「ふざけやがって、あいつ」
飛び込むように寝台に身を投げ出し、頬を膨らませるジャンヌ。
そんな彼女を笑いながら、具象化されたラグイルが周囲を飛び回っていた。
「いいじゃねえか、お似合いだぜ」
妖精の少女のような姿からは想像もつかない男口調は、相変わらず。小鳥ぐらいの大きさと小鳥よりもすばしっこい動きで、八つ当たり気味に捕まえようとするジャンヌの手を、笑いながらすり抜けていった。
説明を受けて一人になった後、ジャンヌはどっと襲ってきた疲れを吐き出すように、ベッドへ飛び込んだのである。
「嘘つきの
「うっさいなぁ。呼んでもないのに勝手に出てこないでよ。あんた、口が軽いんだからほいほい出られるとあたしが困るんだけど」
「だぁれが尻が軽いって? 色んな男を誘惑しまくるおめぇこそ、クソ尻軽じゃねえか」
「尻軽なんて言ってない。あたしが言ったのは口が軽いって事。あんた、
「このクソったれ……オレ様に向かってよくそんな事が言えたな? ああ? もうてめえになんか力を貸してやんねーぞ。それでもいいのか?」
「ハァ? 現世に来たいから依代になってくれって言ったのは、あんたの方でしょうが。ほんと最悪」
「てめえの性格の方がサイアクだっつーの」
「もうほんとうっさい。あたしに悪口言う暇あったら、少しぐらい知恵を出しなさいよ。神霊らしく」
「何が神霊らしくだよ。てか、知恵ってあれか? あのツンデレ王子をどうにかしようっていう知恵か? へっ、まさかおめぇ、あのツンデレに一目惚れでもしたのかよ? こいつぁ笑わせる」
実際に腹を抱えて空中で笑うラグイルに、ジャンヌはベッドの枕を投げつけた。直撃で墜落したラグイルが「何すんだこのアバズレ!」と怒りで飛び出すも、ジャンヌも負けてはいない。
「何であたし――僕が男に惚れるんだよ。あんたも〝感じた〟でしょ。あのオヴィリオ王子が、一番相性いいって。つまり性格が問題でも、あの王子と契約するのが一番って事になるじゃない。だったらあの聖女嫌いをどうにかしなきゃいけないでしょうが」
「へっ、別に後の二人でも悪かねーと思うぜ。ツラも結構良かったしな」
「顔で決めんのかよ。ほんと馬鹿なの」
「まああれだな。あそこまで聖女を毛嫌いしてるって事は、おめぇに対しても相当警戒するだろうし、そもそもおめぇのくっっっっだらねえブリッ子なんざ通用しねえだろうから、下手をすりゃおめぇの正体がバレる可能性もあるわな。そうなったらどうなるやら」
だから何とかしなきゃって言ってるのと、ジャンヌは不貞腐れる。
仮にオヴィリオではなくアクセルオかレオナルドを選んだとしても、オヴィリオから向けられる嫌悪のような目線が消える事はないだろう。
一人でも自分の不支持者がいる事は――ましてやそれが権力中枢に近いところにいるのなら――ジャンヌの支持基盤を揺るがしかねない事になる。それは彼女の目的に対する障害にもなるだろうし、ラグイルの言う通り、正体がバレる可能性を上げてしまうかもしれなかった。
だから何かいい知恵は、と再度ジャンヌが口を開きかけた時だった。
彼女の部屋をノックする音が響き、言い争いが一瞬で止まる。
「ジャンヌ、ちょっとよろしいですか?」
声は、ホランドだった。
だったらまあいいかとラグイルを引っ込めず、彼女は扉を開ける。
そのまま躊躇うホランドを半ば揶揄うように、強引に部屋の中へ招き入れた。
それぞれ椅子に腰を下ろす二人。しかしホランドに落ち着いた様子はなく、司祭とはいえ男を部屋に入れるのはよろしくないだろうとさえ言うが、それに対して「手短にすればいいじゃん」と屈託なく返すジャンヌ。
「それとも長くなるような話をしにきたの? もしくは話以外とか」
「は、話以外とかそういう紛らわしい言い方は危険だよ。ただでさえ綱渡りの計画なのに、危なっかしい言動は謹んでくれ。私の身が保たない……」
「ちょっと、もっとしっかりしてよ。あたしの本当の味方は君だけなんだから」
更に誤解を招きかねない、しかもホランドの心をざわつかせるような言い方に、彼は口をもごもごさせてしまう。そんな彼に追い打ちをかけるように、ラグイルがふわりと鼻先に飛んできて告げた。
「何が危なっかしいだ。てめぇの方がよっぽど危ねえくせに、よく言うぜ。歩く爆弾みてえな野郎がよ」
「フ、
「なぁにが下手を打つだ。ホントてめぇは、な~んも分かってねえのな。ま、だから面白いんだけどよ」
妙に含みを持った言い方というか、微妙に噛み合わない会話に面食らいながら、ホランドは肝心の要件に意識と話を戻す。