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Chap.1 - EP2(7)『ゼーラン王国 ―王子の過去―』

「それで、ボクに兄上の事を聞きに来たのかい?」


 翌朝ジャンヌは、城の書庫で本を読んでいた第二王子のアクセルオに、話を聞きに行った。


 勿論、ジャンヌ自身の過去については話題にならないよう、巧みに誘導している。

 あくまで、昨日オヴィリオ王子はどうしてあんな事を言ったのでしょうと尋ねたにすぎない。


「ボクも候補者の一人なんだよ。兄上は分かるけどさ、ボクの事は聞きたくないの? 君はボクに興味はないのかな?」


 淡い褐色の髪に、整った顔立ち。

 線の細さといい物腰の柔らかさといい、兄のオヴィリオとはまた違った美形である。

 だが、笑っているのに笑っていない目を見ていると、何を考えているのか、どこか底の読めない男だと思ってしまう。


「勿論ございます。今度お時間を設けて、アクセルオ殿下の事も、是非教えてください。――ただ、今は候補とかそういうのではなく、あの方の仰った言葉があまりにもだったので……純粋にそれが気になってしまって。あたしの事が嫌いとか聖女が嫌いとかと言うより、むしろ憎んでるような……そんな感じを受けましたから」

「確かにまあ、そうだね。事情を知らないと、吃驚びっくりするのは当然か」

「もしかして、聖女兵器アルマ・フロスのせいでひどい目にあった事があるとか――」


 オゼンセの街で出くわした暴漢の台詞ではないが、そういう人間も少なくはない。ましてやこの国の聖女は、もうかなりの間不在となっているのだ。


「ダンメルクの〝蒼穹の聖女〟か……。確かにそれはその通りだよ。知っての通り、この国はダンメルクのせいで――と言うよりあの聖女のせいで国境も削られたし、いいようにされ放題だ。腹立たしい気持ちはボクも含めて誰も持っているし、兄上も同じなのは間違いないよ。むしろ兄上は、誰よりもそれが強いんじゃないかな」

「でもそれなら、この国に聖女フローラがあらわれるのを、誰よりも喜ばれるはずではないですか?」

「普通はね。少なくともボクはそうさ。この国のほとんどもそうだと思う。でも――兄上は違う。兄上はダンメルクの〝蒼穹の聖女〟だけじゃない。この世の聖女フローラ全部に、憎しみを持ってるんだ」


 まさにそれこそが、ジャンヌの知りたい部分だった。


 そういう顔をしていたのだろうし、むしろそういう風に見えるよう、意識してアクセルオを見つめていた。


「君、そんなに兄上の事が気になるんだ?」

「……」

「ちょっと残念だなぁ。ボクだって候補の一人だし、ちょっとは自信あったんだけど。それにオゼンセでは何て言うか、向こうに回す恰好になっちゃったけど、ボク自身は君の事、結構好きなんだよ」


 長い腕を折りたたむようにして、アクセルオはジャンヌの髪の毛に手を触れた。


 ほんの少しばかり、いや、気付かれない程度に身を固くしてしまうが、彼女はされるがままにして何も言わない。そんな様子のどこが面白いのか、アクセルオはくすりと笑みを浮かべる。


「ちょっとでもヘンな事をしたら、即座に殴ってやる――そんな感じだね」

「いえ、そんなまさか」

「やっぱり気に入ったよ、君の事。気に入ったから教えてあげる。ボクが守護士ガードナーになれなくっても、まあそれはそれで構わないし」

「……いいんですか」

「気に入るって好きになるのに近いでしょ? 好きになったんなら尽くしてあげるのが、紳士の役目だからね」


 やはり何を考えているのか、どうにも読めない人だとジャンヌは思った。

 ただ、掴みどころはなくてもいい人には思える。それだけに、彼との相性の方が良ければ、彼を選んでいたかもしれない。


 そう思う気持ちと、やはりそれには待ったをかける気持ちの両方が、何故だかあった。


 どうして待ったがかかるのか。


 その時ジャンヌの脳裏に浮かんだのは、オヴィリオの顔だった。

 やはりそれも、どうしてかは分からない。


「兄上はね、色んな聖女に大切な全部を奪われたんだよ」

「大切な……奪われた――?」

「ダンメルクのクローディアは、言うまでもないよね。ちなみにだけどクローディアに奪われたのは国だけじゃない。ボクらには血の繋がりのない妹がいてさ。小さい時、兄は妹をすごく可愛がっていたんだけど、その妹はもうずっと長い間ダンメルクに人質として差し出されているんだ」


 それはジャンヌも知っていた。

 というか、ジャンヌは元々アムロイ・シュミットというダンメルクの貴族の家の出身なのだ。知らないはずはない。

 それだけではなく、別の意味でもだが――。


「国と妹を奪ったダンメルク王国。その王国を操ってると専ら噂されているのがクローディアだからね。でもね、ダンメルクやクローディアだけじゃないんだ。この国はさ、どれくらい聖女がいないか知ってる?」


 突然の質問にジャンヌは一瞬きょとんとなったが、すぐに記憶をまさぐり、答えを出した。


「確か一五年か一六年ぐらいではなかったでしょうか……」

「正解。一六年だ。丁度ボクの年齢と同じだね」


 年月よりも、目の前の王子が自分より一歳だけとはいえ歳下だった事に、ジャンヌは驚きを隠せない。


「一六年前にはこの国にも聖女がいたんだ。でも、その聖女が何故いなくなったのか、君は知らないだろ? 一般的には病死したってなってるけど本当は違う。彼女はね、自殺したんだ」

「えっ――」

「彼女はその時の兄上の一番大事だったものを奪って、死んでいった。だから兄は、聖女フローラを憎んでるんだ」

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