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Chap.1 - EP3(4)『聖堂聖騎士 ―嵐剣の鷹―』

ジャンヌさん。お互いの騎士が剣で傷付かないよう、それぞれの武器に神霊力フロース・ウィースで〝覆って〟おきましょう」


 開始の前に、クローディアがジャンヌに告げる。


 それぞれ力も特殊な為、練習用の木剣ではなく自身の武装で戦うのだが、そのまま手持ちの剣などで戦えば、ただの命のやり取りになってしまう。なので死人を出さないよう、刃を神霊力でコーティングし、斬れないようにしておこうというわけである。


 いわば神秘の力で、一時的な刃引きを行うというのだ。


 とはいえ、それでも鉄の塊で殴打するのと変わりはない。当たりどころが悪ければ――そうでなくともだが――どちらかが即死する危険は充分にあった。言ってしまえば、しないよりはまだマシといったところだろう。


「改めて名乗るぜ。俺はダンメルク王国聖女フローラ・クローディア様直属の聖堂聖騎士サンクトゥス・ナイトの一人、リカード・ホークだ」

「〝嵐剣の鷹〟リカード殿ですね。武名は聞き及んでおります。私はゼーラン王国騎士団団長レオナルド・ウェルズと申します」

「そうか、てめぇがゼーランの〝百折不撓ひゃくせつふとう〟か。さっきのも、あながちただの大口じゃねえってわけだな」


 両者共に大剣使い。

 剣の大きさで言えばリカードの方がより肉厚で巨大に見えるが、体格的にはレオナルドに分があるように見える。


 しかし、どちらがより恐れられる二つ名かといえば紛れもなくリカードの方であり、それはそのまま両者の実力差を示していた。


 二人の抜剣と共に、パウル王が開始の合図を告げる。


 同時に蹴立てられる大地。


 いきなり仕掛けたのは、リカードだった。


 宣言通り、五秒で倒してしまおうという事らしい。


 しかしそう来ると予測していたレオナルドは、相手の突進に合わせて、あえて後方に跳んで距離を取る。完全に呼吸を読んだ動きは、絶妙の一言。さすがは騎士団長といったところか。


 間合いを外された恰好となり、リカードの勢いは削がれてしまった――かに思えた瞬間。


「遅ぇんだよ」


 レオナルドの真後ろから――声。

 しかしリカードの姿は、目の前ではっきりと補足している。


 直後、凄まじい衝撃が、レオナルドに叩きつけられた。


 視界が途切れ、気付いた時には吹き飛ばされた後。目にした誰もが、息を呑んだ。


 レオナルドが倒された事にではない。



 リカードが、二人いたからである。



「オレの剣からは、誰であろうと逃れられねえ。てめえ如きが相手になると思うな」


 二人のリカードから、同じ言葉が放たれる。


 双子であったのか? などと勘繰るのが無駄だと分かるほど、それは明らかに異様な光景だった。


 異様さに拍車をかけるように、二人いたリカードの一人が、音もなく消えていく。まるで明かりが消されるように、空間に溶けて消失してしまった。


「あれが、あの聖堂聖騎士サンクトゥス・ナイト能力ちから……」

「オレの力はクローディア様の〝殻騎聖力ナイトキーパー〟。自由自在に分身を生み出す能力だ。オレに死角は存在しねえ」



 殻騎聖力ナイトキーパー



 聖女フローラが与える四つの異能の内、シンボルとなる生物に由来した騎士的な力。



「予告通り五秒で片付けてやったぜ。さァ、今度はさっさと守護士ガードナーの王子サマを――」

「ま、まだ……ですよ」


 挑発するリカードの発言を遮って、倒れたはずの男から声がした。


 驚き、振り返ると、リカードの目に飛び込んできたのは大剣を杖代わりに立ち上がっていたレオナルドの姿だった。


「斬れぬようにしていただいてなければ、今ので再起不能だったかもしれませんね……。それでも、正直かなりキツい一撃ではありましたが」

「てめえ……何で」

「貴方が言ったじゃありませんか、私の事を。――〝百折不撓〟と」


 不敵に笑みを浮かべるレオナルド。その口の端に、赤い糸を垂らしながら。


「このクソ野郎……!」


 リカードが吐き捨てた直後、レオナルドの左斜め後ろに、一瞬でリカードの分身が出現する。

 まさに予測不可能。

 だが今度はその急襲すら予測して、レオナルドは大剣を翳し、かろうじて背後の一撃を捌く。体が曲がれない方向に折れそうになるほどの剣撃。


「ぐっ――!」


 息が詰まる。

 が、その瞬間、防御とは違う正面側から、同じ質量の衝撃が彼を叩いた。


 分身ではなく、リカード本体による一撃だった。


 もう一度吹き飛ばされるレオナルド。


 先ほどは分身による死角からの攻撃だったが、今度は分身を囮にした、本体による一撃。変幻自在な上に何の兆しもなく突如分身があらわれるため、それだけでも回避は困難だというのに、どちらが攻撃を仕掛けるのか分からないときている。


 ただ、能力そのものよりも恐ろしいのはリカード自身だと、戦いを見つめるアクセルオは見抜いていた。能力の練度の高さや本人との相性もさる事ながら、動き、速度、剣技、どれをとってもまさに一級の使い手。


 〝嵐剣の鷹〟。


 その異名は伊達ではないという事か。


 しかし二撃目を当てたリカードの表情は、先ほどのような勝ち誇ったものではなかった。眉間は寄せられ、眦は吊り上がって険しい。


「成る程……。そーやってさっきのも防いだのか」


 リカードの言葉を裏付けるように、レオナルドは飛ばされたものの倒れておらず、それどころか剣を構え直している。


「オレの剣を受けたのと同時に、てめえの神霊力フロース・ウィースを一箇所に集中させて〝障壁シールド〟を作り、それを盾にして防いだって事か」


 レオナルドの胸の前。


 リカードの剣を受けた箇所に、白亜色の膜が浮かんでいる。まるでそこだけ、空間がひずんでいるかのような不可思議さ。



 貴族や騎士階級の人間が、聖餐果などを通じて神霊力に目覚めるという説明は以前にした。それは練磨を重ねていけば、ちょっとした攻撃や防御などに転用出来るようになり、レオナルドが今見せた障壁シールドはその一つである。

 これが攻撃に転じれば、物理的威力を持つ衝撃波ブラストとなる。ようは物質を伴わない、目に見えぬ塊のようなものを発生させると考えればいいわけだ。

 とはいえ、それでも威力のある大剣の一振りを受けて耐えられる強度を持った障壁シールドなど、守護士ガードナーでもなければ聖堂聖騎士サンクトゥス・ナイトでもない人間の神霊力で出せるはずがない。


「ゼーランの騎士団長って奴、ありゃあ何か仕掛けがあるなぁ。リカードの剣は、余裕で二、三人を同時にぶった斬るんだぞ。人間の神霊力であいつの剣を防ぐなんて、出来るはずがねえ」


 ダンメルク側で戦いを見ているメガネの聖堂聖騎士サンクトゥス・ナイトが、誰ともなしに呟く。

 彼の読みは正しかった。


 ダンメルクの彼らが来る前、守護士ガードナーの選別式でジャンヌと創り出した聖餐果がある。レオナルドはそれの残りを食べた事で、一時的に神霊力が増強されていたのだ。


 だが、強化された神霊力にだけ目が向きがちだが、そこはさして重要ではないと、対峙するリカードは理解していた。

 障壁シールドの強度もさる事ながら、それをピンポイントで一箇所に集中させる器用さ。何よりピンポイントという事は、リカードの攻撃を読まねば出来ぬ芸当である。咄嗟に出したものであれば尚の事。


「防御に特化した技術と武術。それに体の頑丈さ。それが〝百折不撓〟の理由ってワケか」


 目の鋭さはそのまま。しかしリカードの口元は、不敵な形に歪んでいた。


「お褒めにあずかり光栄です」

「褒めてるわけねーだろ。守るばっかで攻撃の出来ねえ剣に何の意味があんだよ。それにタネがバレりゃあ、どうって事ねえ。こっから先、オレの剣を防ぐ事は不可能だ」

「そう上手くいきますでしょうか?」


 口調は丁寧だが、敵意はそれと真逆。


 だがそんな安い挑発ごと、リカードは叩き潰しにかかる。


 今度はリカードとレオナルド、二人が同時に攻撃を仕掛けた。


 互いの大剣が、激しい金属音を打ち鳴らす。火花が散ると同時に、二者は距離を取って二撃目を繰り出そうとした。

 直後――


 ――分身!


 背後に出現した分身を感知するレオナルド。

 分身か、本体か。どちらの攻撃が本命か。

 どの攻撃をどう受け止め、或いは回避するか。

 瞬速の判断が求められ、レオナルドはそれをやってのける。


 分身の攻撃を紙一重で避け、更に避けられる事を察していた分身が蹴りも放つが、それを脛当てで防御。更に本体の攻撃を剣で受け止めようとするが――襲ってこない。


 陽動フェイント――!


 しかし分身と呼吸を合わせた本体の攻撃も、それぞれ剣と神霊力の障壁シールドで再度受け止めた。


 刹那――。


 視界だけではない。


 完全な感知の死角から、激しい打撃がレオナルドを打った。


 肺の空気は一瞬でなくなり、同時に彼の意識も、演劇の緞帳が下ろされるように閉ざされる。


 前のめりに吹き飛ばされたレオナルドは、ジャンヌ達のいる場所にまで転がり、そこで完全に気絶をした。

 彼の舞台は、あえなく、そしてあっけなく幕引きとなってしまう。


「治療師を!」


 倒され方、気絶の仕方――それが危険だと瞬時に判断したオヴィリオが、救護の人間を呼びつける。


「あたしも!」


 同じく敏感に感じ取ったジャンヌが、オヴィリオの力の解析を中断して、レオナルドに駆けつけようとする。


「待って! 君には殿下の事があるだろう」


 思わず引き止めようとするホランドに対し、「でも」と反論するジャンヌ。


「俺なら大丈夫だ。もう解析も終わってるし、後はホランド殿と何とかする。ジャンヌ、君は治療師と一緒にレオナルドを診てくれ」

「殿下」

「〝癒し〟も聖女フローラの務めだ。だろう?」


 制止をかけようとするホランドに大丈夫だと告げ、オヴィリオはジャンヌが離れる事を許した。こののっぴきならない状況で、オヴィリオの下した判断は甘すぎると言われかねないものだろう。けれどもその気遣いが出来るオヴィリオに、ジャンヌは改めて彼への好感を強くした。


 それとは別に、オヴィリオは練兵場の中央で佇む紅毛金髪ストロベリーブロンドの騎士を睨んでいる。

 大剣を肩に担ぎ、見下すような視線を向けるリカード。



その姿は――三人。



「オレの分身が一体だけって、誰が言ったよ?」


 嘲笑った後で、二体の分身が霧のように消えていく。


「防御だけしか能のねえ野郎はな、オレの相手じゃねえっつーの。オレの剣は絶対に防げねえ。回避不能の必殺剣なんだよ」


 必殺――というより卑怯な剣だと、ジャンヌは言ってやりたかった。一対一の戦いかと思っていたら三対一になっていたのと同じだからだ。

 しかし分身能力はリカードの殻騎聖力ナイトキーパー

 剣術や神霊力と同じなのだから、卑怯とはいささか違っている。それが分かっているだけに、尚の事割り切れない気持ちが残る。


「回避不能ね……。この世に絶対なんてないよ。子供じゃあるまいし、無敵だの必殺だのって、言ってて恥ずかしくならないのかなぁ?」


 そこへ、リカードの言葉を煽るような別の声。


「ああ?!」

「じゃあボクがその絶対とか必殺とかを破ったら、キミの負けって事でいいかな?」


 淡い褐色の髪色をした、高身長の若者。

 鞘から抜き放ったのは、高価な拵えの両刃の直剣。



 第二王子アクセルオだった。



「兄上の前に、ボクにもご教示してほしいな。でないとキミじゃ、兄上に一発でやられてボクが教わる機会がなくなってしまうからさ」

「何だと?」

「あ、違ったな。兄上の前にボクがキミを倒しちゃうかもしれないね」


 リカードのこめかみに、血管が浮かび上がる。


「どこまでもオレを舐め腐りやがって……! 御託はいい、さっさと来い! 一瞬でてめえの体ごとヘシ折ってやる」

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