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Chap.1 - EP1(7)『聖女兵器 ―此処に開花を〝戦〟言する―』

 希望の頂上から絶望の奈落へ堕とされた者の顔。

 ジャンヌの一言で――そう、ホランドにだけは見えたのだが――マーセラの顔は、尚一層凍り付く。


 既に彼女の目からは正気が消え失せはじめ、徐々に狂気の色に蝕まれていくのが分かった。


 それを見るに見かねたのだろう。


「もう止しなさい、マーセラ」


 彼女の腕を掴んで制止をかけたのは、推薦人のアクセルオ王子であった。

 これ以上の醜態は見るに耐えないと言わんばかりの表情。


「貴女も聖女の候補であった者なら、潔くしてください。そんな有様では例え力が本物であっても、推薦したボクですら、貴女を聖女と認める事なんて出来ません」

「潔く……?」

「そうです。貴女が聖女になれば、ボクが守護士ガードナーになるつもりでした。けれども最早そんな事はどうでもいい。今はこの現実を受け止めなさい」


 自分を後押ししてくれた人間すらも、遂に見捨てた――。そんな風に思ったのだろう。


「受け止める……? 受け止めるですって? 何を言ってるの……? 聖女になるのはわたくしの夢だったのよ。わたくしはそのために生まれてきたの……」

「マーセラ……?」

「そうよ……だからあの方・・・は、わたくしを選んでくださった・・・・・・・・のだから……」

「あの方……? 君は何を――」


 狂気の一色に、彼女の思考が染まっていった。


 直後――。


 不意に身を翻し、彼女は腕を掴んだアクセルオの胸に飛び込んだ。

 振り解こうとするのならともかく、むしろ抱きしめる格好を取った動きに、アクセルオですら咄嗟にされるがままになってしまう。



 若きアクセルオ王子の唇に、マーセラの蕾のような唇が重ねられていた――。



「――っ!」


 何が――と思う間もなく、マーセラは体を放す。


「わたくしは――わたくしこそが聖女フローラなのよ」


 呆然となるアクセルオ。周囲の者も、何が何だか動こうに動けない。


「こんな女なんて聖女フローラじゃないわ。わたくしこそが正しい聖女フローラ。さあ、見せてあげるわ。最後の儀式、四つめの儀式が、その証拠よ!」


 聖別式の最後、四つめの儀式。


 それがどういうものかは、大抵の者が知っている。


 それの証明こそ、聖女が聖女である全てとすら言えるもの。

 聖女が崇拝され、時に畏れられる何よりの証し。


 彼女が何を起こそうとしているか――いち早く察知したアクセルオ王子が、咄嗟にそれを阻止しようとした。が、体が、足が思うように動かない。


「くそっ――!」


 先ほどの口付けで、彼の中にある神霊力フロース・ウィースが奪われたからだ。


「まさか本当に、仮契約をしただと……。そんな、やめろ!」


 あの口付け――。それは本来のものではなく、簡易的に行った聖女との仮の契約。

 だが仮であっても、聖女の力は発動出来る。


「私こそ、聖女!」


 マーセラが片手を上げて、声高に告げる。




「暗夜を導くしるべとなれ! 此処に開花を〝戦〟言する――〝アザウザ〟!」




 マーセラの全身から、眩い光が放たれた。

 目を開けてはいられない。教会中が、街の区画全部が、光に呑み込まれた。その光は柱となり、空の雲を突き破って遠く高く駆け上る。


「開花令を?!」


 ホランドが叫んだ。


 先ほど号令として発した、聖女の力を解放する宣言。聖女固有の聖なる文言。

 だがそれは、禁忌を解放する事でもある。


 光が、急速に収束していく――。


 誰の目も、真っ白に焼きついて俄かに視界が戻らない。

 そのため、最初に認識したのは音だった。


 巨大な質量の――音。


 何かが崩れる、音。


 そして悲鳴。


 叫び声は、おそらく人が潰されたから。


 やがて一同の視界が戻ると、〝それ〟は全員の目に飛び込んできた。



 見上げるばかりの、純白の影。



 白の他に、薄緑や薄黄色も混ざっているが、それがまるで白のドレスのようで、花梨マルメロの花弁を連想させる。

 思わず美しい――と声に出しそうになってしまう。


 けれども異形。


 そして巨大な――あまりに巨大すぎる人型だった。


 だが同時に、人の似姿でありながらも、明らかに人ではなかった。



「〝聖女アルマ……兵器フロス〟」



 誰かが呟いた。


 巨大な異形は体中が甲殻的な鎧で覆われ、背中にはマントのような羽根があった。鳥のような翼ではなく、昆虫を模した、まさしく羽根。

 純白の巨人のそれは、蝶や我のものと酷似していた。


 顔の上半分も、人のようで人ではない。瞳らしきものも伺えないが、口は見える。

 どことなく人間の女性を想起させる口周りに、体のシルエットや胸の膨らみ、くびれた腰など、全体が女性的な形をしていた。


 例えるならば、人間の女性と昆虫に花を混ぜ合わせた、混沌としたものとでも表現出来ようか。

 なのに純白の色のせいか、はたまた全体的なまとまりの故か、見る者に何とも言えぬ美しさを感じさせ、神々しさすら覚えさせる。


 そして何よりも息を呑むのは、その大きさだった。


 言うまでもなく、巨人。


 一〇数メートルほど、おそらく二〇メートル近くはあろうか。

 教会の建物の一部は、見下すほどに超えている。


 異形にして威容。


 巨大な怪物であり、威風を備えた天使でもあった。


 それは本来、現世に顕現出来ぬ神霊に限定的な肉体と力を与えた姿。

 聖女の力の本質であり、破壊と創造を齎す、この世に奇跡を齎すために出現した神の巨人。


 それが――




 聖女兵器アルマ・フロス




 マーセラの聖女兵器アルマ・フロス、その名を――


 〝アザウザ〟。

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