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Chap.1 - EP1(9)『聖女兵器 ―太陽の巨人―』

 オレンジ色の輝き。


 黄色混じりのそれは、陽光を反射して金色に光って見えた。


 恐ろしさはなく、華やかで神々しい。けれども圧倒される。

 どちらかと言えば、絶対的存在に対峙した畏怖のような感情かもしれない。これを目にした人々が心に抱いたものは。


 そして同時に、誰の脳裏にも一目見た瞬間、同じ言葉が浮かんでいた。


 ――何て美しい巨人。


 頭部には一本ツノのような突起物があり、兜を被っているようにも見える。そのせいかどれが目なのか分からず、複数の目があるようにも見えた。


 アザウザと同じく、女性的な唇や膨らみのある胸にくびれた腰などは、聖女兵器アルマ・フロスの特徴なのだろう。


 甲殻類的な鎧は昆虫を想起させるが、ところどころに見える意匠が、マリーゴールドの花びらも連想させる。それは背中に翻る、マントのような羽根も同じくであった。

 さながら、花びらの翼とでも言おうか。




 太陽の色をした、麗しき聖なる巨人。




 聖女兵器アルマ・フロス〝ラグイル〟。




 目にしたホランドが、確か蜘蛛の意匠も持っていたはずだと思い出す。

 儀式の最初に確認した聖印。花の模様と生物の模様。それが聖女兵器アルマ・フロスの姿と力を示している。


 アザウザが花梨マルメロと蛾の特性を持っているのは見ての通りで、ならばジャンヌの巨人ラグイルはマリーゴールドと蜘蛛であるはずだった。


 しかし一見したところ、マリーゴールドはそうだと感じさせる外見だが、蜘蛛らしき印象は受けない。


 だが直後に、それは間違いだと気付かされる。


「邪魔を……邪魔をする、の――ね」


 途切れと途切れで聞き辛い、アザウザから発せられるマーセラの声。


 引き攣った動き。不安定な飛翔。

 アザウザの顔が、下方を向いた。


 巨人の口が、開く。


 ――まさか!


 足元、つまり地上に向けて、凍れる歌声の聖女霊歌フローラ・ソングを放とうとしていた。

 咄嗟に防御姿勢を取る人々。けれどもそんな行為は無意味。それが分かっていながら、本能で己を守ろうとするのが生き物としてのさがなのだろう。


 放たれる、歌声による氷結。


 教会を中心にした一面が、氷漬けとなってしまった――かに思えたが。


 己を見るホランド。


 いや、凍っていない――。


 いないどころか周囲も元のまま。ふと空を見上げると、そこに広がっていたのは――


「蜘蛛の……巣……?!」


 まるで空一面に蓋をしたような、巨大なドーム状の蜘蛛の巣が、教会も含めた辺り全てを覆っていた。


 太陽色の巨人へ振り返ると、片手から出した糸を振り払っているところ。



 光の糸。



 それは今朝、ジャンヌが出したものと同じ類いのものだろうか。

 だが規模が、あまりに違いすぎた。


 蜘蛛の巣の向こう側、空に面した方は氷によって蓋がされたようになっていた。どういう原理なのか。何故蜘蛛の糸で氷の声を防げるのかは分からない。霊力的なものなのかもしれない。


「仮契約の力だからね。こんなの大した事ないわ」


 ジャンヌの声が、ラグイルから響いてくる。


 直後。



 ふぉん――



 空洞を風が吹き抜けたような音をだして、ラグイルの巨体が消えた。


 空を飛んだ――いや、跳躍したのだ。


 あまりの速度のため、目で追いかける事すら出来ない。

 しかも二〇メートル近い巨躯によるそれほどまでのジャンプなのに、地揺れは微塵も起きなかった。あの巨体に質量はないのか。それともこれも糸同様、霊的な力によるものなのか。


 ともあれ、ラグイルが飛んだのはアザウザに向かってであるのは、言うまでもない。


 花弁のような翼を広げて肉薄する巨人。

 しかし動きが歪でありながらも、アザウザは見事なまでの旋回飛翔でラグイルの接近を拒んだ。


 さすがは蛾の特性を持っているだけの事はあると言うべきか。飛翔と空の俊敏性では、アザウザの方が何倍も優れているように見えた。


 しかし逃げ切ったと思いきや、それはラグイルの――いや、ジャンヌの誘いだったのかもしれない。


 ラグイルの唇が開かれると同時に、歌声が轟く。


 思わず吸い込まれるように聞き惚れてしまう、美しい唄声。


 オペラの主演声楽ソプラノを思わせるそれは、白いマルメロの巨人を震える唄声ビブラートで包み込んだ。



聖女霊歌フローラ・ソング――!」



 ラグイルの放った歌による攻撃。

 直後、兆しも何も感じさせず、アザウザの全身を蜘蛛の糸が絡め取った。


「ぐっ――うっ!」


 息の詰まった呻き声が、空に響き渡る。

 まさに一瞬。魔法のような突然さだった。サナギか繭のように全身を雁字搦めにされ、捕縛されるアザウザ。


 当然ながら、巨体は空から落ちていく。


「わあぁ――っ!」


 墜落に巻き込まれると思った人々が叫び声を上げるも、しかし巨体の下敷きにはならなかった。



 蜘蛛の巣――。



 翳した手の平から糸を出した巨人が、再び天を覆うほどの蜘蛛の巣を展開させ、巨大なアザウザを宙で受け止めていたからだ。

 華麗にして鮮やか。しかも同じ聖女霊歌フローラ・ソングなのに、ラグイルの唄はアザウザにのみ発動されて他への被害は一切なかった。

 威力は絶対、効果は必中。けれども対象は自由自在で意のまま。


 それが本当の聖女霊歌フローラ・ソングであった。


「ここまで……同じ聖女フローラでも、ここまで聖女兵器アルマ・フロスに実力の差があるのか」


 見上げるアクセルオ王子が口にした感嘆に、ホランドが「いいえ」と返した。


「マーセラ様の聖女兵器アルマ・フロスは、不完全だからです。暴走し、制御が効かなくなった力など、真の聖女フローラによる聖女兵器アルマ・フロスの敵ではありません」

「真の、聖女……」

「ええ。図らずとも、最後の儀式も終える事となりました。聖女兵器アルマ・フロスの完全なる顕現も確認致しました。此れにより、聖女調査官ホランド・ジャンセンの名において承認します。――ジャンヌ・ジャンセンは、紛れもなく聖女フローラにございます」


 おお、というどよめきが周囲に起こる。

 反論の余地など何処にもない。まさしくここに、新たな聖女フローラが誕生した瞬間だった。


 しかし――。


「認めない。認めるものですか――!」


 女性の声が、空いっぱいに響き渡る。空も、揺れる。

 蜘蛛の糸で動けなくなったアザウザが、必死で糸を破ろうともがいていた。


「わたくしこそ聖女! 貴女みたいなアバズレ、絶対に認めるものですか!」


 空に浮いたラグイルが、滑るように移動して白の巨人へ距離を詰める。人の顔とは違うので感情は分からないが、茜色の巨人はどことなく冷めたような、冷静な顔をしているのだと見る人に思わせた。


 片手を振る、ラグイル。


 糸が奔った。


 それはアザウザを縛る糸に繋がると、導火線を走るように炎を噴き上げる。


「ガッ――! アアアァァッ――!」


 真っ赤に燃える巨体。空一面が、炎の海と化したかのような凄惨な光景。

 燃え盛る炎に包まれたアザウザが、悶えて苦しむ。


 焼ける空を見上げ、ホランドが息を呑んだ。


「縛り上げるだけでなく、相手を燃やし、炎も放つ糸……。それがあの、聖女兵器アルマ・フロスの力……!」


 これが戦争に用いられればどうなるか。どれほどの脅威となるか。


 しかもこれでまだ仮の契約なのだ。

 正式な契約を結べば、一体どれほどの兵器に成り得るか、想像もつかない。


「ここまでよ、マーセラ・スタイン。このままだと焼け死んでしまうわ。そうなる前に、花を閉じて。そうすればあたしも力を解除出来るから」


 花を閉じるとは、聖女兵器アルマ・フロスを解放状態から元に戻すという事。

 ようは剣を鞘に納めなさいと、ジャンヌは言っているのだ。しかし、アザウザの中、マーセラの感情は更に昂ってしまう。


「こんな……こんな事で!」

「もうやめて。貴女の不完全な力じゃ、あたしの炎の糸は切れない。お願いだから、もう終わりにしましょう」

「ふざっ――けるなっ!」


 マーセラが、吠えた。


 同時に、燃えるアザウザの背中の糸が、裂ける。


「えっ――?!」


 叫んだのはアクセルオやホランド達。


 アザウザの背中、そこから節のついた棒のような長いものが伸びている。

 先端が鉤爪状に鋭くなったそれは、槍のようでもあり巨大な昆虫の足にも似ていた。それが二本。アザウザの左右の肩甲骨付近から、突き出していた。

 さながら槍の形をした二本の腕が、生えてきたかのよう。


「まさか……神霊の槍マヌス・スピアだと?! 不完全な状態なのに出せるなんて、そんな、聞いた事がない――」


 信じられないとばかりに、ホランドが後に続く言葉を失う。



 唄声による広範囲攻撃ばかりではない。


 聖女兵器アルマ・フロスの近接戦闘における、最大の武器。


 それが神霊の槍マヌス・スピアと呼ばれる、昆虫の足の形をした長槍であり、剣。


 通常は六本あるはずだが、アザウザが不完全であるせいか、はたまた炎に焼かれて消耗しきっているからか、二本までしか出ていなかった。それでもこれを出現させられる事が、驚嘆に値する行為。


 しかし――


「残念だわ。こんな事したくないのに」


 ラグイルは、落ち着き払ったまま。


「ラグイル――」


 巨人の子宮で、ジャンヌは聖女兵器アルマ・フロスである己の名を呼ぶ。


 己で張り巡らせた蜘蛛の巣の上に着地する、茜色の巨人。


 その背にあったマントのような翼が、まるで花が萎むようにしゅるしゅると巻き取られていく。

 やがてそれは形を為し、異形をあらわにした。



 巨大で長大な、槍。



 アザウザのものよりも、もっとずっと先端は鋭利。

 いや、記録されている限りのあらゆる聖女兵器アルマ・フロスの中で、最も鋭い穂先かもしれない。

 それはまさに、槍でもあるが剣でもあった。

 そんな武装が、八本。


 左右四対の、蜘蛛の足をした槍。


「八本の、神霊の槍マヌス・スピアだって……」


 アザウザが出した時にも驚いたが、それ以上の異形に、眺めるだけのホランドは最早思考すら追いつかない。


「聞いた事がない。どの聖女兵器アルマ・フロスも、槍は六本であるはず。なのに八本だって……? それにあの長さと大きさ。あんなのまるで――」


 巨大な蜘蛛、そのもの。


 己の出した最後の切り札すら凌駕する姿を目にしたからか、アザウザは吠えた。


 ただ闇雲に、己の怒りと苦しさのまま、八本槍の懐へと飛び込もうとする。


 けれどもそれは、叶わなかった。


 伸ばした二本の槍。それはラグイルの鼻先で制止している。



 炎に焦がされる白い巨人の全身を、八本の槍が貫いていた。



「貴女の儚い夢――」



 アザウザの体から、炎がはじけた。



「散らせてもらうわ」



 斬り裂かれる巨体。


 それと共に内包する神霊力が炎に反応し、爆発が起きる。

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