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Chap.1 - EP2(6)『ゼーラン王国 ―最初から、もう―』

「と、とにかく、手短にしなくてはいけないので――いいですか、ジャンヌ?」

「アムロイでもいいよ、二人の時はさ。で、何?」


 だからそういう危ない言い方は……と小さく呟いた後、ホランドは咳払いを一つして気持ちを切り替えた。


「先ほどの国王陛下との謁見でも気になってたんです」

「何が?」

「アム――いえ、ジャンヌ、貴女本当に、マーセラに何もしなかったんですよね?」

「何もしなかったって、どういう意味?」

「……私は聖女調査官です。自分で言うのもなんですが、三年の修行だけでそこまでになれたぐらい、神霊力を読み取る力はそれなりのものがあると自負しています。力そのものの総量は守護士ガードナーなどに比べれば僅かなものですが。でも、検知したり調べたりする事にはかなりの自信があります」

「そうだね。君があたしの守護士ガードナーになってくれたら本当は一番良かったんだけど、それは無理だからね。で?」

「その私の見立てでは、マーセラの力は紛れもなく聖女フローラで、あのアザウザも聖女兵器アルマ・フロスでした。ですよね、ラグイル様」


 不意にラグイルに向けられた問いに、小鳥サイズの神霊は「さあねえ」と生返事をするだけ。

 だけどそれで充分だと、ホランドは判断した。


「不自然なんです。邪霊であったりその他のものなら、ああもはっきりとした神霊力を感じるはずはありません。なのにアザウザは間違いなく聖女兵器アルマ・フロスでした。あの時マーセラは言いました。ジャンヌ、貴女が何かをしたに違いないと。もしかしたら彼女は、本当にそれを感じ取っていたんじゃないかって」

「あたしを疑うっていうの?」

「辻褄が合わないんです。それに、今もそうですけど、前にラグイル様も仰いました。アザウザは聖女兵器アルマ・フロスだと」


 少しだけ間を置いた後、ジャンヌは舌をぺろりと出して微笑んだ。


「バレちゃったか。いつかはだと思ってたけど、こんな早く気付くとはね。さすが親友」


 あまりにもあっさりと認めた事に、むしろホランドは呆れて声も出せなかった。


 ジャンヌは椅子から立ち上がり、片手を前に向けて翻す。まるで演奏の指揮者のように。


 きらり――と光の線が宙を舞う。


 それはホランドの体から出てきたもの。


「これって」

「君の髪、君の服、それぞれにあたしの〝糸〟を紛れさせておいたの」

「糸……神霊力の……これで?」

「そうだよ。毒蜘蛛ってあるじゃない? このラグイルの糸にはね、毒ってわけじゃないけど、これに触れると触れた相手の神霊力を不安定にさせるような効果もあるんだよ。相手の力の種類にもよるし、絶対ってわけではないけどさ」


 聞いた瞬間、ホランドの顔からさっと血の気が引いた。


「まさか……何か仕掛けたっていうのはマーセラにじゃなく――」

「そ。君にだよ、ホランド」

「そんな……」


 聖女調査の儀式の際、調査官が聖女に神霊力を用いるのは必然。

 ジャンヌは密かにホランドの体に自身の糸を潜ませておき、調べの儀式の際に糸の〝力〟が発動するよう仕込んでおいたのである。


 これによりマーセラの力は乱され、聖餐果でも腐った果実のようなものが生み出されてしまったのだ。


 それを告げると、尚一層ホランドは顔を青ざめさせてしまう。


「それじゃあマーセラは、本当は……。いや、彼女の言う通り、本当に聖女フローラが二人も出たって事になるんじゃあ」

「いや、それはどうだろうな」


 愕然とするホランドだが、ところがその言葉を、ラグイルが否定をした。


「え……どういう事ですか?」


 しかしそれに対しては何も返さず、ラグイルは別の事実を続ける。


「まあおめぇは隙だらけだったからな。このエセ聖女がおめぇに仕込むなんざ、簡単だったみたいだぜ」

「ちょ、ちょっと待ってください。一体いつ私に――もしかして、あの、聖印を見せた時……」

「ううん、違うよ。最初だよ、出会った時。あの時あたしと握手したでしょ」


 つまり再会した最初から、もう彼女の術中だったという事か。


「もしかしてあの暴漢の連中も――」

「まさか、それはないよ。君があそこにいたのもあたしがあそこにいたのも偶然。逆にこっちが吃驚びっくりしたんだから。でも一目見て君だって分かったし、派遣されてくる調査官が君っていうのも一瞬で分かったよ」

「待って。どうして君は、マーセラにあんな事を。聖女フローラが二人いたら何か問題なのか? それに彼女に協力者になってもらうって方途みちもあっただろう」

「馬鹿だなぁ。イェンセンの教会でも言っただろ。あの子は自分をよく見せようとするそういう子なんだ。あたしの目的が復讐で、ましてや実は男だったなんてあの子が知ったらどういう風に利用されるか分からないじゃない。ようは信頼出来ないって事。そんなのがあたしと並んで聖女になったら、復讐の邪魔でしかないよ」

「じゃ、じゃああの時――マーセラが聖女フローラじゃないってなった時、君は彼女に何か囁いたよね。彼女を労るようにしながら。あれで彼女は豹変したように、私には見えた。何を――何を言ったんだ」

「ああ、あの時か。あれは確か……何だったけ? そんな大した事は言ってないよ。ちょっとした嫌味を耳打ちしただけ」

「嫌味――?」

「そうそう。あ、そうだ思い出した。〝残念だったね、ニセ聖女フローラさん〟て、そう言ったの」


 確かにこの上ない嫌味だろう。


 だが特別な何かではないし、あの瞬間だけなら、確かに彼女は偽物だと断定されたのだから、悪意はあれども不自然ではない。

 だったら、ただ己のプライドを踏み躙られて逆上しただけ――だったのだろうか。


 両目を閉じて無言のまま、ホランドは少しだけ俯いていた。

 無理に何かを呑み込もうとしている、そんな風に見えた。


「――一つだけ、約束してください」


 顔を上げるホランド。


「今後、私を嵌めるような真似はしないで下さい。私を親友だと言ってくれるなら」


 ジャンヌはにっこりと微笑んで「それは無理かな」とあっさりと否定した。


「な……」

「だって君、演技とか全然出来ないじゃん。君に何もかも細かいやりとりとかを事前に打ち明けてたら、何かあった時にバレちゃう可能性が高くなるよ。ほら、言うでしょ? 人を騙すにはまず味方からって。大丈夫。君を驚かせたりはするけど、君に辛い思いなんてさせないから。ね?」


 人生で二番目の不幸を与えた彼女からそんな事を言われても、何の説得力も感じない。けれどもホランドに、それを跳ね返す言葉も怒りも、ありはしなかった。


 そんな事よりさ――と、ジャンヌが話を方向転換させる。


 結局、マーセラの一件はこれで有耶無耶に終わってしまうのだが、もう少しちゃんと話していれば、後日に起きる出来事を避けられたのかもしれない――。


 続けてジャンヌは、ホランドが来る前にラグイルと話していた内容を説明した。


「つまりそれは――オヴィリオ王子と仲良くなって、彼に聖女守護士フローラ・ガードナーになってもらいたいと……そういう事?」

「君も見たでしょ。多分、王子が力の相性が一番いい。あの人が協力してくれたら、あのクローディアだって倒せるはず」

「けど……全ての聖女フローラを認めない、なんて言ってましたからね。仲良くなるとするなら、やはり王子の事をもっと知らなければいけないんじゃないかな。例えばそうですね、このお城の人に話を聞くとか」

「あの王子の事を……か」


 周りの人間に聞いて回るのは、確かにそうだなとジャンヌも思った。


 そもそもジャンヌは、ある程度は王家についての情報も知ってはいたが、それでも個々人の過去や事情にまで精通しているわけではない。ましてや、オヴィリオ王子が聖女フローラを毛嫌いしているなど、さっき初めて知ったのだから。


「私もそれとなく聞いて回ります。まあ、あんな事があったのだから、私達が王子に関心を持っても不審がられはしないだろうし」

「ありがと、助かるよ」


 少し長居しすぎたかもしれないと言って、ホランドは部屋から退出していった。


 その後でジャンヌは考えを巡らせる。


 王子の事を知るなら、王子本人に直接聞くのが最も手っ取り早い。でもそれは無理に決まっている。


 だったら、この城の中で最も王子に近そうな人物に話を聞くが一番だろう――と。

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