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008 2029年、あのときの舞台裏

○吉兆院優馬(※2029年)


 2029年が半分過ぎた頃、とんでもないニュースが飛び込んできた。

 荘和そうわコーポレーションの社員である大賀おおが愁一しゅういちが、特別背任容疑で逮捕されたのだ。


「まさか、あいつミスターが?」

 彼はとんでもないやり手の営業マンで、『ミスター契約』とあだ名されるほど、名が知れ渡っていた。


 かくいう我が吉兆院建設でも、受注合戦で何度も後塵こうじんはいしてきた。

 彼は綿密な計算のもと、競争入札でとてつもなく正確な数字を出してくるのだ。


 だれもが「敵わない」と思ってしまうほどに彼は優秀。

 敵ながらアッパレと称賛したくなったことも、二度や三度ではない。


 その彼が不正行為で捕まったという。どうにも信じられない。

 おれは夜を待って、かつての同級生に電話をかけた。


『ミスターのことでしょ?』

 同級生の名出ないで琴衣こといに電話をかけたら、一発で用件を当てられた。


「正解だ。よく分かったな。特別背任で会社から告訴こくそされたみたいだけど、どういうことだ? ヤツの性格からして、そういうことするようには見えないんだけど」


『やっぱりそう思う? が調べてくれたんだけど、それだけじゃなくて、会社の金を勝手に使って買収、相手企業を脅迫、部下に犯罪行為を強要させた罪もあるみたいよ』


「……どれも、やりそうもないものばっかだな」

 神宮司あやめもまた、おれたちの同級生だ。


 学生時代からなぜか名出さんに懐き、卒業後に秘書としてリミスに就職した。

 公私にわたって彼女を支えているのだからとやかく言うつもりはないが、二人ともとても仲がよく、そのせいで揃って婚期を逃したとも言える。


 それはいいとして、どうやら二人は、おれより詳しく事情を知っているらしい。


『アメリカから帰国した直後、空港で逮捕されたみたい。報道陣が待ち構えていたことといい、なんか作為的なものを感じるのよね』

「ミスターの性格なら、会社に移動予定くらい知らせるだろうし、到着の時間が分かっていたなら、マスコミにリークしたのは会社だろ」


『そう考えるのが妥当なんだけど、会社にとってのメリットは? 身内から犯罪者が出たら、普通隠すでしょ。わざわざ公表する義務はないし』


「そういえばそうだな」

『というわけで、少し調べてみるわ』


「そうか。何か分かったら教えてくれ」

 そう言って、おれは電話を切った。


 たしかにおかしい。会社がマスコミにリークしたとしたら、その意図はなんだろう。

 会社側に何のメリットがある? そんなことを考えていたら、数日後にその意味が分かった。


「これじゃ、ミスター以外の全員が被害者じゃないか」

 マスコミの報道は加熱し、より具体的な内容を報道しはじめた。


 まずミスターの所属している会社、荘和そうわコーポレーションが内部監査を行ったところ、巨額の使途不明金が出てきた。

 詳しく調査した結果、とある人物の所へ金が流れていることがわかった。


 おれたちがミスターと呼ぶ大賀愁一が、不正に金を取得していたのだ。

 彼の周りを調べることによって、彼がこれまで行ってきた不正が明らかになった。


 横領した金でワイロを贈り、契約を締結。

 もしくはその金で人を雇い、脅迫行為を繰り返す。そんなことを日常的にやっていたというのだ。


 おれはミスターを出し抜くため、二十年以上、ミスターの行動を分析してきたから分かる。

 ヤツは、一切そんな不正をしていないと断言できる。


 やはり何かがおかしい。

 そう思ったのだが、報道によると、社員の証言がポロポロと出てきた。


 少しして、脅迫を受けたという取引先の社員の証言もこれまた大量に出てきた。

 どのテレビ局も悪いのは大賀愁一であり、あとは全員被害者というスタンスだった。


『やっぱりおかしいわ』

 琴衣から電話がかかってきた。


「ミスターの報道だろ? おれもそう思ってるよ」


『そうじゃなくて、この前報道にあった南カルフォルニアの沿岸整備の件。あれ、ウチの社員が現地に行ってるのよ。ミスターは来てなかったみたい。それもそのはずよね。だってその時期、ニューヨークでウチとやりあってたんだもの』


「えっ? だって、契約書に名前があるって報道してたぞ」

『あるわよ。日本式のね。社名と名前まで印刷された契約書にハンコを押すだけで完成するものが。ハンコなんてどこでも買えるわ』


 証拠はねつ造されたものだと言いたいらしい。

 これまで証拠や証言は、ミスターに不利なものしかでてこない。世間では、彼の犯罪は確定的だと思っているだろう。


「そういえば……思い出した」

『なに?』


「別の件なんだけど、取引先でさ。野球好きの社員がいたんだよ。その息子の試合、ミスターが観戦しにいったんだって」

『草野球? そこまで調べるのはミスターらしいわね』


「その社員の上司がドジャーズのファンでさ、ミスターがランニングしてたら偶然会って、一緒にその息子の試合を観戦したんだと。そんで野球の話で盛り上がって、『俺たちにはドジャーブルーの血が流れてる』なんて意気投合しちゃったって、部下が言ってた」


『社員だけじゃなく、その上司を巻き込むのはあざといわね。どうせそのランニングも、近くまで車で送り迎えがあったんでしょうね』


「まあ、そうだろうな。小さな案件だったから忘れてたけど、日にちが合えば、証言が取れるかも。一緒に写ってる防犯カメラの映像があれば完璧だよな」


『ええ……けどどうしてそこまで? 彼に対して嫌な思い出しかないんじゃないの?』

「そりゃそうさ。だけど、すべての罪を被らされて使い捨てられるのは違くない?」


『そうね。トカゲの尻尾切りどころか、関係ない人に罪を被せてのうのうとしている悪徳企業は気にくわないわね。……分かったわ。こっちでも調べてみる。あっちはたくさんの証拠を用意したみたいだけど、証拠がありすぎるのも考えものね。逆に切り崩す材料になりそうよ』


「安全圏にいると思ってる連中に、一泡吹かせてやろうぜ」

『いいわね。一緒にやりましょう』


 図らずも、彼女と共同戦線を張ることになった。

 面倒ではあるが、面白そうだ。


 よし、海陵かいりょうコンビで……いや、神宮司さんを入れたら三人か。

 海陵トリオで、荘和コーポレーションに目に物みせてやろうぜ。


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