「また急な雨か!」
俺は剣を構えながら周囲を警戒する。
「アイツの能力かなにかと関係があるのかも知れない!」
いつの間にか俺の真横に移動していたレフレオは、そう推測する。確かに二回とも偶然通り雨が、奴の出現のタイミングと一致するとは考えにくい。
「奴の気配は?」
「分からん。近くにいる気配はするが、全体に溶け込んでいるようなそんな感覚……」
「来た!」
レフレオの言葉が終わるか終わらないうちに、奴が真上から俺たちに襲い掛かる。
俺は剣で奴の水の刃を受け止め、はじき返す。
弾かれたクリーマは、湖のど真ん中に着地する。
「おいおいマジかよ。水の上に立てるのか!?」
「やはり水に対して親和性のある異形か?」
本当にそうだとするとかなりマズイ。まだ相手の能力はハッキリしないが、ここには水が多すぎる。奴が立っている湖は勿論、勢いが強くなってきたこの雨もだ。
今のところ奴に関して分かっているのは、異様な移動速度による急襲、水の刃に変形した切りかかり。出現時には雨が降り始めるというところだろう。
「ハンス! あれ!」
レフレオが叫ぶと同時に、クリーマは湖の水を持ち上げていた。両手を自身の真上に高く掲げ、その先には大岩程の水の塊が円形になって宙に保たれている。
「水ならなんでもありっぽいな」
俺は首を横に振る。
冗談じゃない。そんな龍技みたいなことをしてくる異形など、聞いたことがない。
やはりクリーマであることは確定だが、どうもただのクリーマでもなさそうだ。強さは勿論のこと、天候まで操るクリーマがいるとは思わなかった。
クリーマは奇声を発しながら巨大な水の塊をこちらに向かって放り投げる。
視界一杯に水が押し寄せてくる!
想像以上の迫力を持って、水の塊が押し寄せてきた!
「任せろ!」
レフレオは口を大きく開けると、周囲の空気を軒並み吸いつくさんばかりに体内にため込み、そのまま一気に吐き出した。
レフレオの口から放たれた空気の塊は、まるで嵐のような勢力を誇り、クリーマの水の塊と正面から衝突する。どちらが圧し勝つかという展開にはならず、ぶつかった瞬間にレフレオの空気弾が水の塊を吹き飛ばし、クリーマが立っていた場所に衝突する。
直前で湖から飛び退いたクリーマは、ギリギリで直撃を避け、眼前の光景を見守っていた。
まるで嵐のように湖の真上で衝突した空気と水の塊は、そのまま破裂し、周囲に水が混じった突風をまき散らす!
「お前……普段手を抜いてただろ?」
「……すみません」
俺はレフレオを褒める代わりに苦情を申し入れる。今までこんな大技出しているところを見たことがない。
再びクリーマに意識を向けると、そこに奴はいなくなっていた。
「消えた?」
「油断しない方が良い」
能天気に消えたと思っているオオトカゲに釘をさす。
今までの行動パターンから考えれば、奇襲をしてくること請け合いだろうに。呑気なオオトカゲだ。
「後ろ!」
俺は振り向きざまに剣を、左斜め下から、右斜め上に向かって繰り出すが、クリーマは俺のその動きを読んでいたのか、バックステップで躱すと、もう一度姿を消す。
「厄介すぎるな」
「何とかならないのか?」
レフレオは首を振りながら打開策を考えているようだが、正直なんとも言えない。
クリーマのあの奇襲が、単純な移動速度によるものでは無いことぐらい分かっている。何かしらの能力の恩恵か、カラクリがあるに違いないのだ。
俺とレフレオは全方位対応できるように、背中合わせになって警戒を強める。
敵の能力を見極めることが肝要だ。
あんな具合にホイホイ消えられては、龍技も使いにくい。
あのクリーマの能力はなんだ?
とにもかくにも全て水が関係しているのは間違いない。
そして出現時には雨。
奴は水を掴んで投げることができる。水場を根城とするアドバンテージは、そこで発揮している。見せている。
では雨はどうだ? もしも本当にコイツが能力で降らせているとしたら、何のために? 天候を操作するというのは、当然ながら並大抵の力の消費では叶わない。それ相応のリスクがある。
どうしてクリーマは今のところ効果的に使えていない雨を、自身の能力ダウンと引き換えに降らせている? まさか気分が良いからみたいな理由では無いだろう。
そうなると雨の理由はなんだ? 何ができる? 何が狙いだ?
俺は剣を構えながら、周囲を警戒しながらも、思考の海に沈んでいく。
奴は水を掴むことができる。つまり水と混ざることができる。要するに水に溶け込むことができる? 水に溶け込むか……そんなことできるのか? でもできるとしたら納得がいく。ここまで気配を紛らわしくできるのも頷ける。
前回に襲われた時、雨宿りをしていたところ、気配が隣にいるような感覚のまま襲われた。つまりクリーマは……。
「レフレオ! さっきの技、もう一度できるな?」
「そりゃあできるけどどうするんだ? 何処にいるか分からん奴にあんな大技当たらないぞ?」
レフレオの回答は至極当然だった。
勿論、普通に考えたらそうだろう。素直に考えたら、あんな大技、敵にぶつけるぐらいしか使い道はなさそうだ。だけどそうじゃない。今回は真っ当な使用方法は取らない。撃つべき対象はクリーマではない。
「上だレフレオ。今ここに雨を降らせている雨雲を消し飛ばせ! この雨一粒一粒の中に、クリーマは姿を忍ばせて奇襲している!」
「なに!? お前、違ったら後で肉でも食わせろよ!」
レフレオは一言だけ吐き捨てると、再度大きく口を開け、周囲の空気を吸い込み始めた。