指令室を出た後、俺はラジックタワー下に行くのではなく、上に向かって階段を登り始める。
「何処に行くの?」
「守護竜様のところさ」
俺の答えにニーアは驚く。
「そっか、ハンスとレフレオは会えるんだもんね。何をしに行くの?」
ニーアは若干もどかしそうに俺を見る。本当はニーアも、守護竜様に聞きたいことがたくさんあるんだろう。
「今回のエタンセル王国との戦争の件、ニック司令官はああ言っていたけれど、本音を知りたいのさ」
今回の件、あまりにも急すぎる。確かに予兆が無いといえば嘘になる。ここ数ヶ月、ずっとエタンセル王国側の動きは納得ができなかった。意図が読めないというか理にかなってないというか、目的がいまいち掴めずにいた。
そんな中での今回の一方的な宣戦布告。ニック司令官が話した、回答用の説明では納得できない。ここは特権をフルに使ってやる!
「ニーア、君が聞きたいことも俺と一緒だろう?」
「ええ、そう思ってる。だからお願いね。私にはその権利はないから」
どこか寂しそうに、立ち止まり俺を見送る。
「すぐに戻るから、俺の家で待っていてくれないか?」
「分かったわ!」
俺は手を振るニーアに鍵を投げて、階段をレフレオと共に登り続ける。
守護竜様の元へ向かうのは随分と久しぶりだが、いつも思う。いくらなんでも高すぎない? 一体どれだけの長さの階段を登れば良いのだろう? 今回こそはと決意してフロア数を数えながら登るのだが、あまりにも長いので毎回途中で数えるのを止めてしまっている。
なので結局のところ階数は不明だが、確実に言えるのは一〇〇階以上の高さであるということだ。
「はぁはぁ……」
「はぁはぁ……だらしないぞ、ハンス……」
途中で息切れして、膝に手をつき小休止する俺を嘲笑うオオトカゲ。だがそんなオオトカゲも、全身で呼吸をする程度には疲弊していた。
「お前こそ……足が四本もあるのに俺より疲れてないか?」
「バカめ、足の本数で疲労に差が出るようなレベルじゃないんだよ!」
レフレオは謎の理論で言い返してくる。
でもまあそうかもしれない。足の本数は俺の倍はあるが、その分体重は俺の四倍ぐらいあるのだから、レフレオの方がキツイのだろう。
「もうじきだ」
俺とレフレオはペースを落とし、息を整えながらゆっくりと最後の階段を登りきる。ここらまでくると部屋なんてものは存在せず、ただただ階段のみが上に続くだけの建物となっている。
階段を登り切った俺たちは、目の前の両開きの扉の前に立つ。扉は真っ白な石で作られており、その縁を金色の何かでコーティングされていて、それによって最低限の豪華さを演出しているが、それでも質素な扉には変わりなかった。
扉の右側に俺が、左側にレフレオが立ち、同時に右手を(レフレオは右前足を)壁の窪みに当て嵌めると、その重さを体現するように、扉は重い石がすれる音を響かせながらゆっくりと奥に開いていった。
「いつ見ても恐ろしい作りだな」
扉の先には何もない。
いや、何もないというよりかは一本道しか存在せず、部屋どころか屋根すらない。完全なる屋外で、人二人分程度の光の道のみがまっすぐに伸びている異様な空間だ。
当然壁もないため、左右を見渡せばここが雲を見下ろすほどの高さだということを実感できる。
「なんで誰も落ちて死なないのか不思議だぜ」
レフレオはため息をつき、恐る恐る歩き出す。ここの道幅で二人並ぶのは愚策である。
「実は知らないだけで死んでるんじゃないのか」
俺は冗談めかしながらレフレオの後に続く。
目的地までそこまで距離があるわけではない。この光の道を真っすぐ五分程度進めばゴールだ。
光の道の行き先には、守護竜様が自分で用意した洞窟がある。
最初ここに来た時、雲の上に洞窟があることに驚いた記憶があるが、どうやら守護竜様が結界を張る際に、自分用の住処として空中に持ってきたらしい。
それだけでも凄まじい力の一端が垣間見える。
目の前に存在する守護竜様の洞窟は、扉が開いた時から強大な迫力を持って、俺たちを迎え入れていた。その大きさたるや、先日俺とレフレオがクリーマを倒したカーリルト村と遜色ないほどの規模を誇っており、建造物としては国内最大級だと俺は思っている。
「ほう、久しいなお前たち」
俺たちが光の道を踏破し、守護竜様の洞窟に足を踏み入れると、剥き出しにされただだっ広い空間で眠っていた守護竜様が目を覚ます。カーリルト村ぐらいの大きさの洞窟内は、ほとんど何もなく、ただただ守護竜様が眠るだけの祭壇となっている。
「お久しぶりです。レフレオ様」
俺は礼儀を持って丁寧に頭を下げる。
こうして久しぶりに生守護竜様を見ると、やはりその偉大さがよくわかる。一〇〇〇年以上は余裕で生きている”光のドラゴンレフレオ”、その大きさは洞窟の向こう側が見えていないため分からないが、とにかく存在の規模が、普通の生命のそれではないと感じる。
俺なんて守護竜様の瞳と同じ程度の大きさで、全身を覆う白い鱗は白銀に光り輝き、神秘的な雰囲気を醸し出していた。
「何をしに来たかは分かっている。戦争の話だな? 上層部の連中も騒ぎ立てておったわ。本当に何年経とうとも人間は変わらず騒がしく、そして愛おしいものだ」
「分かっているのなら話が早い。エタンセル王国側にいらっしゃるはずの”炎のドラゴンエタンセル”と何かあったのですか?」
俺の隣でレフレオが小さくなっている。普段横柄な態度をとるコイツも、守護竜様の前ではただのオオトカゲに過ぎないのだ。
「何もない。いや、正確には何があったか分からないが本当だな。実際、ここ一〇〇〇年ほど会話をしておらぬ。これは別にエタンセルだけの話ではない。結界を維持しながら、他のドラゴンと遠隔で会話をするほどの余裕がもうない。だからここ一〇〇〇年ほどのあいだで、各国のドラゴンたちにどのような心境の変化があったかを知る術がもうないということだ」
つまり動けなくなってから、かつての同胞の考えは分からなくなってしまったということだろう。いくら偉大なドラゴンたちとはいえ、一〇〇〇年以上も続くあまりにも長い悠久の時は、間違いなく彼らを疲弊させてしまったのだ。
「そうですか……。ではそれについてはもう聞きません」
知らないと言われてしまったら、それ以上聞きようがない。
「ただ、もう二点ほどお尋ねしたい。一つ、エタンセル王国との戦争、率直にどう思っているのか。もう一点は、近頃土着の異形の変異体、クリーマの出現頻度が異様に上がっている。これについて何か知っていることはありますか?」
今この国を混乱に陥れている二つの要因。エタンセル王国の宣戦布告、土着の異形の変異体、クリーマの大量発生、しかも今回ニーアと向かう先にはクリーマが集団でいるというのだから恐ろしい。