イザバナを出発して丸一日が経過している。途中でテントを張って野宿して、もうまもなく穴掘り師たちの町、ギルドに到着する。
ギルドには一度も行ったことがなく、唯一行ったことのあるニーアに言わせると、とにかく売っている物の質が異様に高いのだそう。
イザバナのキース通りにある雑貨屋で売っているものは、ほとんどこのギルドで作られているのだが、現地で売っているものとは雲泥の差らしい。
そこまで言われると、任務を一旦忘れてでも買い物に繰り出したくもなるが、それは後回し。とにかく今は情報を集めなくてはならない。
「しっかし混みあった町だな~」
レフレオは小声で感想を述べる。
俺もレフレオと同じ感想をもった。
ギルドは他の町とは違い、中に入るために巨大な鉄の仕掛け扉を通らなければならない仕様になっている。イザバナのように、国土の中心部にある街とは違い、国境に近い自然豊かな地に作られたギルドは、土着の異形がたびたび出現するため、門で中と外を区切る必要があったのだ。
「古代の技術を参考にして作られているらしいわ」
ニーアの視線の先には巨大な仕掛け門。ニーアの家よりも巨大な門の両端には、”歯車”と呼ばれる機械のパーツが複数設置され、金属が擦れあう独特な音を発しながら、連動して動く様は圧巻だ。
「じゃあ中に入りましょうか」
ニーアの案内でギルドに入ると、イザバナとは何もかもが違っていた。
まず建物が全て、壁に穴を掘るという様式で作られていて、普通に地面から構築していくイザバナとは大違いだ。
穴を掘って作られたといっても、全然みすぼらしい感じはせず、むしろお洒落レベルでいったらこっちのほうが優れているぐらいだ。
ここは鉱山地帯、山ばかりで平らな土地がほとんど無かったために生み出された技術だろう。
「とりあえず今夜の宿を探しましょう」
ニーアはそう言うと、意気揚々と町の中心部に向かって歩き出す。
通り過ぎる建物たちは全て、てっぺんが見えないほどに背の高い土壁を綺麗にくり貫いて作られている。
出入口は勿論、小さな窓も無数に取り付けられており、その窓から中の暖かな光が漏れ出ている。
入り口や窓枠、建物の壁も綺麗に色が塗られ、非常にアートスティックな仕上がりで、見る者を楽しませる。それ以外にも町の隅々に小さな工芸品が無造作に置かれ、ここが技術者の町と感じさせるには十分だった。
「ここが宿か?」
俺は目の前の宿を見上げる。
上はどこまでも続いていて、一体何階建てなのかすら窺い知れない。
「そうよ。以前来た時の宿が残っていて良かったわ」
ニーアに腕を引かれ、俺とレフレオ、フレイヤの順に宿に入っていく。
中に入ると、店員は最初こそドラゴンを見て驚いていたが、ニーアが事情を説明すると快く二階の大部屋に案内してくれた。
「凄い場所だな、ここは」
俺は正直な感想を述べる。
ここは今までに見たことがない物で溢れている。
住人も職人気質な接しにくい人ばかりかと思っていたのだが、全然そんなことはなく、みんな親し気に俺たちに手を振ってくれた。
「ここは来客が少ないのよ」
「まあ遠いもんな」
実際遠い。
ドラゴンの背に乗った俺たちが、一度野宿しなくてはならないほどだ。一般人なら三日はかかる。
「それに異形の者の存在も大きいだろ?」
レフレオは早速定位置を見つけたのか、部屋の隅で丸くなり眠そうにしている。
「それもあるな。俺たち竜騎士なら別に問題ないが、一般人が出くわしたらアウトだ」
さらにいえばここは鉱山地帯。移動だって困難だ。
そこらへんの様々な事情が相まって、ここは他所の町とは全く違う進化を遂げている。
「明日は早速目撃情報が出たという鉱山に向かうか」
外を見れば日が沈んでいる。
町には外灯が灯され、人々は夜だというのにコップにお酒を入れたまま飲み歩いている。
珍しい光景だ。
普通一軒の酒場で飲み終わったら次の店となるものだが、ここでは違うらしい。皆マイコップを片手にいろんな店に立ち寄り、お酒を注いでもらって肉を片手に町の至る所で飲んで喋ってと、実に楽しそうである。
「ここは閉ざされた場所だから、住人の仲間意識が相当強いのよ」
窓の外を見ながらうずうずしているニーアが解説を入れる。
「本当は混ざりたいんじゃないのか?」
「行きたいけど、それは終わってからにしようかな。今回の相手は難易度の予想がつかないし……。まあ勝つことには変わりないけど」
そうなのだ。
彼女の言う通り、勝つことに変わりはない。そこに不安はない。
勝てるかどうかという不安より、いかにこちら側に被害を出さないかをまず考える。
俺とニーアが揃って負けることなど考えにくい。しかもこちらにはレフレオとフレイヤだっている。
「どっちみち酒を飲んでる余裕はないな」
「当たり前よ」
すまし顔で肯定しているが、出発前にキース通りで酒瓶を買っていたことを俺は忘れないからな。
「何よ」
「何でもないって」
俺たちは外の喧噪に包まれたまま、明かりを消した。
翌朝目を覚ますと、外の活気はすっかり収まり、妙に静かな町へと様変わりしている。
「どうなってるんだ?」
窓から首だけ出して空を見上げると、太陽は高々と登っている。全然夜明けごろとかではない。
「あ~ここは夕方からが本番なのよ」
ニーアはあくびをしながら伸びをする。
「そうなのか?」
「ええ。朝から昼間にかけては、鉱山に向かっているからね。彼らが帰ってきたあたりからお店が開きだすのよ。だから朝なんてゴーストタウンよ?」
俺たちは用意を済ませ、そのゴーストタウンをウロウロすることになった。
ここから鉱山まではドラゴンに乗ればそこまで遠くないとのことなので、まだ寝ぼけているレフレオに跨り、巨大な門を開けてもらい外に出る。
職人街ギルドから鉱山までは、トロッコのレールが続いているためわかりやすい。
「これを辿るだけね」
ニーアはフレイヤに跨り、俺の数歩先を進み始めた。