翌朝目を覚ますと、昨晩ニーアが雪崩かかってきた体勢のまま眠っていたらしい。肌寒い室温にニーアの体温が心地よい。
やはり炎を扱う彼女は体温も高いのだろうか? そんなどうでもいいことを考える程度には、頭が回っているらしい。
「おいニーア起きろ。そろそろ出かける準備でもするぞ?」
「う~ん……目覚めのキスでもしてくれたら起きるけど?」
「バカなこと言ってるとレフレオのキスでもお見舞いするぞ?」
「それだけは嫌!」
ニーアは焦って飛び起きる。戦いの最中でも中々見せないほどのスピードだ。
「それはそれで失礼だろう?」
気がつけば、目覚めて自室から出てきたレフレオがなにやら悲しそうな目で、こちらを見ている。
うんうん。気持ちは分かる。なんとなくショックだよな。
「レフレオおはよう。今日はこの後ラジックタワーの指令室だ」
「マジかよハンス。最近働き過ぎじゃないか?」
「マジなんだよ。どうせ仕事の話だ。言いたいことも分かるけど、愚痴ったって仕方ない」
レフレオが文句の一つぐらい垂れたくなるのも頷ける。だが呼ばれたら行かなくてはならないのが、雇われの現実なのだ。
それから三人そろって軽く朝食をとり、ラジックタワーを目指して歩き出す。まあ歩き出すとはいっても、一〇分程度で到着するほど仕事熱心な場所に我が家は建てられている。
ラジックタワーについた俺たちは門番で承認され、指令室へ。その間俺たちのあいだに会話はほとんどなかった。雑談するほどの元気もないし、何も考えずに向かう程、緊張感の無い場所ではない。特に俺とニーアが同時に呼ばれるということは、それなりにデカい案件のはずなのだから。
「急な呼び出しですまない」
いつも通りニック司令官は自身の定位置に座りながら、開口一番謝罪の意を示した。急な呼び出しという点もそうだが、明らかに俺とニーアの負担が大きいというのも分かっているための謝罪だろう。
「いえ、それでご用件は?」
ニーアは早速本題へ。流石にレフレオも今回ばかりは茶々を入れない。このオオトカゲでも分かるほどの緊張感が、この指令室全体に蔓延しているのだ。
「正直に言えばあんまり乗り気はしないが、我々がやらなければどうしようもないので、お前たちに依頼する」
妙に歯切れが悪い。
らしくない。
ニック司令官は、人としては人格者だが、こと任務に関しては、言いにくいこともキッパリ口に出して指示を出すタイプだ。
「妙に遠回しな言い方だなハゲ」
レフレオがついつい口を出す。
それにしたって言い方ってものがあるだろオオトカゲ。最後の一言が余分なんだよ。
「ハハハハハ。いや、今回ばかりはレフレオに感謝すべきだろうな。どうも最近騎士団のみんなへの指示が多すぎて、気持ちが沈んでいたようだ。いかんいかん!」
ニック司令官はレフレオの不躾な物言いに笑いだす。彼も彼で悩んでいたのだろう。自分の指示で、任務の割り振りで、人が死ぬ。
それは竜騎士をしていたら当たり前のことだが、ここ最近はその頻度が急上昇しているのだ。
優しい彼は気にするのだろう。
気に病むのだろう。
「それで……これだけもったいぶっての指示となると、嫌な予感しかしないんですが」
俺が話を促すとニック司令官は席から立ち上がり、一度深呼吸をする。
「非常に残念な結果になってしまったが、先日エタンセル王国から、我が国に対して正式な宣戦布告がおこなわれた」
「え!?」
俺たちは耳を疑う。
宣戦布告? この時期に? このタイミングで? 人類が今、空のドラゴンやら異形の者たちとの戦いで疲弊しているこのタイミングで戦争?
「本当なんですか?」
「残念ながら本当だ。私も最初聞いた時は耳を疑ったが、何度確認しても上の回答は変わらなかった」
「で、でも……守護竜様はどうお考えなのですか? もともとは同じ考え、同じ信念に則って、共同で結界を張っていたはず! なのにそれがいきなり戦争って……」
俺は動揺を隠しきれなかった。だってそんなことをしている場合では無いことぐらい、バカでも分かる。当然それは守護竜様たちだって……。
「当然、国の上層部はレフレオ様にお伺いを立てた。しかし帰ってきた言葉は、仕方ないの一言だけだったそうだ」
仕方ない? 確かに仕方ないと言われればそうかもしれないが、そんな一言で済まして良い問題か? 戦争ともなれば一体どれくらいの被害が出るか分からない。結界を張ってまで人類を守護してきた守護竜様が、それを仕方ないと割り切るのか?
「そう、ですか……。それで俺たちはどうすれば良いのですか?」
「残念ながらエタンセル王国との戦争は避けられそうにない。しかし当然ながら、人間と戦っているような余裕は我々には無い。それに対人間用の部隊など存在しないし、戦い方も分からない。全てが手つかずの状態だ」
それはそうだ。俺たちレフレオ共和国だけではなく、今の人類国家において、同族同士の戦争を視野に入れている国などありはしないだろう。エタンセル王国を除けば……。
「そこで我々は対人間用の部隊の編成を始めるつもりだ。アルウェウス帝国に行かせている第一師団所属の竜騎士、レイス・クラウドにはその旨伝えてある。今回のエタンセル王国の敵対行動は、わが国の問題だけにはとどまらない。アルウェウス帝国にも応援を要請するつもりだ」
そうか、アルウェウス帝国とはエタンセル王国以上に親密な関係を築いている。それもひとえにレイスのお陰だ。彼なら俺もニーアも良く知っている。
口が上手く、周りを活かすことに特化した竜騎士だ。正直早く戻ってきて欲しいというのが本音なのだが、事態が事態だけに我儘は言っていられない。
「つまり俺たちの任務は……」
「レイスは当分戻らない。我々もエタンセル王国との戦争に向けた準備で忙しい。その間、君たち二人には”クリーマ”の始末をお願いしたい」
クリーマの始末? そんなもの普段からやっているではないか。ここ一ヶ月で急激に出現頻度が増したクリーマを始末し続けてきた。
「ただのクリーマではない」
「どういう意味です?」
ニーアが不思議そうに尋ねる。
「前代未聞だ。クリーマが集団で集まっていると目撃情報が入った」
ニック司令官は、うつむき加減でそう答える。
「クリーマが、集団!?」
冗談じゃない。今までクリーマがいくら現れても対処できたのは、相手が一匹だったからだ。それが集団ともなると、どこかの軍隊並の強さと考えても良さそうだ。
「私も信じられないがどうやら本当らしい。今はまだ大きな被害は報告されていないが、戦争が始まったタイミングで暴れられても厄介だ。先に対処したい」
「確かにそれだったら私とハンスが呼ばれたのも納得ね。他に竜騎士はこないのでしょう?」
「ああ。クリーマの集団となれば、対処できるのはお前たち二人ぐらいだろう。申し訳ないが頼む。お前たちなら必ずやれると信じてる」
そう告げるニック司令官の表情は、酷くやつれているように見えた。