「すごいカッコだね」
隣に背の高い男が座ってきた。
「そんなに変か?」
顔は整っている。だが、ぼーっとした雰囲気の男だ。
「変っていうより、堂に入ってる? 世紀末を生き残った感じがする」
「いま世紀末だろ」
ミレニアムを迎えるのは、まだあと十年も先だ。
「そうだけど……なんていうのかな。荒事に慣れた世界でも、普通に溶け込めそうな気がする」
鋭いな。中学のときの担任といい、最近、妙に鋭い者と出会うぞ。
「そう思ったんだったら、そうなんだろうさ」
コイツは鋭いようだが馬鹿だ。
なぜ入学式の当日に、世紀末を生き残ったような男に話しかけるのか。
「可愛い子が多いね」
話が飛んだ。おそらく何も考えていないのだろう。
「知らん、そういう欲は薄いんだ」
これは本当だ。女性に対するというより、高校生が普通に持っている欲が総じて薄い。歳が歳だからだろうか。
「そうなの? 興味がない……わけじゃなさそうだし」
男は首を傾げている。
『夢』の中では、結婚して離婚した。子供はできなかった。
いま考えれば、まったく家庭を
欧州に出向する直前に離婚した。
周囲には単身赴任と話したが、会社には扶養控除の変更を申請したので、経理部は俺の離婚を把握していただろうが、その程度だ。
「もうすぐ始まるね……あっ、家はどこなの」
「おまえは質問してないと、息ができない生き物か?」
「そうじゃないけどさ……ねえ、名前は?」
馴れ馴れしいとか、グイグイくるとかではなく、こいつ何も考えていない。
「
「よろしく大賀くん。おれは
「……吉兆院? 旧財閥の吉兆院家か?」
「よく知ってるね。でもおれんちは、ひい爺さんの代で分かれてるから、本家とは関係ないよ」
「そうか……ん? それだけ前に分かれてまだ吉兆院家を名乗ってるってことは、吉兆院建設と関係があるんじゃないのか?」
「おどろいた。それ、爺さんが創った会社だよ」
「なん……だと?」
吉兆院建設は、『夢』の中で幾度も
あそことの入札は熱かった。
毎回百万の単位までピッタリ合わせてきて、そこからが本当の勝負だった。
常勝とはいかなかったが、俺が出世するときの踏み台として使わせてもらった。
吉兆院建設との仕事の奪い合いに勝利したからこそ、海外へ進出できたとも言える。
懐かしい。
吉兆院のじいさんに、俺は何度も煮え湯を飲ませた。
デカい案件をいくつもかっ
相当腹に据えかねていたと思う。
ただしそれは、正当な競争の結果であり、なんら後ろ暗いことはしていない。
俺が海外に出たあと、吉兆院建設はパッとした業績を残していない。
いつだったか忘れたが、後継者として育てていた息子を亡くしたとニュースで知った。
じいさんが九十歳近くまで現役で頑張ったという話は、欧州にいたころでも伝わってきた。
それ以降の吉兆院建設は、俺の中で終わったものとして、ほとんど記憶していない。
だが、俺が
そのとき知ったが、俺が欧州で地盤をつくり、勢力を拡げていた頃、吉兆院建設は北米に進出していたのだ。
現地の会社と共同出資して、別会社をつくっていた。名前が違うのだから、気づくはずがない。
その会社が提出した防犯カメラの映像や、俺が持っていた書類の写しの内容が合致していたため、会社が出した偽りの証拠や証言を崩すきっかけとなった。
そう、裁判で冤罪が晴れたのは、吉兆院建設が提出した資料が決め手となった。
日本中が俺を罪人と決めつけていたとき、吉兆院建設はずっと、俺の冤罪を晴らす証拠集めをしてくれていた。
拘置所の中で連日取り調べを受けていた俺は、そのことを後になって知った。
「おまえは将来……吉兆院建設を継ぐのか」
「そうだね。父さんが爺さん後を継ぐから、おれがその次かな」
病気か事故か分からないが、その父親はあと二十年か、二十五年後くらいに亡くなる。
俺が起訴された頃には、この優馬の祖父と父は亡くなっている。
ということは、俺の冤罪を晴らすべく動いてくれたのは……。
「おまえなのか?」
「なんのこと?」
そのとき、吉兆院建設のトップは、目の前の優馬なのか?
ここで会うなんて、そんな偶然、あるのか?
だが、消去法で優馬しかありえない。
「いや……なんでもない。それから、ありがとう」
「……?」
優馬は何のことか分からないという顔をしている。
それでいい。『夢』の話をしても意味ないのだから。
だがまさか、こんなところで『夢』の