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Chap.1 - EP2(2)『ゼーラン王国 ―シュミット家の事件―』

「シュミット家の事件――。僕の姉さん、ヘレーネが魔女堕ちフォールンし、力を暴走させて街を壊した。それを真の聖女が鎮圧した。世間ではそうなっているよね」

「ああ」

「でもそれは違う。そもそも姉さんは、魔女堕ちフォールンなんてしていない」

「え……?」

「クローディアの事、覚えてるよね」

「え? あ、うん」


 クローディア。


 覚えているというのは正確ではない。

 ヘレーネの親友だった女性で、彼女こそヘレーネの暴走を止めた、真の聖女。

 つまりここゼーラン王国の隣国である、ダンメルク王国の聖女――その女性ひとなのだから。



「全ての元凶、犯人はクローディアだ」



「は?」

「姉さんの親友だった彼女、クローディアが姉さんから神霊フロースを奪い、姉さんを殺した。街を破壊したのもあのクローディアだ。僕はそれを、全部この目で見ている。姉さんが神霊ごと力を奪われるのを。そして、あいつに殺されるのを。自分こそ真の聖女だと騙り、ダンメルク王国の聖女となったあの女のやった事全部を――僕ははっきりと見たんだ」

「何……だって……」


 そんな馬鹿な、と言いそうになった。


「神霊を、聖女から奪う――だって……? そんな事……」

「ハッ、だからオレを呼び出したってワケか。説明させるために。ったくおめぇはほんと、ちゃっかりしてんな」


 ラグイルが、悪態混じりに話に割って入る。


「神霊を奪うなんて芸当が可能か不可能かってのは――めっちゃ難しいが不可能ではないってとこだろうな」

「本当……なんですか?」

「オレ達じゃなく、てめえらが邪霊って呼ぶ存在なら、或いは可能だろう。そこまで強力な邪霊なんて、滅多にお目にかかれるもんじゃないけどな。でも本当にそこまで強力なヤツがこっちの世界に降りてきたと仮定したなら、そこらのヘボな力しか持ってねえ神霊フロース聖女フローラから引っこ抜くって事も、出来なくはないだろうぜ」

「それはつまり……クローディアさんは魔女ウェルムという事……?」

「そう。魔女堕ちフォールンどころじゃない。聖女から力を奪い、聖女の皮を被った魔女が、クローディアの正体なんだ」

「そんな……もしそれが本当なら――」

「嘘じゃない。何度も言ってるけど、僕はこの目ではっきりと見た。燃える炎の中で、姉さんの出した聖女兵器アルマ・フロスを、あいつの魔女兵器ウェルミス・ペスティスが壊すところも、全部」

「だから君は」

「そう、姉さんの仇を取るため、あの偽物の聖女に復讐するため、僕は聖女になったんだ」



 ヘレーネは暴走したのではなく、殺された。



 その敵討ちのために、アムロイはジャンヌと名前を変えて聖女となった。


「僕が生き延びれたのは、あの夜、このラグイルが僕を助けてくれたからなんだ」

「こちらの神霊様が……?」


 家族は灼かれ、家は粉々になり、姉が苦しみながら殺されていく――。


 それどころか聖女兵器アルマ・フロス魔女兵器ウェルミス・ペスティスの戦いで、街ごと全部が燃えた。


 その只中にあって死を覚悟したアムロイだったが、そんな死地の直前に、ラグイルがあらわれたのだという。


 助けてやろうか? と言って。



 ――ただし、お前の命を苗床にさせてもらうが、それでいいならだ。



 姉の仇を取れるなら――あの憎い魔女を殺せるのなら――何だってする。



 アムロイは一も二もなく即答した。


「それで気付いた時、僕は町外れの郊外で目を覚ましていた」

「どうして?」

「分からない。ラグイルこいつが僕を運んでくれたんだと思ったけど、こいつは知らないって言ってる。多分、聖女兵器アルマ・フロスが戦ったんだから、そのあおりで吹き飛ばされたんだろうけど」


 巨人同士の凄まじい戦いがあったのなら、それも頷ける話ではある。しかもその時既に神霊の加護を宿していたのなら、そんな状況でも助かるという〝奇跡〟だって起こり得るだろう。


 しかし果たして、本当にそうなのだろうか――?


 もしそれが事実なら、同じ領域内で聖女が二人出現したという事になる。しかも一つの家族内でだ。いくらなんでもそれは出来すぎな気がした。


 だが、自分で調査した通り、アムロイことジャンヌは紛れもなく聖女フローラだ。


 そして過去のヘレーネも、多くの人間が聖女と認めている。


「そこから僕は聖女になるため女の子の恰好をして暮らし、それに慣れてきてから今度は修道院に入って修道女として修行をしたんだよ。三年も本気で女の子になりきる努力をすれば、誰がどう見たって女の子にしか見えない、そんな風になれるもんなんだよ。どう?」


 首を傾け愛嬌のある微笑を浮かべるジャンヌに、ホランドは頬を赤らめて言葉を詰まらせる。

 誰がどう見ても、アムロイは美少女ジャンヌだった。


「ホランドはさ、ずーっと僕にドキドキしてたんじゃない? いくら僕――あたしが可愛いからってちょっと免疫なさすぎでしょ」

「ち、ちがっ――それは」

「あたしがシャツを開いた時なんてガン見してたじゃん。ヤだなぁ、ほんと」


 誰がどう見ても揶揄う事を楽しんでいたが、それに対して怒りきれないホランドがいた。


「い、いやそれは、き、君があんな突然な事をしたからで――」

「ま、胸がぺったんこの女の子もいるしね。だから君みたいな初心ウブな人なら騙せたっていうのもあるけど。それでもこの演技と見た目は大したものでしょ。体型維持したり足とか腕とかのムダ毛剃ったり……これでもかなり努力したんだからね。もうさ、女の子より女の子になったって言えるんじゃないかな? どう?」

「どうって言われても……」


 どんな反応をすればいいのか、ホランドには分からなかった。


 屈託のない笑顔の底に凝っているのが姉の敵討ち、復讐という黒々とした澱であるなら、自分は一緒になって笑っていいものかどうか。


「じゃあ君は、このゼーラン王国の聖女になって、ダンメルク王国の聖女、クローディアを倒す――そういう事なのか」

「そうだよ。クローディアが偽物の聖女で本当は魔女であっても、あの国の聖女になっているのは事実だ。聖女の、しかも類を見ないほど強い力を持った聖女のいるダンメルクで、あたしが聖女の座を奪う事もあいつを糾弾する事も現実的に出来はしない。あいつの力が強大なのは残念だけど事実だし。だからダンメルクの支配から抜けたがってるこのゼーランの聖女となって、真っ向からクローディアを討つ。それが目的だよ」

「そんな事、本当に出来るんだろうか……」

「勿論だよ。いい? どんな時でもどんな人間でも、出来るか、出来ないか、問題はいつもそれだけ。身分や人種、ましてや男女なんて関係ない。みんな同じだよ。出来るか出来ないか――それと同じで、この世にあるのは二種類の人間だけ」


 昔聞いた、アムロイの持論。


「楽観的か悲観的か――だったね」


 にこりと笑う、マリーゴールドの聖女。


「あたしは楽観的なの。復讐でも何でも、全部前向きに考えて絶対叶う、出来るって信じてる。だから絶対に復讐してみせる。必ず」


 眩しい太陽のような顔で、殺伐とした血生臭い宣言をするという矛盾。


 しかし教会の司祭でありながら、ホランドはそれに異議を唱えられなかった。


「君が力になってくれたら、もっと大丈夫になるよ。だから二人で姉さんの仇を取ろう? ね?」


 親友の頼み。


 初恋の人の敵討ち。


 そんな事のために、神霊や聖女を利用していいのか。


 いや、いいんだ――と、不敬すぎる自問自答をするホランド。


「そのためにまず何より必要なのは、守護士ガードナーだね。あたしの守護士ガードナー、運命の守護士ガードナー探しのため、いざ、王都へ行かん――てね」

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