目次
ブックマーク
応援する
1
コメント
シェア
通報

024 カラオケボックス捜索

 翌日の放課後、俺は書店で『ポケット地図』を買った。

 大きくて見やすいしっかりしたものを買いたかったのだが、持ち運びを考えたら妥協せざるを得なかった。


 しかし、地図に頼らなければいけないというのは不便だ。

 スマホがあれば現在位置が分かるし、検索できればカラオケボックスくらいすぐなのだが、この時代にはないものねだりとなってしまう。


 模試を受けた駅は覚えている。

 さすがに周辺の道路や建物の記憶は残っていないが、地図を片手に歩けば大丈夫だろう。


 駅前に立ち、周囲を眺めた。

「ここに間違いない。当時の記憶のままだ」


 やはり俺の記憶力は優れている。

 四十年前に一度だけ訪れた駅だか、懐かしくもある。


 当時のやるせない気持ちが蘇ってくるようだ。

「高校の三年間は、T大に入ることだけ考えていたんだな」


 K高校では内心で「無駄だ、無駄過ぎる!」と愚痴りつつも、世間の流行に合わせていた。

 いまにして思うと、あれはあれで無駄ではなかったのかもしれない。


 もしK高校の連中に話を合わせなかったら、高校三年間で記憶に残っているのは、机の上に広げられた参考書とノートだけになっていたかもしれない。


 当時の俺は、なるべく顔に出さないよう周囲に合わせていた。

 周りの友人も、ただの『同調圧力』で嫌々興味あるフリをしているだけだと考えていた。


 だがもしかすると、彼らは本当にアイドルや女優、マンガやアニメ、ゲームに興味があったのかもしれない。

 当時の俺が低俗な娯楽と断定したものに、価値を見いだしていたのだろうか。




 地図を見ながら駅から繁華街に向かって歩く。

 カラオケボックスを探しながら、通った道にチェックを入れていくと、不思議なことがわかった。


「こんなものだったか……」

 探す前は、どこにでもあるものだと思っていたが、いざ目を皿のようにして探しても、なぜか見つからない。


 偏見とは恐ろしいもので、「カラオケボックスでも入れときゃ、人が来るだろ」的な感覚で、もっとあるものだと思っていた。

 だが結局、繁華街をくまなく歩いたが、カラオケボックスを見つけることはできなかった。


 繁華街から少し離れたところで、ようやく一軒だけ見つけた。

 看板には音符とマイク、それに『らくカラ』と書かれている。間違いないだろう。


 外から覗いた限りだが、中はあまり大きくないと思う。

「――もう少し、探す範囲を拡げてみるか」


 雑居ビルはまだまだある。

 ほとんどは飲み屋か事務所が入っているが、そこにカラオケボックスがないとも限らない。


 見落としてはマズいので、地図を片手に細道まで念入りに歩いた。

『ポケット地図』に記された道がすべて埋まるまで……駅の西側と東側ともに歩いたが、他に見つけることができなかった。


「あの一軒だけか。だけど、本当にそうか?」


 当時の状況を思い出す。

 模試を受けた会場の近くを救急車が通過した。それは間違いない。


 模試の会場は駅前だったが、あれは東口だった。カラオケボックスは西口だ。

 本当に西口の一軒だけでいいのか? 見落としている可能性はあるか?


 もう一度、地図を見る。

 書き込みだらけになってしまったが、駅周辺はすべて歩いている。地図上の見落としはない。


「そうだ! 聞けばいいんだ」

 検索するクセがついていて忘れていたが、こういう場合、知っている人に聞けばいいのだ。


 俺は駅のインフォメーションセンターに向かった。

「友達と待ち合わせをしていて、この駅に『楽カラ』以外のカラオケボックスってありますか?」


 そう尋ねてみた。

「カラオケボックスですか? 『楽カラ』以外にあったかしら……」


 センターのお姉さんは首を捻り、店舗名が描かれた地図を見ている。お姉さんの記憶にもないらしい。

 だとすると、あの一軒で決まりだが。


「室長、『楽カラ』以外のカラオケボックスって、ありましたっけ?」

 四十代半ばのやや小太りな男性が奥からやってきた。


「カラオケボックス?」

「ええ、この子が友達と待ち合わせしているんですって」


「そうか。う~ん……独立していないけど、ボーリング場の中にあっただろ」

「あっ、『エコサウンド』ですね。そういえばありました」


「あるんですか?」


「ボーリング場の二階にポケットビリヤード場があります。その奥にカラオケボックスが入っていますね。それほど大きくないけど、お友達はそこにいるんじゃないかしら。あそこ、手前はフードコートになっていて、ボーリングした人たちがよく使うの。待ち合わせにピッタリだわ」


「そうですか、ボーリング場の二階ですね。ありがとうございます。行ってみます」

「楽しんできてね」


「はい、ありがとうございました」

 聞いて良かった。そんなの、建物の中に入らないと分かるわけがない。


 行ってみると、たしかにカラオケボックスはあった。だがここも小さい。

 受付に見取り図があるが、四部屋しかなかった。


「これで漏れがなければいいんだが、二箇所はやっかいだな」


 二箇所見つかったのは良かったが、同時に監視することはできない。

 二つのカラオケボックスは離れているが、五分も走れば到着できるだろう。


 だがその五分が致命的になる可能性がある。

「被害者の名前さえ覚えていれば良かったんだが……」


 覚えているのは、大学一年の女性ということだけ。どこの大学かも知らない。

「子供の日までまだ時間はあるし、落ちついて対策を練ろう」


 俺は地図に印をつけ、その場をあとにした。


この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?