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Chap.1 - EP3(3)『聖堂聖騎士 ―殻騎聖力―』

 玉座の間から移動し、一同は王城の一角にある練兵場へと足を運んだ。


 模擬戦闘、ちょっとした手合わせ程度ならばそこまで大仰でなくともいいのでは――と、何も知らない人間ならば言うだろう。

 だが聖女守護士フローラ・ガードナー聖堂聖騎士サンクトゥス・ナイトらが戦えば、例え試合のようなものであっても、普通のそれと同じにはいかない。


 特殊化・特異化された神霊力フロース・ウィースを持つ彼らの戦闘は、どれだけ力を抑えていようが周囲にまで被害を齎す。それほどの力を持っているのが、これら異能の騎士なのだ。


「ボクらは時間稼ぎだ」


 練兵場へ行く途中、ジャンヌとオヴィリオにアクセルオはそっと告げる。


「ボクらが戦っている間、ほんのちょっとでもいいから、ジャンヌは兄上に君の神霊力フロース・ウィースがどういうものかを伝えて。ホランド司祭も、協力してほしい。もし可能なら、四種の力のどれが発現しているかまで分かってる方がいいだろうね」

「まさか、そのためだけに名乗りを上げたの? そんな、危険よ」

「危険は百も承知さ。でもそれ以上に、兄上を失うわけにはいかない。絶対に。兄上と君は、ゼーランの宝なんだ。それをこんな形で奪われるかもしれないなんて……。そんな事、許せるはずないじゃないか」


 いつもうっすらと笑みを浮かべているような、それでいながら笑っているようで笑っていない目をした、どこか油断のならない王子――。

 ジャンヌはそんな風に思っていたが、想像以上にこのアクセルオという若者は、真面目で熱い魂を持っているのかもしれない。軽い調子の言動も、ひょっとしたらそんな自身の内面を隠すための仮面なのかもしれない――と。


 ともあれ、アクセルオの申し出は、ジャンヌにとって――というよりオヴィリオにとってこの上なく有難いものだった。


 ジャンヌと契約を果たしたといっても、まだ成って間もない初心者以下、立って歩く事さえ覚束ない赤子も同然の守護士ガードナーなのだ。加えて、彼はほんの少し前までの聖女嫌いもあって、碌にジャンヌについて知ってはいない。つまりそれは、彼女の聖女兵器アルマ・フロスについても、その力がどういうものでどういう性質なのかもである。


 それらを知っているだけで何がどう変わるのかと思うかもしれないが、神霊力であろうと日常の些細な事柄であろうと、己を知っているのと知らないのとでは何事においても雲泥の差がある。


 またホランドは、聖女調査の頃からジャンヌの神霊力を調べるなどして、彼女の力の性質などを把握している。ある意味において、本人以上に分かっている部分もあるだろう。だからジャンヌとの協力を、彼にも頼んだのであった。


 アクセルオの言葉に、騎士団長のレオナルドも頷く。


「我らも守護士ガードナーの候補に選ばれた二人です。聖堂聖騎士サンクトゥス・ナイトには遠く及ばないまでも、神霊力フロース・ウィースを全く持っていないわけではありませんから」


 長髪の見目麗しい騎士。

 オヴィリオやアクセルオとはまた違ったタイプの美丈夫である。


「ジャンヌ様、出来れば私は、心の底から貴女の守護士ガードナーになりたかったと今でも思っています。まだお会いしたばかり、会話すら一言二言交わしただけではありますが、それでも私は、貴女を慕っております」

「レオナルド様……」

「ですから貴女の為になら、喜んでこの身を捨て石にする覚悟にございます」


 王国に仕える騎士ならば、聖女の為にというだけでなく、王子殿下の為にの一言も言い添えるべきだろう。が、まるでのぼせ上がった一〇代の若者のように、レオナルドの目はジャンヌだけしか見えていないのが丸分かりだった。

 しかもそんな言動を真横で耳にしながら、二人の王子も彼を咎めはしない。


 気持ちは分かる――。


 オヴィリオもアクセルオも、むしろそんな顔をしていたからだ。

 ホランドはそんな様子に、心なしか呆れたような表情を浮かべるばかり。


 それどころかレオナルドの言葉を受け、ジャンヌも感銘を受けたように目を潤ませている。

 ホランドからすれば、こうなると最早滑稽にすら見えてしまう。


 ――やってるなぁ……。


 と、ただただ呆れるものの、彼の口は噤んだまま。


 そしてジャンヌは、彼らに同行していたギルダを呼んだ。世話係の彼女も、なし崩しの形で同席していたのである。

 そのギルダに、さっきの儀式で使った聖餐果はあるかと尋ねて、それを二人に差し出したのだ。


「お二方の儀式の際に創った、あの時の聖餐果です。あたしだけじゃなく、貴方がた自身の力も注がれた果実だから、きっと力を与えてくれるはず。二人はそれを全部食べてください」


 ジャンヌの言葉に、アクセルオとレオナルドは一度顔を見合わせた後で、一気にそれらを平らげた。


 成る程、全身の毛穴が開くというか、己でもはっきりと分かるほどに、身体中に力が漲ってくるのが分かった。


 こうして慌ただしい準備をしながら、全員が練兵場へと足を踏み入れる。


 到着後、聖堂聖騎士サンクトゥス・ナイト達の申し出で、試合は勝ち抜き戦となった。


「じゃ、オレからいかせて貰うぜ」


 リカードと呼ばれた紅毛金髪ストロベリーブロンドの男が真っ先に前に出る。


「早く来いよ、守護士ガードナーの王子サマ♡ その力がどれだけのモンか、オレが見定めてやるぜ」


 何もかもが挑発的で好戦的。それだけに露骨なまでに無礼であった。

 しかし挑発行為には乗らず、最初に出たのはレオナルド騎士団長だった。


「ンだぁ、最初はおめえじゃねーんだよ。おめぇみたいなのはオマケだ。オレはメインディッシュからかぶりつく人間なんだからよ。分かったらさっさと退け」


 吐き捨てるようなリカードの言葉は侮蔑以外の何物でもなかったが、しかしレオナルドはそれに薄く笑いを浮かべて返す。


「ああ?」

「我々凡百の騎士にもご教示くださると、貴国の聖女様は仰られたではありませんか。それとも貴方は、オヴィリオ殿下以外の〝オマケ〟を相手にしてからでは自信がないと――そう仰るのですかな? いや、これは失礼をしました。あの名高い聖堂聖騎士サンクトゥス・ナイト殿を買い被りすぎていたかもしれません」

「てめぇ……! 調子こいてんじゃねえぞ。いいだろう、五秒で這いつくばらせてやる」


 リカードがどういう人間かは、分かり易かったというべきだろう。

 他の人間ならば安いだけの挑発が、この男には実にてきめんの効果となった。

 相手を本気にさせる危険はあったものの、これにより、なし崩し的にレオナルドだけでなくアクセルオも、オヴィリオより先に手合わせをする状況までも出来上がったのだった。


 その間に、ジャンヌとホランドは自分の神霊力を使って、オヴィリオに備わった力を探る。




 そもそも聖女フローラには、創造と破壊以外に四つの異能があらわれるもの。


 シンボルとなる生物に由来した騎士的な力、もしくは術者的な力。


 またはシンボルの花に由来した騎士的な力、もしくは術者的な力。


 守護士ガードナー聖堂聖騎士サンクトゥス・ナイトは、この四つの内のどれかが発現するのだ。


 オヴィリオにはどのようなものがあらわれているのか――。


 その間に、最初の手合わせがはじまろうとしていた。

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