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Chap.1 - EP3(8)『聖堂聖騎士 ―神霊の槍―』

 オヴィリオとオズワルド。

 張り詰めた糸が切れるように、再度両者が剣を斬り結ぶ。


 しなやかな細剣レイピアで、目にも止まらぬ突きを繰り出すオヴィリオ。

 それを躱しつつ、オズワルドも曲剣を繰り出す。いつの間にか彼の剣の持ち方は、逆手になっていた。これはオズワルドが本気になった証。


 それぞれに激しい剣戟を応酬しつつ、異能も繰り出す。


 糸が炎を走らせて動きを封じようとすると、荊が伸びて足元を掬おうとする。異能の力もまた、当たればただでは済まない。


 しかし両者共に、一歩も譲らなかった。


 オヴィリオは、整った顔立ちの上品な王子然とした姿からは想像も出来ない、獅子のような激しさを見せ、オズワルドも病的でいかにも虚弱そうな外見とは真逆の、猛禽のような鋭さで迎え撃つ。


 しかし実力は伯仲。


 互いに紙一重で相手に当たらず、あと一歩で躱される。


 その均衡を破ったのは――


 突風のような斜め斬り下げを放った、オズワルドだった。


 掠めそうになる切っ先を、オヴィリオはぎりぎりで避けた――次の瞬間。


 首元を狙った第二の刃。

 オズワルドの神霊の槍マヌス・スピアが、重奏的な連撃でオヴィリオを狙ったのだ。


 しかしそれが通じる彼ではない。オヴィリオもまた神霊の槍マヌス・スピアを放ち、この穂先を撃ち落としたのである。


 ところが――オズワルドのこれは、全てがフェイクだった。


 異能や神霊の槍マヌス・スピアでは分が悪いなら、技倆に勝る剣で勝負をかけるのは道理。


 最初に放った斬撃が、Vの字を描いて跳ね上がったのである。


 速度、軌道、勢い――どれをとってもそんな動きが可能な斬り方ではない。にも関わらず、見た事のない軌跡を描き、曲剣の刃はオヴィリオに襲いかかった。

 裂かれる着衣。体勢を崩すオヴィリオ。


「殿下!」


 ジャンヌが叫ぶ。


 ホランドとギルダは両目を閉じる。


 しかし残された光景は――。


 オヴィリオから、もう一本の神霊の槍マヌス・スピア


 それがオズワルドの剣を刃先すれすれで滑らせ、受け流していた。


 オヴィリオの着衣は斜めに裂かれているが、どうやら無事のようである。当たっていたら、刃引きに関わらず大怪我をしていただろう。


「二本目の――神霊の槍マヌス・スピア?」


 攻撃を畳み掛けて追い打ちをしたくとも、オズワルドには目の前の光景が信じられず動き出せない。

 守護士ガードナー聖堂聖騎士サンクトゥス・ナイトが人間大の神霊の槍マヌス・スピアを操れるのは言った通りだが、彼らは基本、聖女兵器アルマ・フロスと同じ本数は出せないもの。

 実力者の守護士ガードナーでも、契約元の聖女兵器アルマ・フロスの半分の数まで。ましてや契約したばかりのオヴィリオであれば、一本出すだけでも奇跡に近いのに、既に二本も使えるなど――。


「有り得ない……」


 むしろ味方のアクセルオが、信じられないと驚愕していた。


 しかし、二本目の神霊の槍マヌス・スピアに対するのとは別の驚きを見せていた人物が一人。


 オズワルドの弟、リカードだった。


「んな……ウソだろ? あの秘剣だぞ……! 兄貴の〝燕返しスワロウ・ターン〟だぞ。それを、初見で躱すなんて」


 むしろその感情は、歓喜に近かった。

 兄が勝てない事に対する感情ではなく、見た事のない強者と出会った事への、闘争の喜び。リカードという男は、根っからの戦闘者であるらしい。


 背筋を震わせ、顔は青ざめているものの口角は我知らず上がっている。


 だが周囲の者の興奮とは別に、戦う両者の集中力はかつてないほど高まっていた。

 最早、模擬戦という事など頭から消えている。この場にあるのは命のやり取りのみ。


 どちらかが立てなくなる、その瞬間だけが終わり。

 互いの視界にあるのは、相手の姿と動きのみ。周りの声さえ届いていなかった。


 その緊張の水位が、決壊した瞬間だった。


 両者が利き足を踏み込んだ刹那。音もなく気配もなく、それぞれの意識を力尽くで刮目させる、もう一つの翼。


 オヴィリオとオズワルドが同時に動きを止めると、二人の鼻先に突き付けられている剣の切っ先。


「そこまでだ」


 両腕を交差させる恰好で、二本の剣が左右に突き出されていた。


 双剣を手にしているのは、三人目の聖堂聖騎士サンクトゥス・ナイトコーネリア。


「ここから先は手合わせではない。命をかけた闘いになってしまう。どちらかが、或いは両方が命を落とすような事態は望んでいない――そう言ったのはそちらであろう? であればこの決闘、聖堂聖騎士サンクトゥス・ナイトのコーネリア・イーグルの名をもって預からせてもらう」


 目まぐるしい状況変化に、誰もが固唾を飲んだ。その中で平然とした声を放つ者が、唯一人。


「貴女の言う通りね、コーネリア」


 ダンメルクの〝蒼穹の聖女〟クローディアだった。


 微笑を浮かべたまま、今の激闘を見て何も心が動いていないのか。それが何よりも不気味だった。


「勝手な事をして申し訳ございません、クローディア様」

「いいえ、貴女の判断は私の判断よ。構わないわ。これでよろしいかしら、ジャンヌさん?」


 不意に名前を呼ばれた事よりも、オヴィリオへの心配が勝って「え、は、はい……」と生返事しか口に出来ない。そんなジャンヌの様子に何を思ったのか、クスリと笑いを深めた後、クローディアはこの模擬戦の終了を宣言した。


「貴国の騎士の見事な技前、大変素晴らしいものを見せてもらいました。我々にとっても有意義な時間を過ごさせていただきましたわ。ありがとうございます、パウル陛下、それに王子のお二人と騎士団長さん」


 一方的に手合わせを言い出し、一方的に終わりを告げる。


 身勝手と言えばあまりに勝手すぎる振る舞いだが、正直、それに異議を唱える状態でないのはゼーラン王国の方だった。

 むしろ安堵したというのが正しい感情だろう。


「それとジャンヌさん」


 闇夜のようなダークブルーの瞳が、ジャンヌを見つめる。


「貴女の献身的な働き、陰ながらオヴィリオ殿下を支えるその姿、まさに聖女フローラの鑑でしたわ」

「お褒めに預かり光栄です」

「今度は是非、ダンメルクに遊びにいらっしゃい。我が国王陛下と共に、歓迎させていただきます」


 戦いの興奮で我を忘れかけていたが、今の一言で、ジャンヌは自分を取り戻す。


 ――呼ばれなくても行ってやる。


 ただし、客としてではなく、命を奪う敵として。


 そんな憎しみを心の奥の奥で滾らせつつ、完全な聖女を演じ切ったジャンヌは、マリーゴールドの微笑みで返した。


 この憎悪は気付かれない。気付かれてたまるものか。

 気付かれず、最後の最後で分からせてやると誓って。


 一方で、戦意を急速に萎めていったオヴィリオとオズワルドは、まだどこか心にわだかまりを残したような顔で互いを睨んでいた。


「決着を先延ばしにするなんて、マジでクソダリぃな……。はぁ〜、勘弁してほしいぜ。ったくよ」

「命拾いをした、の間違いではないのか?」

「ハァ……。弟にならともかく、俺にそういう面倒な挑発をしても無駄だぜ。言っとくが、命拾いしたのはてめえだよ、ボンボンの兄さん。いっぱいいっぱいなのに、それ以上無理すんな」


 こちらを見透かした赤目が語っている。お前はもう限界だったろう? と。


 それは事実だった。


 反対にオズワルドは、まだ余力も奥の手も隠している。つまりさっきの瞬間、助かったのは本当に相手ではなく自分だったのかもしれない。

 必然的に、オヴィリオの戦意は急速に冷えていかざるを得なかった。


 悔しさの残る結末に、割り切れない感情を持て余すオヴィリオ。


 そんなオヴィリオに近寄り、ジャンヌは彼の腕にそっと手を当てた。


 こうして、嵐のようにはじまった両国の騎士による試合は、あっけない幕引きとなったのである。

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