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Chap.1 - EP3(6)『聖堂聖騎士 ―王子の実力―』

 ジャンヌ達のいる場所に戻ってきたアクセルオは、一度も見せた事のない表情で自嘲気味に笑い、深い溜め息を吐く。


 その姿を見て、ジャンヌは初めて気付いた。


 そうか。これがこの王子の本当の顔なんだ――と。


 作った笑顔で感情も読めなければ何を考えているかも分からない。

 ある種、掴みどころのない人物だと思っていたが、それは彼の表の顔。

 本当の彼は、生真面目で責任感が強く、己のやるべき事を冷静に捉え、それを大胆に実行する。ある意味誰よりも献身的で〝尽くす〟人間なのだ。


 そんな優しくも頼もしい己の本性を、軽薄な言動をする事で隠している。


 おそらく兄であるオヴィリオをたてるためにだろう。自分が兄と張り合う事は、王国にとって決して好ましい事ではないと分かっているからこそ、彼は自分を貶めていたのだ。

 自分は軽んじられるよう。兄こそが王に相応しく思われるよう。


 そんな弟の心情おもいを全部分かった上で、オヴィリオはそれに応えようとしている。


 性格も何もまるで違う二人なのに、こんなに兄弟らしい兄弟もないな――とジャンヌは素直にそう感じた。


 ちょっと心が暖かくなったから――ジャンヌはアクセルオに、マリーゴールドの笑みを向ける。


 そんな顔を自分に向けてくれると思っていなかったのか、それとも戦いの疲れで油断していたのか、アクセルオは驚くと共に少しばかり顔を赤らめて、言葉に詰まってしまった。



 これまた初めて見せる照れた顔に、ジャンヌは可愛いな――と思った。



 そして、戦いの場に上がったオヴィリオへと視線と意識を向ける。

 オヴィリオもジャンヌの視線に気付いたのだろう。一度だけ振り返り、小さく頷きで返した。


「さっきの糸――。兄上はもう……?」


 ジャンヌに尋ねるアクセルオ。


「うん。あたしとホランド司祭に出来る事は、全部やった。オヴィリオ殿下に宿った力とその使い方は、もう殿下自身も理解している。あとは殿下次第」

「糸……蜘蛛の力――つまり兄上のは、向こうと同じ殻騎聖力ナイトキーパー……?」

「いえ、殿下に宿ったのは蜘蛛の術士――〝殻理法力プレイアキーパー〟の力です」


 聖女の四つの異能の一つ。シンボルとなる生物に由来した術士としての力――。


「で、どうなの」

「あのリカードって騎士との試合なら、もう決着は着いてるのと同じだと思う。問題はその次だね。でもそれも、見ていれば分かる」

「まだ戦ってもいないのに、決着が着いてる――?」

「貴方の兄上、オヴィリオ殿下は凄いよ、ほんと」


 初夏の輝きのような微笑みを浮かべるジャンヌの横顔を見つめ、アクセルオは彼にしては珍しく、言うべき言葉が見つからなかった。いずれにせよ、答えはすぐに出るだろう。


 練兵場の中央で、剣を構える聖堂聖騎士サンクトゥス・ナイトリカード。


 対するオヴィリオは、細剣レイピアのような細身の剣を抜きはするものの、腕はダラリと下げたまま。脱力さえしているように見えた。


「おい、何で構えねえ。ふざけてんのか」

「これが俺の構えだ。いつでもかかってくるといい」

「兄弟揃って俺を虚仮にしようってか……。いいだろう。ただしてめえは守護士ガードナーだ。さっきまでの二人みてえに、加減はしてやらねえぞ」


 リカードもさすがに挑発に慣れてきたのか。声に怒りは滲んでいるものの、激情を制御して、全てを己の爆発力の泉に注ぎ込んでいるように見える。もしくは、さっき見せたオヴィリオの異能を警戒しての事かもしれない。

 そんなリカードの様子に、両者を見つめるダンメルクの聖騎士二人も、表情を変えた。


「勿論構わない。貴方が異能ちからを出したように、俺も惜しまず使おう。でも、貴方が自分で思ってる事が叶うかどうかは、別だがな」

「ああ? どういう意味だ」

「とっくに勝負は、着いているって事だ」


 剣を力なく下げたまま、無防備かつ無造作に、オヴィリオはリカードの方へと歩いていった。

 防御も攻撃もする気はない。そんな風にしか見えない。


 最初、何をしているのか、どういうつもりなのか考えが読めなかったリカードだが、これが明らかな挑発だと理解した瞬間、制御していた怒りは一瞬でタガが外れてしまった。


 殺す――。


 王子だとか手合わせだとか関係ねえ。オレを舐めたこいつとこいつの弟を、殺してやる。


 殺意だけで思考が塗りつぶされ、それは同時に行動へと繋がる――はずだったが。


「――?!」



 リカードの体は、微動だにしなかった。



 動きたくとも動けない。

 足も踏み出せなければ手も動かない。

 それどころか、分身体も出せなくなっていた。

 見れば、目の前にオヴィリオが立っている。間合いの内側どころではない。すぐ目の前、手で触れる距離にまで近付いていた。


「これは……!」

「さっきされたのに、もう忘れたのか。一度ある事は二度ある。世の常識だと思うけどな」

「馬鹿な。お前はそんな素振り、一度だって――」


 そこまで言って、リカードは気付いた。確かにアクセルオと交代すると言ってから、異能を出すような素振りは一度も見せてない。間違いない。

 だが、それを言う前は? 最初にこちらの動きを止めたあの時に、既にもう全部終わっていたのだとしたら?


「だから言ったんだ。もう勝負は着いてるって」


 細剣レイピアの刃をリカードの頬に当て、無表情に告げるオヴィリオ。


 アクセルオとの戦いに割って入った際に、オヴィリオは一度リカードの動きを止めている。異能の〝糸〟の力で彼の全身を拘束して。


 あれはあの瞬間にだけ・・出したものだと思っていたが実はそうではなく、一旦戒めを解いた後でも実は密かに糸は出し続けており、地面などに伏せさせておいたのだとしたら?


 つまりリカードの動きを縛るぐらい、いつでも出来たという事である。

 しかも以前ジャンヌがホランドに説明をしているが、彼女に宿るラグイルの糸は、相手の神霊力を乱す効果があるのだ。リカードが分身を出せなくなっているのは、そういう事でもあった。


「ふざっけんな――!」


 身動きは取れない。異能は使えない。しかし、まだ手はある。


 そう言わんばかりに鬼の形相で睨むリカード。腕は動かせないが、指まではそうはいかない。


 彼は力を込め、乱された神霊力をかき集めるようにイメージした。異能は狂わされても、もう一つの力までその限りではないはずだと、本能で理解しているのだろう。

 あの力・・・なら、多少神霊力が不安定でも発動自体は可能なはずであると。


 剣を持つ右腕の横から、暗殺武器のような素早さで切っ先が放たれた。

 昆虫の足を彷彿とさせる、節のある小槍。神霊の槍マヌス・スピアだった。


 油断をついての最後の抵抗。


 しかし。


 オヴィリオにリカードの神霊の槍マヌス・スピアは届かず。


 その穂先は、別の穂先で止められていた。


 オヴィリオの体からも、オレンジ色の槍が出現していたのだ。


「なっ……! てめえも、神霊の槍マヌス・スピアだと?!」


 リカードが出せるのなら、オヴィリオとて出せるはず。

 理屈ではそうだが、実際に目にすると驚きを隠せない。


 何故なら異能の力もそうだが、神霊の槍マヌス・スピアは聖女と契約した後、かなりその力に馴染まないと出せるようになれないからだ。ましてや使いこなすには、当然だがある程度の修練が必須になる。そういう意味では、剣術や武術と同じかもしれない。

 にも関わらず、さっき契約したばかりのオヴィリオは、熟練の能力者のようにそれを使っているのである。


「これ以上は恥の上塗りになるが、どうする?」


 最早誰の目にも明らかだった。


「リカード、そこまでだ」


 終了を告げたのは女性の聖堂聖騎士サンクトゥス・ナイト


「コーネリア……!」


 忌々しげに仲間を睨むも、横で頷く眼鏡の騎士を見て、彼は認めた。


 それは、手も足も出なかった聖堂聖騎士サンクトゥス・ナイトらに対し、初めてゼーラン王国の騎士が勝ちを得た瞬間であった。

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