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004 入学式

 俺は2030年まで生きた記憶を『夢』とした。

『夢』の中で、五十五歳まで生きた。


 40年分の夢を見て、その記憶をいまの俺が持っているということだ。

 そして今生だが、俺はあえて、『夢』の通りに行動しない!


 俺をめた上司と会社は潰すが、それは時期尚早。

 しばらく雌伏しふくするつもりだ。


 というわけで、海陵かいりょう学院の入学式に臨んだわけだが……。

「これは……やらかしたかもしれない」


 あの面談の日から俺は、身体を鍛え、髪を伸ばしはじめた。

『夢』よりも半年早い高校デビューである。


『夢』の中だと、三十歳を過ぎてから、急に体力の衰えを感じた。

 徹夜がこたえてきたのだ。


 これではいけないと、スポーツジムに通い出した。

 それが存外楽しく、海外進出後も習慣として、トレーニングを続けていた。


 効果的な身体の動かし方、体力の付け方は身についている。

 今生でも、そのルーチンワークを取り入れた。


 ただし中学生では、どれほど頑張っても、筋肉はお察し程度しかつかないため、ジムには通わない。

 自重トレーニングとランニングだけにした。


 それでも半年間、毎日続けたことで、かなり体力がついたと思う。

 やはり若い身体は、いじめただけ成長する。


『夢』の中の高校時代は、色白で痩身そうしんだったが、いまは違う。

 いや、色白なのは同じだが、ボクサー型の筋肉質体質に変貌へんぼうしている。


 筋肉がついたせいか、シャープな顔そのままに、凄みが出たと思っている。

 髪型は、『夢』で一番慣れているオールバックにした。


 髪はワックスで固めたので、崩れる心配はない。

 前髪を一筋だけ垂らしたら完成だ。


 それと、最近流行しはじめたロックバンド『BOUI』を真似て、少し化粧もしている。

 社会人たる者、身だしなみは大事だ。いまは学生だけど。


 あと残るは制服だが、これは着こなし方というか、着崩し方をかなり研究した。

 上着の改造は、袖口に刺繍を入れる程度に留めたが、ワイルドに見えるようシャツもネクタイもゆるゆるにしている。


 ズボンはそのまま。財布に通した鎖が腰のところでジャラジャラしているのがポイントだ。


 そのくらいの方がさりげなくていいはずだ……と思っていたのだが、なぜか目立ってしまっている。

「これくらい普通だと思ったんだがな」


 このあと日本は、不景気に突入……というか、そろそろ不景気になりつつある。

 子供たちは夢を諦め、高望みしなくなり、従順になる。


「若者の○○離れ」と言われるようになるのだ。


 俺たちの年代が、荒れた最後の世代だと思っていたが、似たような格好の新入生は、だれ一人としていなかった。

 どうやら俺が思っていた以上に、この学校の生徒は真面目なようだ。


 さっきから俺だけ、悪目立ちしている。解せん。




 受付でもらったプリントを眺める。

 一年一組のところに俺の名前があった。


 下駄箱で靴を履き替えて、教室に行く。

「入学おめでとう……か」


 黒板にデカデカと書かれた文字は、上級生のものだろうか。

 その横に「体育館で入学式をします。鞄を置いたら、来てください」と書かれていた。


「だから人が少ないのか」

 知り合いもいないこの状況で、教室に残っていても意味はない。俺も体育館に行くことにした。


 体育館で指定の場所に座っていると、チラチラ見てくる生徒がいる。

 こちらがにらむと、みな慌てて目を逸らす。


 まあ、それは仕方ない。

 俺の睨みは、中東ちゅうとう仕込みだ。


 国内で働いていた頃、認可にんか関連でよくヤクザとめたし、欧州ではデカい取り引きには必ず、マフィアが首を突っ込んできた。

 反社会組織との相手は、日常茶飯事だ。


 だが、連中は怖くない。

 一線を越えれば躊躇ちゅうちょなく殺しにくるが、それまでなら命の危険はない。


 怖いのは中央アジアの国々で、そこに住む底辺の奴らは、財布の中にあるわずかな金を狙って、容易く人を殺す。

 奴らの視線に気付かず一人になると、大抵襲われる。


 逃げても襲ってくるので、こちらから「気付いてるぞ」と睨み返してやり、「相手の方が強そうだ」と思わせなければならない。


 俺の場合、会社が銃を腰に下げた護衛を何人も雇ってくれた。

 それでも一人で対処できるよう、気配察知と相手を威圧するやり方を鍛えたものだ。それがここで生きたな。


「会社の命令とはいえ、いろんなところを回ったからな」

 当時、社内で頭角を現した俺は、まず欧州へ出向を言い渡された。


 そこで多くの国々を飛び回り、いくつもの事業を成功に導いた。

 その後、政府開発援助ODAの受注で中東に向かい、数年間活動した。


 中東から北米に派遣され、そこでも順調にキャリアを重ねた。

 そしてニューヨーク支社長のポストに手が届く直前、捕まった。


 あのとき会社から帰国を促されたのは、国内で俺を逮捕するためだろう。

 ちょうど大きな契約を締結した直後だったので、何の疑問を抱かず……いや、そうだったか?


 おかしい。

 カルフォルニアでの契約を終えた直後、帰国を言い渡された。


 俺はすぐに帰国したか? いや、していない。

 あのとき俺は、普段使っている空港を利用していなかった。


 帰国直前、俺はどこにいたんだ?

「思い出せない……?」


 記憶力に自信がある俺が思い出せない?

 つい最近の話だぞ。どういうことだ?


 契約を終えたところまでは覚えている。そのあと俺はどうした?

「だれかを追っていた気がする……」


 よく分からないが、記憶に齟齬そごがある。

 今の今まで、契約直後に帰国したつもりでいたが、そうではない。


 その後俺は、どこかへ行っている。

 だが、どこへ行ったのか思い出せない。


 まあいい。俺の記憶だって完璧じゃない。そういうこともあるだろう。

 もはや確かめることもできないし、思い出したところで、どうにもならないのだから。


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