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Chap.1 - EP3(7)『聖堂聖騎士 ―二羽目の鷹―』

「すまねえ、兄貴」


 歯軋りし、悔しそうに項垂れるリカードに、二人の聖堂聖騎士サンクトゥス・ナイトは異なった顔を見せた。


「油断していたお前が悪い――と言いたいが、あれは相手が悪かった。まだ契約したてだろうに、あそこまで〝力〟を使いこなせているとは誰も思わんだろう。気にする必要はない」


 意外にも労う言葉をかけたのは、兄ではなくコーネリアという女性の方。


 反対に兄と呼んだ病的な肌の色をした眼鏡の男は、心底疲れ切った溜め息を吐く。


「お前なぁ、俺の手を煩わせるなよ……。ただでさえダルいのに、手合わせまでさせるなんて、勘弁してくれ。立ち眩みしそうだぜ、ったくよぉ」

「すまねえ……」

「マジで勘弁してくれ」


 ぶつぶつと文句を言いながら、それでもリカードの兄は前に出る。

 足取りは重く、嫌々なのは露骨だったが。


「まったくあいつは……」


 健闘した弟に慰めの言葉一つ口にしない兄を見て、コーネリアが呆れたように言うが、そんな彼女にリカードは口を尖らせた。


「オズにぃを悪く言うのはよせ」


 己に労いすらない兄なのに、非難の言葉を弟は咎めた。

 そんなリカードに、コーネリアは更なる呆れた目を向ける。


「まったくなのは、お前達兄弟だな」


 大剣使いの弟と違い、兄は腰に反りのある曲剣を差していた。


 顔は病的に生白く、おそらく先天性白子アルビノなのだろう。

 ほぼ白髪に近い白金プラチナの髪に、瞳は赤味がかっている。だが見た目の虚弱さは本物らしく、何度か咳き込んでいるし、眼鏡で分かり難いが目の下には濃い隈があった。


「はぁ〜、ダリぃ。何でもいいから早く終わらせてくれ。ほんと頼むわ……」


 どう見ても、戦いに向いているようには見えない。


「名乗る気もおきねえけど、あんた、王子様だからな。一応名乗ってやるよ、礼儀として。俺はオズワルド・ホーク。さっきのリカードの兄だ」

「大丈夫……なのか? 随分と顔色が悪いみたいだが」

「ああ、そうだよ。だいぶしんどいしダルい。ダルすぎて喋んのも疲れるわ。だからさっさと終わらせるぜ。俺はあんたに教える気なんざ、さらさらねえからよ」


 気怠げに首を動かし、開始の合図を促すオズワルド。

 病的で生気すら薄いのに、瞳の鋭さは死神のような冷気を孕んでいた。


 パウル王の開始の声。


 だが、急かした割にオズワルドは動き出さない。右手は剣の柄にかかっているが、その場で佇んだまま。長身を猫背気味に曲げ、視線すらオヴィリオに向いていなかった。


 ――何だ?


 不気味な立ち姿に、オヴィリオは警戒心を強める。

 牽制的に糸の結界で動きを縛ろうともするが、何かに阻まれてそれも叶わない。


「あんたのその糸だけどなぁ、俺には通じないぜ。俺の能力とちょっと似てっからよぉ」


 鞘に当てていた左手を動かし、こちらへ来いというような動きを指先で行う。すると、細長い何かが地面を割って外に出てくる。



 それは、蔓。



 荊の蔓が、蛇が鎌首をもたげるように地中から出現したのだ。


「あんたの糸は、俺の荊で全部絡み取った。だから俺の動きを封じるのは無理だぜ」

「神霊力で出来た荊――。それが貴方の能力」

「そうだ。クローディア様の〝花騎聖力ナイトフローリスタ〟。どれだけ強靭な糸でも、糸は所詮糸だ。棘はねえし、蔓ほどに頑丈じゃねえ」


 荊の蔓といっても、実際のものと違う事は容易に想像出来た。そもそも蔓は、生き物のように自在に動いたりはしない。それは最早荊というより、棘のついた蛇の生き物といってもいいだろう。


 これを見ていたアクセルオが、ジャンヌとホランドに問う。


「あの荊……兄上の――君の糸の力の上位互換って事か。能力的には、相性の悪い相手になるんじゃないのか?」

「あのオズワルドって人の言葉通りなら、そうだと思う。でも、あたしの――オヴィリオ殿下の糸は、太陽の糸。荊で防ごうとも、太陽の輝きは防ぎきれない」

「太陽……?」


 ジャンヌの言葉が聞こえたわけではないが、オヴィリオもそれに気付いている。


「確かに貴方の言う通り、蔓で糸は防げるが、反対は無理だろう。ただしそれが、普通の糸なら、だがな」

「何?」

「俺の糸は太陽の聖女フローラジャンヌ・ジャンセンの糸。太陽の糸だ」


 オヴィリオは片手を前に突き出し、指先を動かす。

 目に見えぬ何かを掴むように。

 阻む全てを剥ぎ取るように。



「〝遍く全て、陽光ニヒル・スブ・に照らされんソーレ・ノウム〟」



 彼の手から、光が走った。

 細さのあまり見えなかった糸が、自ら光を放ったのだ。

 見ればそれは、周囲一帯に蜘蛛の巣状に広がり、ある種の結界となっていた。




「〝鬼蜘蛛の霊火イグニス・ファトゥウス〟」




 掲げた指先から放たれる炎。

 炎が糸を伝い、生き物のように操られて荊のある方へと向かう。

 それは荊に絡まれた糸へと伝わり、荊の蔓を炎で焼き尽くしていった。


「蔓は強靭でも、それが植物なら、炎には勝てない」

「炎の糸か……。ハァ、マジでクソダリぃな。これじゃあ、剣を抜くしかねえじゃねえか」

「俺は最初からそのつもりだけどな」


 オズワルドが腰溜めに姿勢を低くする。

 猫背を深くし、まるで飛びかかる前の猛獣のようだ。


「死んでも知らねえぞ」


 面倒そうにオズワルドが吐き捨てるや否や――。

 彼の姿は一瞬で消えた。


 ――!


 咄嗟の反応で横っ飛びをし、オヴィリオは回避運動をかける。しかし、いつの間に出していたのか。

 さっきまでオヴィリオがいた地点から蔓が地面をぶち抜いて無数に生え、それが一本の木のようになっているではないか。


 その蔓の塊を足場にし、オズワルドは追尾の跳躍をかける。


「遅ぇよ」


 閃光。

 刃の閃き。


 オズワルドが曲剣を鞘から引き抜くのと、斬る動作が同時。


 が、光は甲高い金属音が、不発に終わった事を知らせる。


 オヴィリオが細剣レイピアで、今の目にも止まらぬ斬撃を防いだのである。

 まさに超人的な反応だった。しかも糸杉のような細い剣身であるのに、あれほどの凄まじい斬り付けを防ぐ技倆も恐るべきもの。


 防いだ方も防がれた方も、互いに驚きを隠せない。


「今のがキマんねえのかよ。なんつうダリぃ奴なんだ。マジで勘弁してくれ」


 互いに距離を取る両者。

 周囲の者も息を呑むばかり。


「嘘だろ。兄貴の〝居合い斬りスピード・スラッシュ〟を……」

「ダンメルクの双翼の鷹――〝光刃の翼〟オズワルドの剣を防ぐとはな」


 リカードとコーネリアも、それぞれに驚いていた。


 対してジャンヌ達ゼーラン側は、全員が緊張のあまり、止めていた息を大きく吐き出す。


 ジャンヌも何とも言えない表情をしていたが、ホランドやギルダに至っては、見ているのも辛そうなほど、真っ青な顔になっている。


 おそらく、剣の実力ではオズワルドが勝っているだろう。それは防御に成功したオヴィリオが、自分で気付いていた。けれども異能の力では、オヴィリオの方に分があるように思われる。


 つまりここからは、駆け引きを更に激化させた、本気の戦い。

 お互いの手札で、出しているものと伏せているもの。それの読み合いでもあるし、実力が拮抗した者同士なら、一分の隙も許されなくなったという事。


 こうなると両者がどこかで、奥の手である神霊の槍マヌス・スピアを出すのは間違いない――。


 アクセルオがそれを口にすると、ホランドが血の気の引いた顔になった。


「そんな、あれは兵器の力ですよ? さっきもオヴィリオ殿下が止めなければ確実に命を奪っていましたし、そんなのはもう、手合わせなんかじゃありません。ただの殺し合いじゃないですか」

「そんな事は百も承知だよ。というか、この手合わせは最初から試合なんかじゃない。ただの兄上潰しだ。そんな事、言わずもがなじゃないか」



 神霊の槍マヌス・スピア



 それは本来、巨大人型兵器・聖女兵器アルマ・フロスの近接武装である六本の武器の事。

 背中から生えたそれはある程度伸縮自在であり、また、あらゆるものを破壊出来る恐るべき武器なのだ。

 それだけに神霊の槍マヌス・スピア神霊の槍マヌス・スピアでしか防げず、聖女兵器アルマ・フロスを決戦兵器たらしめる象徴的な一つであると言えるだろう。


 守護士ガードナー聖堂聖騎士サンクトゥス・ナイトは、この神霊の槍マヌス・スピアを人間サイズにして出す事が可能であり、自分の持つ剣や槍以外の第二の隠し武器、必殺武装として放つ事が出来た。


 ただし人間大の大きさである以上、殲滅兵器的な威力は出せるはずもない。しかし個人の武器としては、無敵に近かった。しかも神霊力の塊のようなものであるため、刃引きなどという概念があるはずもなく、この手合わせでも危険な攻撃方法だと言えた。


「こんなのは馬鹿げてる。今すぐやめさせるべきだ、ジャンヌ。すぐに陛下やクローディア様にかけあってみよう。もしダンメルク側から臣下の礼を取れと言われても、別にいいじゃないか。そんなのは形だけの事だ」


 ホランドの言葉は、確かにその通りかもしれない。


 無駄な誇りのために、大切な人の命を危険に晒すなど、愚かな行為以外の何ものでもないだろう。

 しかしそんな彼の言葉に、アクセルオは冷たい目を向けて返す。


「司祭の言う事は理屈です。正しいかもしれないが、正しいだけで全部をただ腐らせてゆくだけ。己の心と、周りの心、全部を。ボク達はずっと、心を犠牲にしてきた。ここで兄上が引き下がる事を、兄上自身が一番許さないだろう。勿論ボク達も、兄上と同じ気持ちだ」

「それでオヴィリオ殿下を失う事になってもですか」

「殿下は負けないわ」


 ジャンヌが断言した。


「あたしは殿下を信じてる。絶対に負けない。だって、あたしの聖女守護士フローラ・ガードナーだもの」


 ホランドは言葉を失った。


 分からない。どうして信じられるのか。

 まだ会って、ほんの少しだけの関係じゃないか――。


 そう言いたかった。言いたかったが、言えなかった。

 彼には何も、分からなかったから。

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