この時点で契約者も決まってしまう場合も多いが、複数の候補者が出る事も珍しくはなかった。今回のジャンヌの
更にそこから誰が最も相応しい一人か、候補者から選び出すのである。
複数から一人を選ぶというのはそれなりに難しいもので、それにあたり、神霊力を互いに清廉なものにした方がより正確性が増すとされていた。したがって候補者選びの後で、二、三日ほど身を清める時間を設け、改めて契約者選びを行うのが最も作法に適っているとされている。
この期間の世話係として、そしてその後も継続した身の回りの世話をする者として、ジャンヌにも専属の下女があてがわれる事となった。
「ど、どうもはじめまして……ギルダと申します、聖女様……」
全部の語尾が萎んでしまうのが、性格の全てをあらわしているような女性。
おそらく下級貴族の出身なのだろう。おどおどしているのに、貴族としての所作は一応身についているのが分かる。
だが態度の臆病さとは裏腹に、背は女性の中ではかなり高かった。ジャンヌはもとより、多分ホランドよりも長身かもしれない。並んだアクセルオと比べてもそんなに変わらない高さがあった。
しかしその長身を申し訳なさそうに屈ませるところや焼けた肌の黒さ、垢抜けない風貌など、いかにも田舎者といった空気感が拭えずにいるような雰囲気がある。
アクセルオのお世話係の一人だったとの事で、彼が紹介ついでに連れてきたという。
「お世話する人は必要ないって言いませんでしたっけ」
「聞いてるよ。でも王国の
「はあ」
正直、ちょっと面倒だなとジャンヌは思った。
自分の身の回りは自分でしたいと考えるのは当然だろう。何せ正体の事もある。
世話係がいれば、自分の秘密がバレる可能性も高くなるだろうし、立ち回りの注意も増えてしまう。かといってあまりに固辞しすぎるのも余計な疑念を生む事になりかねない。
仕方なく世話係を受け容れはするが、あまり立ち入らせないようにしなくては――とも思っていた。もう一つ言うなら、アクセルオ王子のお世話係だったというのも引っ掛かる部分ではある。
「あの……その……」
「何?」
もじもじしてはっきりしないなぁ、などと思ってる事はおくびにも出さない。
いつもの花のような微笑みをギルダにも向けるジャンヌ。
そんな聖女の笑顔を見た途端、ギルダと名乗った下女はいきなり声をあげた。
「は、はわわわわ~!」
まさに文字通り、腰が砕ける動きで膝を折る。
「へ? 何?」
赤らめた顔を両手の平で覆い、目をうるうるさせながら口をわななかせている。
あまりの変化に、むしろジャンヌが
「わ、わたくしめの推しが……推し聖女サマがわたくしめ如きに微笑んでくださるだなんて……! ああ、もう、今すぐ死んでもいい……(うっとり)」
ちなみに最後のうっとりは自分で言っている。
「何てお美しい……! 何てお可愛いらしい! 私、一生ジャンヌ様を推していく事を、改めてこの場で誓いますぅ!」
びくびくおどおどしていたかと思えば、急に声も大きくなれば挙動まで豹変してしまった事に、ジャンヌですら圧倒されていた。
「お、推しって、何……? ていうか、何、これ?」
「あーうん、えっと……こういう子なんだよ、このギルダって子は」
「え、ええと……」
苦笑いしながら説明するアクセルオに、ジャンヌがじっとりとした目を向けた。
「何て言うか感情表現の個性的な子でね……」
「それっていわゆる残念なって言いません?」
「身も蓋もなく言うとそうだねえ」
この間、二人の会話を聞いているのかいないのか、ギルダは自分の両肩を抱いて感動したまま。
「前まではオヴィリオ兄上の推しだ、なんて言ってたんだけど、君があらわれてから宗旨替えしたみたいになってね」
その一言に、ギルダは態度を急変させて、噛み付くような顔をする。
「何を言うんですか、殿下! 推し活は好きが増えこそすれ宗旨替えなんて有り得ませんッ! 推しというのは増えるだけ。私は今でもオヴィリオ殿下推しです! けど今はジャンヌ様推しでもあるんです! そ・こ・を、間違えないでください! そういうのは営業妨害と言うんですよッ」
「営業妨害って……」
「ま、まあこういう子だからさ。味方にはなりこそすれ邪魔にはならないでしょ、きっとね」
アクセルオの顔と言葉から、これはあれだ、押し付けてきたというやつだなとジャンヌは察した。
とまあそんな事があったとはいえ、実際アクセルオの言った通り、ギルダはジャンヌの崇拝者と言っていいほどだったので、基本言う事は全部聞くし、ここからは来ないでと言ったあらゆる決め事を守ってくれた。むしろギルダがいてくれるお陰で、ジャンヌは余計な気を張らなくて済むくらいだった。
有り体に言えば、災い転じて福と為ったのである。
なので契約者選びまでも落ち着いて過ごせたし、これでその後の計画も上手くいく可能性が上がったと言えた。
そしていよいよ、契約者選びの日――。
ゲーリック城にある庭園に、王と大臣四名、ならびに国の大司教とホランド司祭、そしてジャンヌが集っていた。
そこに現れる――
騎士団長レオナルド・ウェルズ。
第二王子アクセルオ・ウルフ。
だが、オヴィリオの姿はまだ見えなかった。
「やはり来ぬか……」
事情を知った今となっては、そう呟く王に対しても複雑な感情を抱かざるを得ないジャンヌだったが、とはいえそれを今更言えば、それこそオヴィリオと同じになってしまう。
それに今はそれよりも、オヴィリオが来なかった事の方が重要だった。
――やっぱり駄目だったか……。
あの後、もう一度会うべきかどうか悩んだのだが、彼にも考える時間が必要だろうし、何よりあまり接触をかけすぎるのも却って逆効果だろうとホランドと相談した事もあり、結局あれっきりだったのである。
むしろそれが今回は反対に作用したんだろうと思うが、今となっては後悔してもどうにもならない。
ジャンヌのお供にギルダも来ていたが、自分の主人の気持ちを察してか、はたまた推しが並ぶ姿を見れなかった残念さからか、彼女も顔のパーツを全体的に八の字にしている。
「これ以上待っても仕方あるまい。この二人から、契約者を選ぶ事とする」
王の命令で、儀式が開始される――と思ったその時だった。
「遅くなって申し訳ございません」
ほんのりと顔を上気させて、オヴィリオがあらわれたのだった。
王や大臣らの口から、思わず「おお」と声が上がる。
「何をしておった」
「その……妹に送る手紙を昨夜から書いておりまして。書きながら寝てしまい、そのまま寝過ごしてしまいました。誠に申し訳ございません」
「全く……お前という奴は」
王が呆れた声を出すも、安堵の色が滲むのは隠しきれない。それは誰もがそうであったろう。
謝罪を述べた後で、オヴィリオがチラリとジャンヌの方を見た。
ジャンヌとオヴィリオ、二人の目が一瞬だけ合った。
その瞬間、まるでそうするのが当然のように、ジャンヌは瞳で微笑む。
僅かに目を見開くオヴィリオ。
照れているのか、怒っているのか。いつもの仏頂面だから表情だけでは読み取れない。
ただそれだけで、ジャンヌには充分だった。