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005 出会い

「すごいカッコだね」

 隣に背の高い男が座ってきた。


「そんなに変か?」

 顔は整っている。だが、ぼーっとした雰囲気の男だ。


「変っていうより、堂に入ってる? 世紀末を生き残った感じがする」

「いま世紀末だろ」


 ミレニアムを迎えるのは、まだあと十年も先だ。


「そうだけど……なんていうのかな。荒事に慣れた世界でも、普通に溶け込めそうな気がする」

 鋭いな。中学のときの担任といい、最近、妙に鋭い者と出会うぞ。


「そう思ったんだったら、そうなんだろうさ」

 コイツは鋭いようだが馬鹿だ。


 なぜ入学式の当日に、世紀末を生き残ったような男に話しかけるのか。


「可愛い子が多いね」

 話が飛んだ。おそらく何も考えていないのだろう。


「知らん、そういう欲は薄いんだ」

 これは本当だ。女性に対するというより、高校生が普通に持っている欲が総じて薄い。歳が歳だからだろうか。


「そうなの? 興味がない……わけじゃなさそうだし」

 男は首を傾げている。


『夢』の中では、結婚して離婚した。子供はできなかった。

 いま考えれば、まったく家庭をかえりみない夫だったと思う。


 欧州に出向する直前に離婚した。

 周囲には単身赴任と話したが、会社には扶養控除の変更を申請したので、経理部は俺の離婚を把握していただろうが、その程度だ。


「もうすぐ始まるね……あっ、家はどこなの」

「おまえは質問してないと、息ができない生き物か?」


「そうじゃないけどさ……ねえ、名前は?」

 馴れ馴れしいとか、グイグイくるとかではなく、こいつ何も考えていない。


大賀おおが愁一しゅういちだ」

「よろしく大賀くん。おれは吉兆院きっちょういん優馬ゆうまだよ」


「……吉兆院? 旧財閥の吉兆院家か?」

「よく知ってるね。でもおれんちは、ひい爺さんの代で分かれてるから、本家とは関係ないよ」


「そうか……ん? それだけ前に分かれてまだ吉兆院家を名乗ってるってことは、吉兆院建設と関係があるんじゃないのか?」


「おどろいた。それ、爺さんが創った会社だよ」

「なん……だと?」


 吉兆院建設は、『夢』の中で幾度も入札にゅうさつで競り合ったライバル会社だ。

 あそことの入札は熱かった。


 毎回百万の単位までピッタリ合わせてきて、そこからが本当の勝負だった。

 常勝とはいかなかったが、俺が出世するときの踏み台として使わせてもらった。


 吉兆院建設との仕事の奪い合いに勝利したからこそ、海外へ進出できたとも言える。

 懐かしい。


 吉兆院のじいさんに、俺は何度も煮え湯を飲ませた。

 デカい案件をいくつもかっさらったのだ。


 相当腹に据えかねていたと思う。

 ただしそれは、正当な競争の結果であり、なんら後ろ暗いことはしていない。


 俺が海外に出たあと、吉兆院建設はパッとした業績を残していない。

 いつだったか忘れたが、後継者として育てていた息子を亡くしたとニュースで知った。


 じいさんが九十歳近くまで現役で頑張ったという話は、欧州にいたころでも伝わってきた。

 それ以降の吉兆院建設は、俺の中で終わったものとして、ほとんど記憶していない。


 だが、俺が冤罪えんざいで捕まったとき、そして国民のだれもが俺の罪を非難していたとき、吉兆院建設は進んで擁護ようごしてくれた。


 そのとき知ったが、俺が欧州で地盤をつくり、勢力を拡げていた頃、吉兆院建設は北米に進出していたのだ。

 現地の会社と共同出資して、別会社をつくっていた。名前が違うのだから、気づくはずがない。


 その会社が提出した防犯カメラの映像や、俺が持っていた書類の写しの内容が合致していたため、会社が出した偽りの証拠や証言を崩すきっかけとなった。

 そう、裁判で冤罪が晴れたのは、吉兆院建設が提出した資料が決め手となった。


 日本中が俺を罪人と決めつけていたとき、吉兆院建設はずっと、俺の冤罪を晴らす証拠集めをしてくれていた。

 拘置所の中で連日取り調べを受けていた俺は、そのことを後になって知った。


「おまえは将来……吉兆院建設を継ぐのか」

「そうだね。父さんが爺さん後を継ぐから、おれがその次かな」


 病気か事故か分からないが、その父親はあと二十年か、二十五年後くらいに亡くなる。

 俺が起訴された頃には、この優馬の祖父と父は亡くなっている。


 ということは、俺の冤罪を晴らすべく動いてくれたのは……。


「おまえなのか?」

「なんのこと?」


 そのとき、吉兆院建設のトップは、目の前の優馬なのか?

 ここで会うなんて、そんな偶然、あるのか?


 だが、消去法で優馬しかありえない。

「いや……なんでもない。それから、ありがとう」


「……?」

 優馬は何のことか分からないという顔をしている。


 それでいい。『夢』の話をしても意味ないのだから。

 だがまさか、こんなところで『夢』の因縁いんねんと出くわすとは思わなかった。いや本当に。


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