カーリルト村から帰還して一ヶ月が過ぎた。レフレオの懸念通り、今この国に起こるトラブルは、未体験で強烈な強さを持った何かによってもたらされている。
この事実には国の上層部をはじめ、ニック司令官もしきりに悩んでいた。任務の激化が進む中、遂には竜騎士への入団希望者が過去最低となり、ますます騎士団のあり方そのものが問われだしていた。
隣国のエタンセル王国では、そもそも兵役が存在し、国民の自由は基本的に担保されていない。それでも亡命者がほとんど出ないのは、自由と引き換えに安全と高水準な暮らしを約束されているからだ。
その点、わが国では自由を謳い、それでいて安全も保障しているのだから、一部の人間たちにそのしわ寄せがいくのは当たり前のことだ。
勿論、俺もレフレオもニーアも、以前より危険な任務に駆り出される頻度が上がっている。その中で、嬉しくはないがメリットも確かに存在した。
一つは竜騎士全体のスキルアップだろう。命のやり取りが任務の中心を担うようになってからというもの、殺しの経験を幾度となく得た竜騎士が、師団レベルに関係なく揃ってきている。
これは実際の強さよりももっと本質的な部分で必要な経験だ。どれだけ技を磨いても、どれだけ強くなろうとも、殺す覚悟が無い者から死んでいくのが戦場の性だ。
「だからといって激務が過ぎる」
「本当ね、流石に疲れてきたかも」
俺とニーアは今、俺の家で晩酌中だ。
晩酌は我々の酷使のされ方愚痴大会と化し、悩めるニック司令官への同情も話にのぼる。レフレオは自室でお休み中。流石に任務の連続で疲れたらしい。
「そっちは何をさせられてる?」
俺はニーアの近況を聞き出す。
最近の人手不足は深刻で、この国トップクラスの実力者である俺とニーアを、揃って一つの任務で使うなんて贅沢をする余裕はないのだ。
「こっちは最近出現頻度が増したクリーマ退治に駆り出されてるわ。あっち行ったりこっち行ったり……勘弁してほしい」
ここ一ヶ月の間で一番の変化は、クリーマの出現だ。今までは数年に一度程度しか出てこなかったのが、ここ一ヶ月ですでに六体目。この大地はどうしてしまったのかと問いただしたくなる。
流石に先日俺が殺したクリーマほどの強さの個体はいないものの、それでも普通の土着の異形よりは遥かに強力なため、ニーアが遊撃隊として一人で国中を飛び回り各個撃破していた。
「そういうハンスはどうだったの?」
酒に酔ったのか、頬が赤くなったニーアが尋ねる。
俺は逆にニーアとは対照的に、集団行動ばかりだった。騎士団としては、国土中に現れはじめた土着の異形や、迫りくる海からの異形の者の退治だけにかまけている場合ではないのだ。
相変わらずエタンセル王国は不穏な動きを繰り返し、味方なのか何なのかいまいち判断がつかない。それと同時に竜騎士たちの鍛錬もネックの一つだ。
当然厳しい任務が増えたわけだから、経験は蓄積していく。しかしその分、残念ながら死亡者の数も増加傾向にあった。厳しい情勢を知ってか、命の危険がある竜騎士志願者たちは次第に少なくなっているので、今いる人員を大事にしなければならない。
そこで白羽の矢がたったのは俺だ。
俺はニーアとは違い、多少は面倒見も良ければ指示もできる。つまり俺をお守兼指導者として現場に派遣することで、隊員の死亡率をグンと減らし、なおかつ経験を積ませることで騎士団全体の底上げに繋がるということらしい。
「毎日部下たちのお守をしながら作戦に当たってるさ……上の考えも分かるけど、流石にきつくなってきた」
実は第一師団には、俺よりも集団戦に向いた竜騎士が所属しているが、彼は今大陸南方に位置する国、アルウェウス帝国に使者として派遣されており帰りは未定となっている。
元々レフレオ共和国とあまり親密な関係ではなかった国だが、昨今の危機的状況に鑑みて、対異形、対ドラゴン用の連合軍結成を打診している最中だ。
「それはそうとなんで俺の家で飲むことにしたのさ。普段なら近くの飲み屋で飲んでから家に転がり込んでくるじゃないか」
ニーアは普段、ラジックタワーでの報告を終えた後、大抵一緒になった俺を引っ張って飲み屋に向かい、たらふく飲んだ後、家まで遠いとかなんとか理由をつけて、俺の家に一泊するというのがお馴染みのコースのはず。
「だって最近気持ちよく飲めないんだもん!」
酔ったニーアは顔を赤くして頬を膨らませる。
言いたいことは分かる。なんなら俺も実感している。
今までだったら、俺たちの存在を気にも留めてなかった連中が、しきりに話しかけてきて近況を聞き出そうとしてくるのだ。
要するに報道で知らされる今の危機的状況から、国民全体が不安を感じ始め、その影響がこのイザバナでも起きたということだ。飲み屋でたまたま見かけた竜騎士……そりゃあ近況でも聞いてみようと思っても不思議じゃない。
「明日は?」
「明日は珍しく私とハンスが呼ばれているわよ?」
「呼ばれているってどこに?」
「ニック司令官のところ」
ニーアはさりげなく答えた。
「俺聞いてないんだけど?」
「だから伝言を頼まれたのよ」
結構急な気がする。
普通ならこういう招集は数日前に連絡が来るはずなのだ。
「なんだと思う?」
「さあね。明日になってみないとなんとも言えないんじゃない?」
そう言ってニーアは、隣に座る俺に雪崩かかってきた。