あちこちで上がる悲鳴。教会の崩れる音が、鼓膜を叩く。
何も見えず、どうなったのかも分からず、ただ振動に揺さぶれるまま。
ホランドは爆発に呑み込まれ――気を失いかけた。
だが衝撃がやむと、はっきりと己の意識がある事を理解したホランド。己の五体も無事である事を、確かめる。
「助かった……?」
自分以外、何も見えない。周りは土埃だらけで、息をするのもままならなかった。
それに全身を激しい痛みが襲い、動きたくとも動けないというのもあった。
しかしそれも、徐々にはっきりとしてくる。体の痛みも、一時的なもののようだった。
濃霧のような土煙がうっすらと晴れはじめた時、何かの動きを察知した。
「何……?」
とん、とん――という軽やかな響き。
軽快なそれが場違いな靴音だと気付いた時には、彼女の姿があった。
「ジャンヌ」
オレンジ色のドレスが先に目に飛び込んだ事で、それがジャンヌ・ジャンセンだと気付く。
「大丈夫? 司祭様」
「え、ええ――」
「良かった、無事で」
真っ先に心配してくれたのだろうか。ふとそんな想像が頭をよぎり、胸が熱くなるホランド。
司祭が聖女に対してそんな
ミルクティー色が見え、顔も肢体もはっきりとする。
けれども。
「え――」
音もなく、するり――とミルクティー色が落ちた。
「あ」
それは、ジャンヌの頭部。いや、彼女の髪。
見ればそこには、短くなった髪型の彼女がいた。
その瞬間、記憶の奥底にあった何かが、ホランドの頭ではじけた。
初めて見た時から、どうしてこんなに胸騒ぎを覚えていたのか。
忘れようとした
それは、似ていたから。
いや、知っていたから。
「君は、まさか……」
指を指したまま、わなわなと震える声を止める事が出来なかった。
「ありゃ、バレちゃった」
悪戯が知られてしまった子供のように、ぺろりと舌を出すジャンヌ。いや――
「君は……アムロイ? アムロイなのか?」
「覚えていてくれたんだね。嬉しい」
落ちた
「
「そんな――まさか、でも、君はシュミット家の……」
「びっくりした? そりゃまぁ、びっくりするよね」
シュミット家。
ホランドが幼い頃に懇意にしていた貴族の家。
彼の初恋の人、ヘレーネの生家。
そして、彼女によって滅ぼされてしまった家。
「君は、アムロイ・シュミット……」
ふふ、と笑うジャンヌ――アムロイ。
「シュミット家の
彼女――いや、彼は微笑んだ。
髪が短くなって少年っぽくなったが、それでもその笑顔は、美少女であり聖女の微笑みだった。
「久しぶりだね、ホランド」
土埃が、段々と消えていこうとする。
その中でジャンヌことアムロイは、ポニーテールの
「どうして、そんな……君は行方不明になって」
「生きていたんだよ。一人だけ」
「いや、でも――いやいや、そんな事より、君が何故……。そんな、君はおと――」
男――と言いかけたのだろう。
その唇に人差し指を押し当て、しっ――と声を顰める彼女、いや、彼。
「声が大きい。もし誰かに聞かれたら、大変な事になっちゃうよ」
「で、でも、君を聖女になんて、そんな……」
「男なのに聖女なんて有り得ないって? その秘密っていうか理由は、まあ後でちゃんと話すよ」
「ひ、秘密?」
「二人きりの時に、ね」
ジャンヌに戻ったアムロイは、太陽の欠片のような微笑みを浮かべた。
「君は僕を、聖女として認めてくれた。でしょ? そう、聖女調査官のホランド殿によって、僕、いえ、あたしは正式に聖女となった。正真正銘の、聖女に」
「それは私が知らなかったからで――」
「ううん。知っていても、きっと君なら僕を聖女にしていたと思う」
どうして――と尋ねる前に、ジャンヌが手を差し出す。
親友の手。
初恋の人の、弟の手。
自分が聖女と認めた人の、手。
「僕と一緒に来て、ホランド。僕に協力して」
何を、という声が出ない。
その手を掴んだら、何かが終わり、何かがはじまってしまう。そんな強烈な予感があった。
「僕と一緒に、復讐するんだ。僕のこの、聖女の力で。僕は
「復讐って……誰の」
「僕の姉さんを殺した聖女への、復讐だ」
ホランドの動悸が大きくなった。
どうやら自分はもうとっくに、この愛らしい親友の糸に絡み取られていたのかもしれない。
まるで炎に吸い寄せられる羽虫のように、陶然となったホランドがマリーゴールドの手を握り返した。
「これでもう、共犯だよ。僕の大好きな親友」
今日は生涯で二番目に最悪の日だ――。
たった一日で入れ替わった生涯最悪の順位に、ホランドは痺れるような痛みと悦びを覚えていた。