。
それがあのクリーマに至っては、生まれたてかもしれないという。
「突然変異体ってことか」
「たぶんな。元々ここらに生息していた土着の異形が、突然変異を起こしたのがあのクリーマだろう」
突然変異体であれば、あの強さは納得がいく。普通の土着の異形で、あのレベルに到達する者はいまだ見たことがない。
俺たちは湖の周りを一周することにした。
湖の周囲は妙に厳かな雰囲気が漂い、カエルの鳴き声もしなければ、魚が水面を跳ねる音もない。完全なる無音の世界。ここは決して普通の生物がいない土地ではない。それなのにこの静けさはどういう事だろうか?
「気配は?」
「今のところまったくだな」
俺よりも気配察知能力の高いレフレオに尋ねるが、空振り。しかし絶対に何かあるはずだ。何もなしにこの空間は形成されない。
そう思った矢先、湖の中心に向かって突き出た岩の上に赤黒い塊が見えてきた。
「酷い臭いだな」
俺は鼻を塞ぐ。レフレオは顔を背ける。
岩の上にある赤黒い塊は、放置されて腐った人肉だった。
その肉は酷く腐敗が進み、見たこともないウジ虫が湧いている。臭いはきつく、まともに嗅いでしまえば眩暈でも起こしそうなほど。
「お前はどうする?」
レフレオに尋ねると、首を横に振って拒否の意志を返してきた。要するに俺一人で行ってこいということらしい。薄情なオオトカゲだと心の中で悪態をつき、慎重に湖の岩の上に向かって進む。
歩を進めるほどに悪臭は強くなり、吐きそうになる。
ようやく眼前にまで辿り着いたそれは、大きさにして成人の上半身ほどの大きさで、部位は判別つかない。七名分の死体があった中で、残ったのがこれだけだとすると、相当な大食いか、他に仲間がいるかだが、仲間がいるパターンは除外する。
所謂”クリーマ”と呼ばれる、土着の異形の突然変異体は、元の集団にいた種族を軒並み殺して最初に食べてしまうという習性がある。だからクリーマは常に一人でウロウロし、道行く人に牙をむく。
「相当な食いしん坊さんだな。レフレオといい勝負だ」
「なに! お前ふざけんなよ!」
どうやら俺の独り言が聞こえていたらしく、遠く離れた場所からレフレオの暴言が耳に届く。
ふざけるもなにも事実だろうに……。
俺は軽くため息をして周囲を観察する。
この肉片以外には何もない。周囲の岩肌には飛び散った血痕が見て取れるが、この肉片の大きさや腐り方から考えても、付近に飛び散っている血痕の量は不思議なほど少ない。
普通これだけの大きさの肉片が三日ばかりでここまで腐るのなら、それ相応の水分が、つまり血液がなければおかしい。しかしそれがない。
「随分とお行儀よく食べたのか、それとも……」
主目的は肉ではなく、血液の方だとしたらどうだろう?
俺がカーリルト村に来る途中に襲ってきたアイツが犯人だとするのであれば、たった三日間で成人男性七名分の死体を食べてしまうとは考えにくい。人間とさほど変わらないサイズでその量を食べるとは思えない。
つまりは吸血生物ということが考えられる。
じゃあ見るべきは……。
俺は見たくないと思いつつも、湖の底を覗き込む。湖の水は透明とまではいかないが、湖底を確認するには十分だった。
プカプカと浮かぶ小魚の死体を手で払い、湖底を見ると、そこにはバラバラに引きちぎられた肉片が乱雑に沈められていた。
「これで決まりか……」
俺は立ち上がり、改めて湖の周囲を観察する。
ここら一帯に他の生物がいない理由が判明した。有り体に言えば、全て食われたのだ。いや、この場合は食われたではなく、吸われたと表現した方が正しいのかも知れない。
だからここには生物がおらず、今目の前にある肉片が最後の食料だった可能性が高い。
「そうなると次なる獲物を狙って動き出す……」
俺がレフレオの元に戻ろうと歩き出したとき、大声でレフレオが叫ぶ!
「構えろハンス! 奴の気配がする!」
レフレオが叫ぶと同時に、さっきまで晴れていた空が急に暗くなり、ポツポツと湖に波紋を広げ始めた。