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第26話異形の者、クリーマ 3

「頼むぞレフレオ!」


 俺は警戒を怠らずに、レフレオの一撃に祈りを込める。この一発が状況の打破となりますように!


「いけ!」


 俺の号令と共に吐き出された、圧縮された空気の弾丸は空高く舞い上がり、どす黒い雨雲のど真ん中に風穴を開ける。


 レフレオが放った空気弾の隙間から陽光が射したかと思うと、放たれた空気弾が雨雲の中心部で爆発する。


 耳をつんざくほどの轟音と振動を伝えながら、空を覆っていたどす黒い雨雲が、小さな穴から円形に一気に吹き飛んでいく!


 レフレオが放った渾身の一撃は、確実に天候を変えたのだ。


「次は俺の番か……」


 タネさえ割れてしまえば容易いもの。自慢のカラクリが破壊されたクリーマは怒り狂って斬りかかるが、俺はなんなく受け、弾き飛ばす。


「逃げられると厄介か」


 俺はそう呟き、一瞬にしてクリーマの懐に入り込む。クリーマのトリックありきの奇襲ではない。シンプルな竜の加護を用いたスピードでの奇襲。


 懐に入り込んだ俺は一息に剣を頭上に向けて斬り上げる。半月を描くように放たれた俺の斬撃は、しかし意外な方法によって防がれた。


 クリーマは水に溶け込むことができる。


 それはつまり、自身の中に水をため込むことができるということ。


 完全に捉えたかに思えた斬撃は、クリーマの腹から現われた水の刃によって防がれ、反撃を躱すために一度距離を置かざるを得なかった。


「どこまでも厄介だな」


「逃げられると面倒だぞ?」


 レフレオは暗にとっとと仕留めろとプレッシャーをかける。


 分かっているよ、オオトカゲ。そう焦るな。


「安心しろ。次で終わらせる」


 俺は姿勢を低く構え、剣を鞘に沿わせて力を抜く。


「龍技”屈折”……」


 空に輝く太陽の陽光が一層強く輝きだす。


 先ほどまでの雨が嘘だったかのように、強い太陽光が大地に降り注ぐ。


光の輝きはお前達を差別するライト・オブ・ヴェーレン


 俺が呪文を唱えた直後、クリーマの周囲にのみ夜が訪れる。夜は漆黒へ、やがて暗黒色へ。それと同時に俺の瞳には光の加護が灯る。


 突然光を奪われたクリーマは、恐れ驚きうろたえる。


 ほとんどの生物は視覚情報をもっとも頼りとしている。それが突然奪われればどうなるか、想像に難くない。


「行くぞ。突然変異体、クリーマ! ここで死んでおけ!」


 俺は低く構えた態勢のまま、竜の加護を足に集中し、一蹴りでクリーマを射程内に入れる。そのまま横一線。水平に振るわれた剣は、クリーマになんの抵抗も許さず、首と胴体を切り離した。


「!?」


 クリーマは自身が斬られたことにも気づかず、声も発せられないまま、大量の血液をばら撒き崩れ落ちる。


「これで任務完了かな」


 俺は剣を一度大きく払い、鞘にしまう。


 今度は自身が肉片となってしまったクリーマを見下ろし、そう口にする。


「そうだな。それにしても今回は結構な強敵だったなハンス」


 レフレオは呑気にあくびをしている。きっと疲れたのだろう。普段あんまり働かないレフレオだが、今回は大車輪の活躍だ。


「そうだな。まさか雨の水滴を利用して移動するとは思ってもみなかった。今回は体よりも頭を使った感じだ」


「無い頭も振り絞ればそれなりだな」


「お前にだけは言われたくないんだけど?」


「なに! どういう意味だ!? もしかして俺の頭が悪いと言いたいのか!」


「もしかしてもなにも、そのままだよ。一発で気づけ」




 その後俺は、岩の上に放置されていた肉片を湖の底へ沈め、手を合わせて祈りをささげる。クリーマに殺された、第二師団六名と村長を含む計七名。彼らの慰霊碑を建ててはじめて任務完了だ。


「なあハンス」


「なんだよ」


 急にテンションが低くなったレフレオの様子に訝しむ。


「お前は……このまま光の後継者として生きていくことに相違はないんだな」


「珍しい話題じゃないか。どうしたんだよ急に」


 本当にどうしたのだろう。


 レフレオは普段こういう話はしないし、するとしても今ではないだろう。今はカーリルト村への報告と慰霊碑の建設が先だ。


「ここ最近、急に危険が増えたなと思っただけだ」


「何を言ってるんだ? 今までだって命のやり取りはあったじゃないか」


 俺はそう言いながらも、内心レフレオの言いたいことは分かっていた。


 確かにそうだ。命のやり取りは昔から変わらないが、問題はその難易度。


「そうかもしれないけど、そうじゃないんだ。命の危険が最近多い気がする。無論俺のことじゃない。お前のだ。ここ一月ほど、イレギュラーな状況が起き過ぎている。ダニール谷でのダースゴールの件もそうだし、今回の突然変異体のクリーマ。今までもクリーマ自体は存在しただろうし、過去にも退治したことはある。だけど今回のような苦戦はしなかった。今回は一歩間違えれば、今そうやって湖の底に沈んでいたのがお前になっているかも知れないんだぞ? そういう意味だハンス」


 珍しくレフレオが、長々と真面目に話す。それだけ心配してくれているということか。

「レフレオ……分かっているさ。だけど俺には光の後継者として責務がある。特に今、国がドンドン悪い方向に傾き始めているのを肌で感じるからこそ、余計にその想いは強くなっている。それに、戦いに命の危険はつきものだ。俺たち竜騎士はその覚悟はできている」


 俺は今の気持ちを素直に打ち明ける。


 命のやり取りがしたいわけじゃない。命のやり取りが怖くないと言ったら嘘になる。しかしそれと同時に、竜騎士としての誇りも噓ではないし、光の後継者としての責任を果たす気持ちもある。


「それにな、レフレオ。死ぬのが怖くて、光の後継者なんぞ名乗ってないんだよ。お前はどうだ? レフレオという守護竜様と同じ名前を付けられた、四足竜レフレオ、守護竜の血族。お前はどうなんだ? 覚悟は決まっているのか?」


 俺はレフレオに笑って問い返す。


 覚悟が決まっているかだと? 冗談じゃない。それはこっちの台詞だ。


 俺が問いかけながらも笑っていられるのは、答えを知っているから。初めて会ったあの日から、俺たちは何があっても一緒だと心に誓っていたから……。


「俺はいつまでもお前の側にいよう。光の後継者が道に迷ったら、その光を導くのも、光の守護竜レフレオの血族たる俺の役目なのだから!」


 俺の唯一にして最高の相棒は、静寂が支配する湖に向かって、堂々と宣言した。

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