ジャンヌの返事の後、パウル王が、指示を出す。
そうすると並んだ諸侯、貴族達から一人ずつ、ジャンヌの前へと進んでいった。
「イェツェホー伯ヨアキム・ランツァウと申します」
一人目の貴族が名乗りをあげる。
ジャンヌが彼の手を取り、己の額に近付けた。
そうして数秒の後、彼女が額から手を離して首を左右に振る。
「有り難うございます」
残念そうな顔で礼を述べ、後ろに下がる一人目。
これが居並ぶ数だけ数十人。ジャンヌ自らが一人一人に神霊力による探知を行っていくのである。
次に並んだのは、ミディアムダークの長髪をした、背の高い美丈夫。
「王国騎士団長レオナルド・ウェルズと申します、聖女様」
同じ仕草をすると、今度は額と手の触れた部分から、光が放たれた。
全員の口から「おお」という感嘆の声があがる。
手を離したジャンヌが、「よろしいかと」と告げる。
候補者の一人目が、早速に見付かったというわけであった。
……しかしそこから先は、なかなか候補に相応しい者があらわれなかった。
こうして次々に儀式を行い、やがて最後の二人となってしまう。
まずはその一人目。
「お久しぶりです、ジャンヌ」
「また会えて嬉しいです、殿下」
第二王子アクセルオ・ウルフ。
聖女調査の際に立会人となり、同時にマーセラの推薦人となった彼であった。
切り揃えた淡い褐色の髪。
青味の強いダークブルーの瞳。
華奢で線の細い見た目が知的な印象を人に与えるが、それは同時に、考えの読めないある種の底知れなさを感じさせもした。
彼はマーセラの推薦をしたが、それはあくまで後見人としてであり、ジャンヌの聖女就任に反対をしているわけではないし、あれももう過ぎた話である。彼も
今までと同じ儀式をしたところ、アクセルオにもレオナルド騎士団長と同じような発光現象が起きた。
「殿下も」
ジャンヌの短い言葉が、二人目の候補者を認めていた。
やはりか、という声が聞こえてくる。
ゼーラン王家だけでなく、どの国の王族皇族も神霊力が高いと相場が決まっていた。王族が
そしていよいよ最後の一人となったのだが――。
その一人が、一向に前に出てこなかった。いや、姿が見えなかったのだ。
時間が経つにつれ、静かにだが、ざわざわと周りも騒ぎ出す。
「どうした、まだなのか。一体何をしておる」
堪らずにといった様子で、パウル王が非難の声をあげた。
それを受けて、波が引いていくように人垣が割れていく。
〝彼〟は、不満げな顔を隠しもせず、重々しい足取りでジャンヌの元へと歩いていった。
「今まで何処にいた、オヴィリオ」
王の声に一度足を止め、青年は恭しく謝罪を述べる。
「申し訳ございません、父王。妹に送る花を庭で選んでおり、こちらの事を失念しておりました」
ダークブラウンというより、ほぼ黒といっていい艶やかな髪。
内面の複雑な感情があらわれたかのような、灰色の瞳。
均整の取れた長身は、衣服で包んでいながらも引き締まった肉体を、どこかで感じさせてくれる。
騎士団長のレオナルドやアクセルオ王子とも異なった美丈夫。
ジャンヌの目の前まで来た時、硬い表情で彼が名乗った。
「オヴィリオだ」
彼がそれ以上に言う素振りもないのを察した女官の一人が、ジャンヌの耳元にそっと告げる。
第一王子オヴィリオ・ウルフ殿下です――と。
パウル王の長子。アクセルオの兄。
後から分かった事だが、本当は最初にこの二人の王子が儀式をするはずだったのだが、肝心のオヴィリオが見つからなかったため、最後に回されてしまったのだという。
ジャンヌを見る目。あからさまな態度。
顔立ちに相反して、どうにも面倒な人間のようだとジャンヌが察した時だった。
――馬鹿馬鹿しい。
おそらく聞こえたのは、ジャンヌだけであったろう。
周りを見ても今の呟きに反応したような様子はなかったが、確かにジャンヌだけは、はっきりと耳にした。
オヴィリオ王子が、吐き捨てるように小さく呟いたのを。
しかしどのような為人の人間でも、儀式そのものには関係ない。
願わくばこういう人物との契約は避けたいところだと思いつつ、ジャンヌは己の額に彼の手の甲を近付ける。
その際、僅かながら彼の手が震えている事を、彼女は密かに気付いた。
それがどういう感情からくる反応なのか。何か引っ掛かるものを覚えつつ、額に手を当てる。
光が放たれたのと、列席の貴族らが感嘆の声をあげたのと、そして――
オヴィリオの感情をジャンヌが理解したのが、同時だった。
どうして分かったのかは分からない。
それは神霊力によるものなのだろうか。それともジャンヌことアムロイの人を見る目によるものなのか。
どういうわけか、ジャンヌはオヴィリオの心の揺れを敏感に感じ取る事が出来たのだ。
それとは別に周囲の者には、誰よりも強い光が二人から放たれているのが見えていた。
レオナルド騎士団長やアクセルオ王子の時とは明らかに違う。誰の目にも明らかな輝き。
思わず、誰かが声を漏らしていた。
――王子こそ、選ばれた人なのか。この二人こそ、運命の二人なのか。
だがそれを耳聡く聞きつけたのだろう。咄嗟にオヴィリオが、額から手を退けた。
そして小さく一言――。
「俺は――お前を
大きい声でなかったが、聞こえる者には聞こえていたのだろう。
光が放たれた時のざわめきとは別種の囁きが、
その元凶は自分なんだと敏感に感じ取ったのだろう。
ならばと腹を括ったかのように、今度は少しばかり声音を普通にして、オヴィリオは吐き捨てるように言い放った。
「お前だけじゃない」
「え?」
「この世の
今度はもう、取り繕いなど出来るはずもなかった。
王子として、有り得ない発言。
けれどもジャンヌは、そんな言葉を浴びせられたにも関わらず平然としたものだった。
何故なら、彼の心が分かっていたから。
――この王子は、一緒だ。
何か聖女に対し、強い憎しみを抱いている。同時に、相反する感情も。
怒りも悲しみもせず、全てを見透かしたかのようなジャンヌの瞳にいたたまれなさを覚えたのか、オヴィリオは目を逸らし、周りからの制止の声も聞かずに乱暴な足取りで立ち去っていった。
――分かるよ。その気持ち。
遠ざかる背中を見て、ジャンヌは心の中で呟く。そして気付いていた。
憎しみと、怒りと、後悔と。
それは自分と同じ、復讐心だと。
なら、あたしは彼を利用するだけ――。
そして彼も、自分を利用すればいいと、彼女は思った。
同じ復讐者なのだから。
騒然とする周囲を意にも介さず、ジャンヌは落ち着いたまま、ゆっくりとよく通る声で告げた。
「オヴィリオ殿下も、
その声に、玉座の間が鎮まりかえる。
それは、三人の